第4話 守ろうと決めたのだから
麗美は人が変わってしまったようだ。
すべて私のせいであるが、これで良いのだ。
いや、自分にそう言い聞かせることしかできなかった。
麗美がどうなろうと、私がどうなろうと、私は麗美を守ると決めたのだから。
麗美は突然、私が社長に躍り出る策があるなどと言ってきた。
私は麗美のためならなんでもやる。
いつかそう誓ったのだ。
私は躊躇なくその策などという話を聞いた。
私は自分の会社が開発した繊維をタイヤに使うという発想に驚いた。
株式会社ランディアなどという会社は、とんでもないことを考える会社だ。
いや、論点がずれてしまった。
問題は、その麗美の策の話だ。
麗美の話はこうだ。
株式会社ランディアが栗林社長と商談をしている裏で、私と麗美が裏で同様の商談をする。
契約金は倍…いや10倍にしよう。
シノシノラバーの営業担当は内山という優秀なキャリアウーマンがしていることにし、私と麗美でことを進める。
当然自分の会社が開発したとランディアは主張してくるだろう。
それも具体的に効果のある動きをしてくるはず。
もしランディアに動きがあったら、夏木が逐一麗美に報告し、その動きを先回りして潰していく。
実にシンプルな作戦だ。
いいだろう。付き合ってやる。
私が社長に躍り出ることができたら…麗美、お前を私の秘書に迎えよう。
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裏商談は見事にハマった。慌てふためくランディア。
麗美。お前はこの困り果てる鹿島社長の顔が見たかったのか?
人を貶め、陥れ、不幸にさせたかったのか?
そんな考え方をするようになってしまったのも私のせいだ。
心配するな。地獄までついていく。
ランディアに動きがあった。
鹿島社長は、地方に散らばる優秀な営業マンを本社に集め内密に動き始めた。
すべて筒抜けだ。
夏木がたかが1000万円で情報をくれるからだ。
我々は実に動きやすかった。
鍵は、役員会議。
我が栗林繊維は1億円を超える契約には必ず役員会議が行われ、承認が必要になる。
2億円で契約をするシノシノラバーがそこまで話を持っていくことができたなら、ランディアは終わりだ。
栗林社長と鹿島社長の間には契約以外に何かある。理由はわからないが、たった数日の付き合いなのに信頼関係が構築されている。それは鹿島社長の人望故なのだろうか。栗林社長は恐らく、鹿島社長を信頼してランディアとの契約を強行してくるだろう。
まずは、社長の独断での契約を不可能にする。
とにかく私はまだ社内に知らされていないこのタイヤメーカーとの商談を、社員全員に知らしめる必要がある。
私は麗美のため、シノシノラバーとの契約内容が記された文書を、大量に自社に送り付けた。
悪い内容ではないのだ。
むしろ社員にとっては願ってもない大きな契約が転がり込んできたことになる。
私は良いことをしたのだ。そうだ、私は良いことをしたのだ。
これで役員会議は免れませんよ。社長。
この時の私はもっと悪い顔で、もっと悪い口調になっていたことだろう。
苦し紛れにランディアとの契約の話を発表した栗林社長の顔は、青白かった。
ここでもう一つ手を打つ。
出来レースのプレゼン勝負を持ち掛けた。
これは本当にイージーゲームだ。
起死回生の一手をつかんだと勘違いしている社長は、あまりにも滑稽だった。
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しかし当然だ。
こんなことを提案しても私にメリットはない。
そう思っているだろう。
栗林社長は怪訝な顔をした。
だがこのプレゼン勝負の行方はもう決まっている。
この勝負が決まった時点であなたは負けているのですよ。社長。
私は麗美と共謀しているうちに、昔の自分に戻っていることに気が付いた。
それでも私は麗美のため、止まることは許されなかった。
私はランディアが必死にプレゼンの準備をしているだろうこの時に、ゆっくりとソファに座りコーヒーを飲んだ。
煮詰めれば煮詰めるほどお前たちはその必死に作ったプレゼン資料で死ぬことになる。
お前たちは必死に自分を突き刺すナイフを研いでいるのだ。笑いが止まらなかった。
プレゼン勝負の3日前になっても資料は完成していないようだった。
私はランディアのことが心配になった。
何をしているんだ?せっかくチャンスをくれてやったのに、お前たちは何をしているんだ?
大丈夫か?なんなら手伝ってやろうか?
そんなことを考えていると翌日、やっと資料が出来上がったとの報告があった。
全く、直前まで必死にナイフを研ぎ続けるとは恐ろしい奴らだ。
だがそのナイフは我々が戴く。
夏木は深夜に社長室へ侵入し、そのデータを麗美に渡した。
あとは、このデータの内容を先に発表するだけ。
こんな簡単に他社の開発が手に入るとは、麗美もよく考えたものだ。
栗林繊維とシノシノラバーの未来は、明るい。
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私は秋菜からデータを受け取ってすぐ、篠山社長にプレゼン勝負のことを伝え同席するよう伝えた。
そして営業の内山。彼女にプレゼンのデータを渡す。
この内山という社員はほかの社員と一線を画す。
優秀なのはもともと知っていたけれど、勘が鋭くプライドも高い。
内山は私がデータを渡そうとしても、簡単には受け取らなかった。
自分の仕事に自信を持っているのだ。くだらない。
プレゼン当日。
私は社長と内山を連れ栗林繊維を訪れた。
先に到着していた株式会社ランディアの面々は生意気にも凛としていた。
必死に準備を進めてきたのだろう。でもあなたたち、負けるのよ。
佐川さんが手筈通りに仕切る。
佐川さんが栗林繊維の社員として働くところを初めて見た。
堂々としたその風格はいつもと違い、格好良かった。
そして内山のプレゼンが始まった。
ランディアが一生懸命努力をして苦労して洗練したそのプレゼンを、内山がペラペラと話している。
私も大変だったのよ?笑いをこらえるのが。
案の定ランディアの面々は慌てふためき、目も当てられないようなプレゼンを即興ではじめ、地に落ちた。
勝った。
これで紛れもなく我々の勝利。
でも、佐川さんが締めようとしたそのとき、あいつが現れた。
知らない顔。ランディアの社員…?
その男は藤木と名乗り、鹿島社長に渡すものがあると皆の前で発言した。
何が起きているのかわからなかった。
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その藤木と名乗る男は、佐川さんが追い出そうとしたがそれをものともせず、自分の主張を続けた。
見せたいものがあると言う。私には何の話か分からなかった。
秋菜にアイコンタクトを送ったが、首を横に振った。
秋菜にもわからないことが、今起きている。
その男はノートパソコンにSDカードを挿入し、スクリーンに映像を映し出した。
これはどこかの部屋だろうか。
大きな窓の外を見ると、深夜のようだ。
そこには大きなデスクに、高そうな椅子。
ちょうど、そう、社長室のような…。
そこへ、秋菜が入ってきた。
私はすべてを理解した。
秋菜。あなたがこんなミスをしていたなんて。
秋菜。秋菜秋菜秋菜秋菜秋菜秋菜秋菜秋菜秋菜秋菜。
秋菜は必死に否定する。
私も苦し紛れにフォローする。
でも、そんなの話にならないくらい、決定的な証拠。
そして藤木は、この開発がランディアのものである決定的な証拠を提示した。
―――特許証。
特許を出願していたなら、どうして私に教えなかったの。
秋菜。あなたは本当に使えない妹だわ。
佐川さんは逃げようとした。
でも私はそんなの許さない。
私は佐川さんとのやり取りが入ったタブレットを、証拠として提出した。
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麗美の計画は完璧だったはずだ。
だが、結果はこうだ。
麗美は自分が立てた計画が失敗した腹いせに、協力してやった私も巻き添えにしたのだ。
構わない。私は怒ってなどいない。地獄まで着いていくと誓ったのだから。
こんな時、私はなんて言うだろうか。
以前の私なら何て言っただろうか。
思い出せない私は、貴様と叫ぶことしかできなかった。
他人には、私と麗美の関係は切れたと思うだろう。
週刊誌などでは、私と麗美は愛人関係ということになっている。
何も知らないくせによくも書けたものだ。
もちろん、こんなことで切れる私と麗美の関係ではない。
だが麗美は悔しがり、奈良の家に籠るようになった。
私は…栗林繊維を退社し、職を探すことにした。
この豪邸は、相も変わらず私には広すぎる。
私は、なにか力になれることがないかと思い考えた。
麗美は奈良にいる理由がもうなくなった。
私は麗美をここに住まわせることにした。
麗美に話したとき、正直照れくさかったし反応が怖かったが、麗美はすんなりと受け入れてくれた。
東京で仕事を探しなさい。好きなだけここに居ていい。私はそう伝え、就職活動を続けた。
私の就職先はすぐに見つかった。いや、見つけたのではなく紹介されたのだが。
小島運送という運送会社だ。
私が栗林繊維の副社長をやっていたことを知ると、社長は大喜びした。
私がしたことを知らないのだろうか。いや、知っていてもこの社長は受け入れるだろう。
そんなラフな社風の運送会社だった。私は運送ルートの見直しや配車システムの再構築など業務の効率化を進め、簡単に出世した。
私は昔から、仕事だけはできたのだ。
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