第5話 彼女の狂気
佐川さんのところに転がり込んだ私は、まだ外に出る気にはなれなかった。
どうして私ばかりこんな不幸な目に合うのだろう。
でも、私には佐川さんがいた。佐川さんは私を見捨てなかった。
あのプレゼンの日。秋菜は鹿島社長に許され、私たちから離背した。
許せない。これは裏切り以外の何物でもない。
秋菜。私はあなたを許さない。
どうにか秋菜を、ランディアを不幸に陥れることができないだろうか。
私はそのことばかり考えていた。
私が持っているカード。
それは佐川さんと…プレゼンのデータ。
私はプレゼンのデータを何度も何度も確認した。
そして最初は気づかなかったが、そのデータの中に開発データを発見した。
でも、だからと言って何か行動を起こすには、材料が足りなかった。
私は佐川さんの家に籠り続けた。
しばらくすると、株式会社ランディアが次世代タイヤ≪エコライフ≫を発表、発売にこぎつけた。
記者会見では鹿島社長と栗林社長がカメラの前で握手をし、その横には秋菜の姿があった。
私は悔しくてテレビを見ることもできなくなった。
私は長い間引きこもったけど、佐川さんはずっと変わらずにそばにいてくれた。
私は佐川さんがいないと何もできなくなっていた。
でも、佐川さんは出世をして、たびたび出張するようになった。
出張先は主に東北。そして関西。
あるとき、佐川さんの口から株式会社ランディアの名前が出てきた。
正直最初は話も聞きたくなかった。
でも、内容を聞いて、閃いた。
私は天才だ。これなら、ランディアのふざけた連中を地獄に叩き落すことができる。
私は鳥肌が止まらなかった。
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佐川さんは、株式会社ランディアのタイヤを中古車販売店に運ぶ仕事があると私に話した。
小島運送はエコライフの登場でかなり負担を強いられているらしい。
私は佐川さんを救うのよ。そして秋菜、あなたをランディアの連中と一緒に地獄に落とす。
私はまず最初に、エコライフの被害者を探した。
エコライフの登場で苦汁を舐めている会社は必ずある。
それは簡単に見つかった。業界最大手のギャロップタイヤだ。
私は持っているデータを使い、社長の石橋さんに話を持ち掛けた。
簡単だった。SNSで石橋さんを探したらすぐに出てきた。
最初は匿名で声をかけ、石橋さんを呼び出したところで私の身元を明かした。
エコライフを地獄に落とすことができる。
そういうとすぐに食いついてきた。
計画を離すと、石橋さんは悪い笑みがこぼれていた。
私はこの計画をすぐに佐川さんに話した。
佐川さんは素直に喜んでいない様子だった。
どうして?
あいつらを地獄に叩き落すことができるのに。
でも佐川さんは協力してくれた。
ありがとう佐川さん。私の佐川さん。
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私はギャロップタイヤの秘書となった。
私は以前のように仕事を生きがいとし、生き生きと働いた。
すべてはランディアの連中を地獄に送るため。
しばらくして石橋社長が報告をしてきた。
石橋『エコライフのレプリカタイヤが完成した。タイヤの製造番号は小島運送が運搬を受注した時点で確認し刻印する。』
狩野『ありがとう社長。これを使えばギャロップタイヤナンバーワンの座に返り咲くわ。』
私はこの夜、石橋社長とレプリカタイヤの完成を祝してシャンパンで乾杯した。
毎朝見るいつもの事故のニュース。
これが自分が起こしていることだと考えると、興奮した。
私が原因でたくさんの人が死んでいる。
いいよね?佐川さん。あなただって人殺しだものね。
どんどん人が死んでいく。
私の人生はどんどん充実していった。
社会が事故の原因がエコライフにあると気づいたころ、鹿島社長が起訴された。
ついにやった。これでランディアは総崩れ。
鹿島社長が若くして株式会社ランディアを立ち上げ、数年でここまで来たのは認める。
でも、出る杭は打たれるのよ。あなたたちは地に落ち、ギャロップタイヤが王座を奪還する。
そして秋菜。あなたは路頭に迷うのよ。
でも、鹿島社長が起訴されて十日ほど経ったころ、佐川さんから思わぬ連絡がきた。
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佐川さんの部下が、中古車販売店でランディアの社員に傷害を負わせ、山中に捨ててきたって。
私は頭の中が真っ白になった。
これでは私たちの計画がばれてしまう。
エコライフを受け取りに行った小島運送が、ギャロップタイヤが作ったレプリカタイヤと入れ替え中古車販売店に渡す。これをするだけで事故の原因をランディアに押し付けることができたのに。
私は激しく動揺した。
気づかないで。お願い。だれも気づかないで。
数日静かな時が流れたが、一通のメールですべてが変わった。
『あなたのやっていることは全てわかっている。塀の中で暮らすことになりたくなければ、話し合いの場を用意すること。』
誰?誰なの?まさか秋菜?
いや、違う。秋菜はこんな文章を私に送る勇気なんてない。
わからない。どうして知っているの?
いや、知っているはずがない。これはただのイタズラ。
私はとぼけたふりをしたが、そのあとのメールの内容で全て知られていると思い知らされた。
エコライフ
小島運送
私は二人で話し合う提案をしたが、聞き入れてもらえないようだ。
どうしよう。どうすればいいの。佐川さん。
そうだ、佐川さんに相談しないと。
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私はすぐに佐川さんに電話で相談した。
佐川さんは直接話がしたいと言ってきた。
その日の夜、佐川さんは神妙な面持ちで話し始めた。
佐川『恐らく、もう全てがばれている。私たちは勝てない。』
何を言っているのかわからなかった。
佐川『話というのは、お前の心のことだ。』
今はそんなことどうでもいい。
あの音が、頭から離れない。
秋菜に裏切られた時から、また聞こえている。
佐川さんが血の付いた何かを洗っている音が。
佐川さんはうつむいた私を無視して話を進めた。
佐川『お前の心を壊してしまったのは私だ。私が山崎を殺したことで、お前は変わってしまった。でも、それは私の本意ではない。私は山崎に傷つけられるお前を見たくなかったんだ。』
何を言っているのかわからない。
私は佐川さんに助けられたと自分に言い聞かせてきたけど、私にとっての山崎さんは、すごくいい人で悪いところなんてなかった。山崎さんのことなんてほとんど知らない佐川さんが、何を言っているのかわからない。
佐川『初めに山崎を母親に紹介するはずだったあの日。お前が買い物に行って帰ってきたとき、山崎はいなかったろ?そしてお前が帰ってきてすぐ、私はお前を車で連れ出した。』
覚えている。たしか山崎さんは急遽仕事が入り帰ってしまったんだ。
佐川『あの時、山崎は仕事で帰ったわけではない。』
佐川さんは真剣な顔をしていて、とても嘘をついているようには見えなかった。
佐川『お前を連れだしたのは、部屋の中に入れたくなかったからだ。』
私はどうしてなのか考えたけれど、わからなかった。
佐川『あいつはお前と別れるため、母親が振舞ったシチューを鍋ごと部屋にぶちまけた。お前の母親を泣かせたんだ。あの時すでに山崎にはお前と別の女とくっつき、東京で働くと言っていた。』
山崎さんが?そんな話、母からも佐川さんからも一言も出たことがなかった。
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