第3話 彼女の雑念が消えた日

私は狩野麗美。奈良県の会社で社長秘書をしている。

貧しい家庭で育ち大変な思いもしたけどある人の協力で立ち直り、大切な人もできた。


大切な人は山崎さんといって、同じ会社の営業マン。

優秀で、父親は研究者なんだって。すごいでしょう?


今日は先日ちゃんとできなかった親への紹介をする日。

先日は急遽仕事が入って帰ってしまったけど、私が東京にいるうちに戻ってきてくれるらしい。すごく優しいでしょ?

私は用事があって出かけなきゃいけないから、先に家で待ってもらうことにした。


私はその日、なんとか用事を済ませ、母と山崎さんが待つ家に向かっていた。

大きな川を電車で渡る。電車の窓からは夕陽が見える。

赤く染まった川は、すごく綺麗だった。


家の近くの駅で電車を降りて、家に歩く途中でお菓子屋さんを見つけた。

私は母と山崎さんの分のケーキを買った。早く食べてもらいたくて小走りで家に向かった。

家の駐車場には佐川さんの車が停まっていた。

佐川さんも来てくれていたんだ。

もう一つ、ケーキを買っておけばよかった。

そう思ったけど、そんな心配は要らなかった。

ケーキは二つで足りたから。


家に着いた頃には、辺りは暗くなっていた。

いつも通りぼんやりと明かりがつく母の家。

私は山崎さんを母に紹介するのが楽しみで、急いで家の扉を開けた。


ただいま!

そう言うつもりだったんだけど、言葉を失ってしまった。


-------


ザッ…ザッ…ザッ…何かを洗う音。

家に入った私は、何が起きているのか理解できなかった。

怯えて部屋の隅に居る母と、台所で赤い何かを洗う佐川さん。

部屋には、赤い塊が入った大きな袋と、赤い液体が地面に散らばっていた。

大きな袋の中には、山崎さんのお気に入りのデニムが見えた。



狩野『佐川さん…なにをしているの?』

私は声を絞り出し、震える声で聞いた。


ザッ…ザッ…ザッ…何かを洗っている。

佐川『もう帰ってきたのか。こいつはお前に相応しくない。お前を不幸にする。だから私が殺した。』

佐川さんは、いつもどおりの話し方で冷静に私に説明した。


ザッ…ザッ…ザッ…この音は止まらない。

狩野『警察を…警察を呼ばないと。』

私はとにかく警察を呼ぶことしか頭になかった。

それしか考えることができなかった。


ザッ…ザッ…ザッ…誰かこの音を止めて。

佐川『警察を呼ぶなら、お前も母親も殺すことになる。お前は殺したくない。悪いようにはしないから黙ってそこにいろ。』


佐川さんは怖い顔をした。

本当に山崎さんを殺したんだ。

警察へ連絡することしか頭になかった私は、何もできなくなった。

ザッ…ザッ…ザッ…頭から離れない。



佐川さんは淡々と作業をし、袋をクーラーボックスに移した後、私を連れて車に乗り込んだ。

…どのくらい走っただろうか。

日付が変わり、さらに時間がたっている。

どんどん山奥に入り、佐川さんはスコップとクーラーボックスを持ち外に出た。


佐川『この辺でいいだろう。』

佐川さんはそう言うと地面を掘り始めた。


きっとこの三つあるクーラーボックスの中身を埋めるんだろう。

私は立ち会うような形で佐川さんの作業を見続けた。



-------


どうしてこうなったんだろう。

私なりに考えた。


きっと山崎さんは私の実家の貧しさを見て私を捨てようとしたんだ。

だから佐川さんは怒って山崎さんを殺した。

…私が貧しいのが悪いんだ。…お金が憎い。


佐川さんは私を救ってくれた。

ありがとう佐川さん。ありがとう。


私にはずっと見守ってきた妹がいる。

妹は本当の母親を知らない。

だから私は友達のフリをしながらずっと妹を見守ってきた。

でも、妹は父と裕福な家庭で暮らしている。

私と妹が逆の立場だったら良かったのに。

許さない。私は秋菜を許さない。



私はこんな状況でも奈良に戻り仕事を再開した。

社長はまぬけだ。私の言うことを簡単に聞く。

どうにか利用できないだろうか。



あるとき、秋菜から連絡が来た。

久しぶりに会いたいとのことだ。

私は秋菜を不幸に陥れることができるかもしれないと、その要求に応えた。



私は休日にわざわざ都内まで足を伸ばし、秋菜に会った。

奈良からこんなところに来るのは、あなたを不幸にさせるためよ。


紅葉が綺麗な秋。

今の私には血に染まって死にゆく葉にしか見えない。

秋菜、あなたもこの紅葉のようにしてあげる。


昼間からアルコールが飲めるカフェに着くと、秋菜が先に着いていた。

真っ白で綺麗なワンピースに、黒くて綺麗な長い髪。

まるでお嬢様。


今からその服を真っ赤に染めてあげる。

ザッ…ザッ…ザッ…頭から離れない。


-------


夏木『麗美ちゃん!ひさしぶり!』

陽気に笑うその笑顔に、私の心は揺さぶられた。

姉は妹を見守るもの。そんな思いが私の中を駆け巡った。

でも私は止まらない。お金の憎悪は安くないわ。


狩野『久しぶりね、秋菜。どうしたの?急に。』

私はなんとか冷静を装いながら受け答える。


夏木『私ね、麗美ちゃんと同じ、タイヤメーカーの社長秘書になったんだ!株式会社ランディアっていう会社で、シノシノラバーほどの規模ではないけど…。私、少しは麗美ちゃんに近づけたかな?』

秋菜は子供の頃と変わらない笑顔で嬉しそうに話す。

私のことなんて何も知らないくせに。


狩野『これからが大変なんだから油断しない。大変な仕事を抱えることだってあるんだから、大きな案件や困ったことがあったら相談に乗るからね。』

私は仕事のことはなんでも話すように秋菜に伝えた。

これで秋菜に隙ができれば入り込んで陥れることができる。


ちょうど一年後、案の定秋菜は私に会社の重要案件を持ち込んできた。


また同じカフェに私たちはいる。

昨年と同じように木々の葉は血の色に染まり、今にも落ちそうだ。

1年経って秋菜は子供らしさも抜け、生意気にも成長していた。


夏木『栗林繊維さんの次世代ナノテクノロジーカーボンファイバーを使って新製品を作ることになった。これまでにない次世代タイヤよ。うちの会社もこれでだいぶ大きくなりそう。』

夏木は会社の重要事項を私に簡単に話す。

私はランディアの新製品に正直驚いた。

でも、落ち着け。つけ入る隙を探せ。


……栗林繊維……?

なるほど。佐川さんがいる会社だ。



………これは、使える。




-------


私は秋菜に問いただした。

そのタイヤは、本当にランディアで売れるのか。

本当にランディアで発売して良いものなのか。

革新的なタイヤは、シノシノラバーのような大企業が販売すべき。

私は秋菜にそう説いた。

秋菜は戸惑っていたが、私の言葉に耳を傾けた。


そして私はすぐに佐川さんに連絡した。

佐川さんは今、栗林繊維の副社長。

私は佐川さんに社長に躍り出る策があると伝えた。


そしてバカなうちの社長。

私は営業の内山が革新的アイデアで新しいタイヤを作るようだと社長に伝えた。

社長は革新的次世代タイヤを販売できるかもしれないと、喜んだ。



準備を着々と進め、冬。

私は成功報酬で秋菜に1000万円払う条件で、契約を奪うための密約をした。

秋菜は1000万円という額に、すぐに私についた。

金の亡者め。あなたはたかが1000万円で大切なランディアを失うのよ。



いつものカフェに、秋菜と私。

辛口のマティーニで乾杯した私たちは、図らずも周囲の注目を集めた。

この乾杯は裏切りと契り、二つの意味を持っている。


頭の中の雑音が、消えた気がした。

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