めぐる魂(四)


 雪の日に行き倒れたオレを人間が助けた。ずっと室内で世話をしていたが、オレがジャンプできるまで回復したことを知って決意したようだ。


 夜。

 オレが食事を終えて一時間もしないうちに、人間がプラスチックの小さな箱を持ってきてオレの前に置いた。扉が開いていて、中にはタオルが敷かれている。


 人間を見ると黙ってオレを見ている。この狭い箱に入れられて、どこかへ連れて行かれるとわかったけど不思議と怖くなかった。オレは自分から箱に入った。


「狭いけど、少しだけ我慢して」


 オレは黙ってうなずいた。人間はゆっくりと箱を持ち上げて歩き始める。


 箱の扉から外の様子をうかがう。部屋から出て狭い道を通って大きな扉の前に着く。大きな扉が開かれると外気が流れ込んできた。


 ひさしぶりに外の空気を吸った。生活臭や機械などのくささが混じった街のにおい。お世辞にもいい匂いとは言えないが「自由」の香りだ。


 自由の香りをいだオレはうれしくて胸が高鳴る。すぐにでも箱から飛び出して走り回りたいが我慢して待つ。


 人間は建物から出ると外を歩き始めた。できるだけ揺らさないようにしているのが振動の少なさでわかる。住宅地を進んで道路を渡ったりと人間は歩き続ける。


 いつしか見たことがある場所を歩いていることに気づいた。


 あの家と家の隙間はオレがよく通る近道だ。あの家、電気がついてる。ばあさんがたまに食べ物を投げてよこしたな。あの犬のにおいがする。あいかわらずくさい。オレは扉に顔を引っ付けるようにして、戻ってきた縄張りの景色を見ていた。


 人気ひとけのない公園に着くと、箱が地面に置かれた。この公園もオレの縄張りだ。箱から見ていたらカチリと音がしてドアが開いた。ドアは開いたままだ。ごくりと唾をのんで、ゆっくりと箱の外へ向かう。


 箱から出ると、少し離れたところに人間が立っていた。人間は厚手のコートを着て手袋もしていたが、むき出しの顔は少し赤くなっていて寒そうにしている。オレが見ていると白い息を吐きながら「気をつけろよ」と言った。


 あっけにとられた……。


 人間の世話になったとき、また部屋に閉じこめられて過ごすことになるかもしれないと覚悟を決めていたからだ。


 転生したオレは、再び三毛猫の雄として「生」をスタートした。何度も転生しているオレには前世の記憶がある。前に人間に捕まったとき、「三毛猫の雄は珍しい」と言っていた。たったそれだけで自由を奪われた。


 人間に飼われた日々は、食べ物や寝床に困ることはなかった。だが代わりに自由を奪われた。囚われたまま死んだオレは、次は自由に生きたいと願った。願いがかない、今世でノラネコとして生をスタートした。


 ノラネコだと日々を生き抜くのは厳しいが、自由でいられることが何よりもうれしい。自分の力で得た自由を謳歌おうかしていたところ、雪の日に怪我をしてしまった。


 ノラネコが怪我をすることは死につながりやすい。体力がなくなり、腹をかせて行き倒れになったオレは死を覚悟した。直前に救ってくれたのがこの人間だ。なんの見返りも求めず、看病して食べ物と寝床を与え、オレがノラネコへ戻るのを見守っている。


 オレが動けずにいたら人間は微笑んで言った。


「おまえらしく生きろよ」


 そうだ、オレはノラネコだ。

 自分の好きなように行動して世界を生き抜く――。


 オレは選んだ道を思い出して、ふり向かずに歩きだす。背後では人間が見つめているのがわかる。温かい手が背中をやさしく押してくれた気がした。


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