猫は何度も転生する

めぐる魂(一)


 河川敷に横たわる猫又の視界には、無数のネズミのむくろと赤の海がぼんやりと見えている。ネズミのアヤカシに蹴られても痛みは感じられず、まぶたがゆっくりと落ちていく。


 眠りへいざなわれ、猫又がネコだった頃の記憶が思い出されていく――




『ネコは複数のいのちをもっている』


 信じがたい話だが半分は事実だ。何度か転生したことで伝承は本当だと気づいた。なぜならオレには前世の記憶があったからだ。


 すべてではないが、死んでも生き返ったり転生したりするネコはいる。この事実コトに気づいた人間がいて、人に話したことが今でも語り継がれているんだろう。


 オレは何度も転生しているが、古い記憶は死の間際しか覚えていない。「……腹が減った……」。たったそれだけの記憶が少なくとも3回分はあり、空腹で動けないまま生命いのちは閉じた。


 少し長くなった記憶は火の中を走っていたものだ。家屋は崩れて人の死体が転がり、四方から火が迫る中を逃げ回っていた。地面が熱されて足の裏が焼け、嫌なニオイがしてくる。痛くて立ち止まったところ、背中に衝撃を受けて目の前が真っ暗になった。


 次は完全に記憶が残っていて、人間に飼われる一生を送った。


 オレは自然豊かな田舎で生まれた。独り立ちしたら人間の近くで生活を始めた。ある日、村に来た行商がオレをわなにかけた。かごに押しこまれたオレは売り物となった。


 生まれ育った所から遠く離れた町の市で、ほかの動物たちと一緒に陳列される。捕まえた男が毎日「三毛猫の雄だよ、縁起物だよ」とやかましくわめく。籠から脱出を試みたがうまくいかない。町に着いて数日後、通りかかった男と目が合うとオレを買った。


 買った男はその日のうちに女にオレを与えた。女は籠からオレを出すとすぐにひもでつなぎとめた。自由を奪われたオレは紐をちぎって逃げようとしたが、すぐに新しい紐に代わってうまくいかない。


 理不尽な境遇にはじめは怒り、敵意を向けていたが女はオレをかわいがる。食べ物を持ってきてくれるし、安全な寝床を用意してくれる。数か月過ごしてみて、殺される心配はないとわかり、逃げることはやめた。


 これまでは飢えに怪我や病気の苦しみ、外敵から身を守るなど、常に気を張っていた。ところがここでの生活は食って寝て、気が向けば飼い主とたわむれる、本当に穏やかな暮らしだった。


 平和で恵まれていたのに、死の間際に後悔した。


 オレは「自由」がどんなものか知っている。好きな場所へ行けて、好きなことができる――。庇護のない厳しい環境だが自分で選べる世界は、変化があって己を成長させる。与えられた物で過ごし、狭い室内だけを見て死を迎えたオレは、自由が欲しかったと思い残して死んだ。


 自由を欲して死んだあと、次は自由に生きると決めて実行した。


 新しい「生」はノラネコだ。飼われずに生きる道は過酷なものだ。幸いにも街中まちなかで生まれたから運があった。


 東京は人間が多い。えさが見つけやすく、ごみの中にあったり、時には人間が与えてくれるから、小動物を追って狩りをする手間が省ける。しかしライバルとなるノラネコがたくさんいて、水や餌を得るために縄張りを守らなければならない。


 ノラネコとして生き抜くには、喧嘩して怪我を負ったり、運悪く餌にありつけなかったりと苦労もあるけど、オレは自由に動けるノラネコという生き方に誇りをもっていた。


 ノラネコは体調管理が大事で、オレは病気と怪我には用心していた。餌が取れないことは死を意味するからだ。わかっていたのに失敗したことがあった。


 冬のある日、公園で昼寝をしていたら人間の声がして騒がしくなってきた。面倒を避けるため、退散しようとしたら幼い子どもに見つかった。


 子どもは猛スピードでオレに向かってくる。関わるとろくなことはないから、すぐに反対方向へ走り、花壇の陰から飛びだしたところで自転車にぶつかった。


 タイヤに前足を踏まれて体が前輪にぶつかると、はじかれて地面に転がった。ものすごい痛みを感じたけど、人間に捕まるわけにはいかない。オレはすぐに立ち上がり、痛みをこらえて走り去った。


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