めぐる魂(二)


 自転車とぶつかったが、幸いなことに大きな怪我はなかった。でもあちこち打撲していて動くたびに鈍い痛みが走る。心配なのは踏まれた前足で、痛みがひどくて体重をかけられない。


 弱っている姿をほかのノラネコに見せるのは危険だ。チャンスとばかりに縄張りを奪いやってくる。体調が万全でないときの喧嘩は怪我のもとになる。オレは身を隠した。


 寝床から出ず傷がいえるのを待っていたが、一日や二日で治るものではなかった。体を動かさなくてものどは渇くし腹も減る。仕方なくほかのノラネコがあまり出歩かない時間にえさを探しに出かけた。


 天気が悪く、ずいぶん冷えこむと思っていたら雪が降り始めた。寒さは大敵だ。早く餌を探さないと雪が積もるかもしれない。体の痛みに耐えて餌場へ向かった。


 商店街のごみ置き場に、ネコ用の餌が置かれている家を回ったが、今日に限って何も得ることはできなかった。


 歩き回ったせいで足の痛みが増し、ずきんずきんと響く。そろそろ戻ろうと考えていたら、嫌なやつに出くわした。オレと縄張り争いしているノラネコだ。


 トラネコはオレを見つけると、毛を逆立てながら向かってきた。怪我をしている現状ではあいつに勝てる見込みはない。これ以上怪我するわけにはいかないので、オレは痛みを我慢して全速力で逃げた。



 危機を回避できたけど最悪だ。足が痛くて歩けなくなり、少し休むだけの軽い気持ちで体を横にしたら立てなくなった。


 寒い……。

 体からどんどん熱が逃げていく。手足の感覚がまひしていて体を動かせない。


 眠たい……。

 ここで眠ってしまってはだめだ。でも体が動かない……。


 オレはここで死ぬのか?


 まだ死にたくない……


 誰か……


 だれ……か……




 寒かったけど今は感じない。体が軽くなって心地いい。

 このまま睡魔に身を任せたい――



 途切れそうな意識の中、温かいものがオレに触れた。


 人間の手だ!

 捕まりたくない!


 意識は戻ったけど体が動かない。せめて威嚇の声を上げようとしたが、冷え切っていて声すら出ない。無力さから不安と恐怖がわいて体が震えだす。


 人間はオレをなで始めた。なでる手はとてもやさしく敵意はないようだ……。ほっとして体の緊張が少しだけゆるむ。


 しばらくなでていたが動きを止めると、とんとんとやさしくたたいた。なんだろうと思っていたら、体の下へゆっくりと手を滑りこませてくる。再び恐怖がわいた。


 逃げ出したいけど動けない。手が完全に体の下に入り、これからどうなるのかとおびえていたら、しっかりと支えてやさしく持ち上げた。体が浮いた感覚のあと、全身が何かにくるまれた。


 風や冷たさが遮断され、くるまれた物を通して人間の体温が伝わってくる。寒さでこわばっていた体がゆっくりとほぐれていく。見上げると、かすむ視界にのぞきこむ人間のシルエットが映った。


 オレを抱いた人間はやさしく、それでもしっかりと支えていて不安を感じさせない。オレは体を預けて目を閉じた。人間から心地良い香りがして安心する。


 ざりっざりっという音に合わせて体が揺れる。まどろみながら雪の上を歩いている……と思ったら意識を手放した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る