第9話

 一人にしておくわけには行かない、という社員の説得により、『天照計画阻止計画アマテラス・キャンセル』を終えた直後、神城かみじょう未堂寺みどうじにある本社に泊まることになった。殺風景な社内だが、何かあった時のために、マットレスと毛布が三組用意してあった。斑闇まだらやみ一號いちごうがそのマットレスを使い、足枷あしかせは一人用ソファに、神城は三人掛けのソファに横になって、一夜を過ごすこととなった。死屍ししかばねに関しては——功労賞、というわけでもなかったが、普段はバッグに詰めて保管しているところを、その夜だけは解放していた。普段、神城が座る社長席に、人形のようにたたずんでいた。特に意味のない、儀式的な行為だった。あるいは全員、喋ったり動いたりする死屍を見たせいか、バッグに詰めることに抵抗感を覚えていたのかもしれない。

 神城が目を覚ましたのは午前十一時過ぎだった。流石に疲労していたし、命をとは言え、狙撃時に負った負担ダメージはそう易々と回復しない。どこか本調子ではないまま、数秒だけ会社の高い天井を見上げ、体を起こした。が、すぐに、よく考えれば寝たのは午前四時を過ぎていたのだ、と思い出す。たったの七時間睡眠だから、むしろ健康的と言えたかもしれない。

「お目覚めですかリーダー」と、斑闇がすぐに反応した。「昨日はお疲れ様でございました。後始末は済ませておきましたので、司空塔じくうとう及び、政府への連絡は済です。報酬の振り込みは予定通り、二十日はつか払いとなるそうです。施設への被害も少なかったので、減額なしです」

「ああ……そうか、ご苦労」

 視界をめぐらせ、足枷と死屍の存在を目視する。二人とも眠っていた。

「何か変わったことはあったか?」

「特筆するほどの変化はありません。報告すべきこととしましては、一號がタッチの差で風呂ジムに向かったことと、お客様がお見えになっていることくらいです」

 神城はソファの後ろ側——つまり、会社の入り口に視線を向ける。と、パイプ椅子に座っている男の姿を認めた。桐谷きりたに竜司りゅうじだった。

「ああ……どうも」

「朝から悪いな。どうしても直接話したくて、早速伺わせてもらった」言いながら、桐谷は左指に挟んだ名刺をちらつかせる。「無事で何よりだ」

 神城は立ち上がり、軽く会釈えしゃくをする。「占領せんりょうしてて悪かった。こっちのソファに座ってくれ、一応客用ソファなんでな。それと斑闇、何か……コーヒーでも淹れてくれ」

「ああいや、さっき断ったところだ」桐谷が言う。「しかし、殺風景な事務所だな」

「私に合う事務所がないものですから」と、斑闇がフォローする。

「だろうな」

 桐谷がソファに移動し、斑闇が死屍をマットレスへ運搬する。代わりに、神城が社長席に座った。既に、ローテーブルの上には神城用のコーヒーが置かれていた。ホットではなく、アイスだった。いつ目覚めても良いように、という、一號の配慮だろう。

「俺は飲ませてもらうが」

「好きにしてくれ。俺が断ったんだ。客として来たわけじゃない」

「要件は——」アイスコーヒーを一口含み、意識が活性化する感覚を味わう。「昨日の件か? それとも……」

「まあ、正確に言えば今朝方けさがただな。あんたが撃たれた後、俺はそこのでかい兄ちゃんに言われて、帰ることになった。心配だったが、俺も仲間を安全に帰さなきゃならなかったし、次は俺が撃たれるかもしれない。悪いとは思ったが、一目散に逃げ帰ったわけだ」

「悪くないさ。俺だってそうする」

「しかしまあ、そのまま放置ってのも気が引ける。俺はあの後、少しだけ仮眠を取って、すぐに馴染みの病院で手当してもらって」桐谷は右手を挙げる。痛々しく包帯が巻かれていた。「司空塔まで行ってきた。昨日の今日だからな、もっと警戒されてると思ったが、特段おとがめなしだった」

「そもそも襲撃はなかったことにされてるんだろうな。市民には伝達すらされない」

「だな。まあ俺の話はどうでもいいか——問題はあんたを撃ったのが何者か、ってことだ。俺はな、真っ先に政府の連中かと疑った。要はな、仕事を終えたあんたを殺すことで、金を払わずに済まそうって魂胆かと思ったわけだ」

「有り得る話だ」

「実際、『天井てんじょう』から狙撃すりゃ、簡単だろう? 上には監視カメラがいくつも付いてるってんだから、銃火器が付いてたって不思議じゃない。親玉であるあんたを撃ち殺し、それを俺たちのせいにして——地上民間人同士の争いとして片付ける」

「だが、それなら本来、皆殺しにしておくべきだった。その隙はあったし——拳銃を持っていたとは言え、俺がやったことはただ口上を述べたくらいのものだ」

「あんたの言う通りだ。で、証拠を掴んで調査しようとしたんだが……残念ながら、あんたを撃った弾は既に回収されていた。地面の穴はそのままだったが、それだけだ」

「しまった……」神城は天を仰いで、自分の失態を恥じた。「死んでいてすっかり忘れていた。弾を回収して、森木もりきのおっさんに見せようとしていたんだ」

「ああ……やっぱりあんたも顔馴染みか。そう、俺も森木の野郎に見せようとしたんだが、生憎あいにくとそれは叶わなかった」

「こちらですか?」と、斑闇が透明な袋をつまみ上げる。「リーダーが死んでいるうちに回収済みです。リーダーの命を奪った憎き銃弾ですからね、放置するわけにも行きません」

「あるじゃねえか!」

 神城は斑闇の手際の良さに、思わず笑う。「……ご苦労。優秀な部下を持って俺は幸せだ。森木のおっさんにアポ取って、あとで出向くとしよう」

「承知致しました。すぐに確認しておきます」

「となると武器の特定はそっちに任せるとして——話の続きだ。俺は、あんたらみたいなには通じてないが、これでもそれなりに、顔は広い。で、あんたは心臓を撃たれてたはずだが——今はこうしてピンピンしている。信じがたいが、こうして自分の目で見てる。信じる他ない」

「だな」

「これはつまり、ってやつだ」桐谷は顎をさすり、いぶかしげな視線を神城に向ける。「噂には聞いたことがある。眉唾まゆつばもんだったが……実在するらしい。となると、俺がこれまで聞いてきた与太話にも、信憑性しんぴょうせいってのが生まれてくる」

「ほう?」

使——そんな噂をたまに聞くんだ」

 それは、神城の耳にも届いている噂だった。実際のところ、そんな組織に心当たりはないが——現実的に起こっている事象を総括すると、そういう集団がいてもおかしくない状況ではある。つまり、使、という状況だ。

「しかし、魔法は生まれついての才能だとも言う。習得出来る技術じゃない。だから魔法使いって存在は、。いくら魔法使いと言えど、少数精鋭にも限度ってもんがある。相手は万単位の政府だろう?」

「まあ……一騎当千いっきとうせんを地で行く魔法使いならともかく、十人で世界を滅ぼすってのは、現実的な話じゃあないな」

「だから魔法使いの連中は、その魔法の力を一般人に分け与えて、を持った仲間をって話だ。もちろんそんな絵空事、信じちゃいなかったが——今回の件で現実味を帯びた。でな、そこの小僧も、背の高い兄ちゃんも、そのたぐいなんじゃねえかと、俺はにらんだ」

 神城は少しだけ、回答の前に思考を挟んだ。やはり当初の評価通り、この桐谷という男はそこそこ切れ者らしい。まあ、頭が良くなければ、人に一目置かれることもない。神城たちという障害さえなければ、計画もある程度は成功していたことだろう。そして今まで疑っていた事柄に対し、考え方を百八十度変えられる柔軟さもある。その上で、その思考をさらに発展させ、真実に近付こうとしているように見える。

 突き放したところで——意味がないか。

 神城はそう判断して、「おおむね正しい」と答える。

「やっぱりか……納得が行った。だが、神城さん、あんたらがその使だとは思えない。政府の転覆を狙おうって連中が、政府から金をもらって俺たちの邪魔をしたってこともないだろう。それに、あんたからはそういう、よこしまな感情ってのが感じ取れない」

「桐谷さん、あんたが想像してることはほとんど合ってる。否定したところで無駄だろうから正直に話すが——確かにうちの社員はみんな、いわゆる魔族まぞくに当たる」

「魔族……また焦臭きなくさい言葉が出てきたな」

「俗称だけどな、魔法使いの被害を受けた連中のことを、そう呼ぶ界隈かいわいがある。あっちで背中向けてパソコン叩いてる斑闇という男は、魔眼まがんを有している。そういう、非日常的な力を備えた者を、魔族と呼ぶ。蔑称べっしょうってわけでもない」

「背中越しに失礼します。こっち見ないでくださいね。今、目隠し外してますから」と、斑闇が忠告する。

「魔法使いじゃなくて——魔族、か」

「便宜的にな。さっき会ったと思うが……一號時計ときはかりという女は、魔爪まそうを有した魔族だ。で、そこで寝てる、あんたらをコテンパンにした青少年は、魔獣まじゅうおぼしき力を持っている。全員、魔法使いの被害者たちだ。魔法使いが発現させた魔力の残滓ざんしを受けて、妙な力を手に入れたってわけだ」

「で、あんたはそれをまとめて、対抗組織を作ろうとしてる」

「それは違う」神城は桐谷の想像を一笑にす。「俺たちがしていることは、そんなに崇高すうこうなもんじゃない。ただ、そういう被害者を救ってみんな仲良く暮らそう、って会だ。桐谷さんが言うところの——ってのは、日常生活を送る上で、とんでもない障害リスクになる。例えば足枷は、常時握力が三百キロほどある」

「は?」

「コップなんか持とうとしたら、一瞬で粉々にする。こいつは、力の制御が出来ないんだ。斑闇の魔眼は、目を合わせた者を数十分単位で失明状態に追い込む。どころじゃない。状態にあるんだ。そんなんじゃ、普通に暮らせないだろ? だから俺たちはそういう連中を見つけ出して、助け出そうとしてるんだ。偽善と思うなら、そう思ってくれていい」

「……話が見えなくなってきた。だったら、なんでその……マダラヤミ? 背の高い兄ちゃんは、普通に暮らしてんだ? あ、だから目隠ししてんのか。いや、だったらそっちの小僧はどうなんだ。いくら拘束したところで、握力がなくなるわけ——」

「——いや、そうか、

 桐谷の質問を聞き流し、神城はようやくその可能性に突き当たった。自分が狙撃される理由について、心当たりがないとずっと思っていた。そういう技術を有した人間が——超々遠距離の狙撃を可能にするをする魔族が生まれたことにはすぐに思い至ったが——それが自分を狙うという理屈が、思い浮かんでいなかった。そうした力をこうむってしまった人間が、わざわざ自分を狙う理由が、考えられていなかった。もしあるとしても、桐谷が言うところの使が、狙撃手を使役しえきした可能性を考慮した。しかし普通、一般人でなくなった人間が、神城を狙うとは、心情的に思えなかった。

 だが——こう考えれば辻褄つじつまが合う。

 使

 全ての元凶である神城を殺そうとする心理には——納得が行く。

「……なるほどな」

「何がなるほどだよ。話の途中だろ。俺に分かるように説明してくれ」

「ああ、悪い。そうだな、あんた悪い人じゃなさそうだし……手の内を明かしたところで関係ないから話しておくが、うちの社員が付けてる拘束具——斑闇の目隠し、一號の手袋、足枷の手錠は——。なんでそんなことが出来るのかと言われても上手く説明出来ないが……まあ、うちの家系を紐解くと、どうやら退魔たいまの家系らしくてな」

「急にどういうことだよ」

「要は、俺は魔法を打ち消すことが出来る体質ってことだ。多少だけどな……存在自体を消せるわけでもないし、根治出来るわけでもない。ただ、その発動を抑制出来るっていう血が流れてる。だから俺は、被害者を集めて、をしなくて済むように、一人一人に拘束具を与えてる。まずそのことを認識してくれ」

「んなこと言ったって、あのガキ……いや、小僧、馬鹿みたいに強かったぞ。全然力抑えられてねえんじゃねえのか」

「ありゃただのセンスだよ。あんたらがガキだと思って舐めてただけさ」

「マジかよ。納得行かねえ……」

「本気を出したらもっとすごい——が、本気は出させない。極力な」神城はアイスコーヒーを飲み干して、立ち上がり、大きく伸びをした。「あんたとの会話で、ようやくが出来た。多分、どこかに俺の存在をうとましく思ってるがいて、うちの社員同様、を囲っている組織があるんだろう。で、囲われている被害者はその組織に、俺を消そうとしたんだ。そう考えると、なかなか筋が通ってくる」

「そんなの、深く考えなくたって分かりそうなもんだろ」

「そうか?」意外そうに、神城が問い返す。

「そりゃそうだ。魔力の被害者ってのが、その魔力を封じるっていう存在を消そうとするのは、至極当然の流れだろ」

「ああ、いや、そう簡単な話じゃないんだ。魔法使いにとっちゃ俺は天敵かもしれないが——魔族からしてみれば、俺は天敵じゃない。むしろ味方なんだよ」

「……分からねえな。だってあれだろ? せっかく手に入れた超常的な力を抑え付けられるなんて、目の上のたんこぶみてえなもんじゃねえか。俺だったら真っ先に、あんたを殺すね。間違いない」

「こればかりは被害を受けた人間にしか理解出来ない悩みでしょう」と、斑闇が作業机に座ったまま、口を挟んだ。「桐谷さんも、被害者の立場になれば理解出来るはずです。リーダーを殺すなどもってのほか——我々が平穏無事に暮らせているのは、リーダーの力のお陰です。例えばそうですね……四六時中、自分の意思と関係なく、触れる物全てを溶解させてしまう魔手ましゅがあなたに備わったとしたら……どうしますか? あなたは何も掴めず、誰とも抱擁ほうよう出来ず、それを止めることも出来ない。自らの意思でその出力を変えられるのであれば、それは強大な力となるでしょう。しかし、としたら——あなたはどうしますか? 死んでしまいたくなるのではないでしょうか。今まで当たり前のように出来ていたことが出来なくなる。それはもはやです。しかしその障害を抑えつけ、今まで通りの暮らしを約束してくれる存在がいる。それがリーダーなのです。それでもあなたは、リーダーを殺そうと思いますか? 常人離れした力を持つということは、常人ではなくなるということです。あなたはただの常人だから分からないかもしれませんが——」

「斑闇」

 神城が強く名前を呼ぶと、「……失礼しました。ムカついたものですから」と、斑闇は素直に謝った。「桐谷さんも、すみません。ただ……そういうことなんですよ」

 桐谷は、呆気あっけにとられたように、斑闇の背中を見つめていた。これは、誰かが悪いという話ではない。想像力の欠如けつじょというわけでもない。むしろ——誰かの苦しみを、想像力でおぎなおうとするなんて、はなはだおかしい話だ。斑闇にしか分からない苦痛があり、一號にしか測れない過去があり、足枷にしか口に出来ない感情がある。神城はそれ以上、何も言わない。斑闇も、桐谷も、自分を他人に置き換えるだけの知恵はあるはずだった。

「……なるほど、悪かった。あんたらにとっちゃ、神城さんは救いの神ってことか」

「そういうことですね」斑闇は軽薄な口調に切り替えて言う。「救いの神という表現はなかなかいいですね。今度使わせてもらいます」

「要するに——神城さん、確かにあんたが言う通り、魔族とやらがあんたを狙う道理はねえってことだ。自発的に——自らの意思で狙うはずがないと、あんたは思ってる。だが、そこに抜けがあるってことも、考えられるんじゃねえか。あんたらを怒らせたいわけじゃない。ただ、納得したいだけだ。例えば……日常生活が不便にならない力とかよ」

「それは確かに有り得るかもな。が、生憎あいにくと例が浮かばない」

「例えば……なんだ、常にいい匂いがするとかよ」

「それは攻撃に使えるのか?」神城は笑いながら言った。「仮にそうだとしても、俺の力は魔族の力を。抑制するだけだ。それなら、俺がいた方がお得だろ? 拘束具を外せば、本来の力は発揮出来る。殺す道理はない」

「なら拘束具だけもらって、その後殺すってのはどうだ?」ほとんど売り言葉に買い言葉で、桐谷は思いつきを口にする。「実は既にあんたから拘束具をもらった人間の仕業ってこともある」

「リーダーお手製の拘束具は、次第に効果が薄れます。血液ですからね。一ヶ月もすれば替え時になりますから、殺したら最後、我々は永遠に日常生活を送れません」

「……なるほどねえ」桐谷は観念したように、ソファに深くもたれ掛かる。「整理すると、あんたの敵は、使か、魔族の力を利用したい、ってことになる。そういうことだな?」

「そうなる。あんたが最初に言ってた、使っていう考え方は、ほとんど有り得ないと言っていい。むしろ、魔族は魔法使いを恨んでさえいる。斑闇の意見を聞いた後なら、それがどういうことかは分かるだろ」

「ああ、分かる」

「かと言って、魔法使いがわざわざ狙撃銃スナイパーライフルを使って俺を狙撃するとも思えない。有り得ないとも言い切れないが——そもそも魔法使いは、使の、ただの人間だ。身体的に優れているわけでもなければ、戦闘力が高いわけでもない。ということは十中八九、俺を狙ったのは魔族ということになる。で、魔族が俺を狙う理由は一つ——俺の存在を知らない上で、使。そういう結論に至った」

「理解したよ。ん……だが待てよ。今度はひとつ分からなくなってきた。あんた、死んだんだろ? なのに生き返った。それ、魔法じゃねえのか? あんた、魔法効かないんだろ」

「ああ……そこは話すとややこしいんだが……そこで寝てる、死屍という女は、魔女だ。所謂、本物の魔法使いだ」

「全ての元凶ってわけか」

「言い方は悪いが、そうだな。もしあいつの魔法が発現したら、周囲の人間は魔力を浴びて——被害者に成り得る。もしここであいつが魔法を使えば、桐谷さん、あんたも魔族の仲間入りだ」

御免ごめんこうむる」

「当然俺には効かない。だが、俺とそいつはあるを交わしていて……まあなんだ、要は俺はあいつの魔法だけは受け付けられるようになっている。だから俺は蘇生した」

「その仕組みを詳しく教えてくれ……と言いたいところだが、聞いたところで俺には理解出来ないんだろうな、きっと」

「あんたなら理解出来ると思うが、説明が面倒なだけだ」

「分かった、今度また詳しく教えてくれ。俺も一旦、自分の中で整理しないとな」桐谷は立ち上がって、周囲を見渡し、「ここは、禁煙だな?」と尋ねる。

「特に決めてないが、灰皿はないな」

「それじゃ、撤退する。俺の目的は済んだしな。スッキリしたよ。俺は納得出来ないってのが嫌いでね」

「目的というのはつまり……魔法使いの存在を確かめに来た、ってところか。で、あんたはどうするんだ、桐谷さん。政府を転覆させようとする魔法使いの集団が実在するとして——あんたはそれに加担するのか、それとも」

「まだ分からねえ。政府が憎いのは、変わらない。あんな不条理がまかり通ってるなんて、馬鹿馬鹿しいだろ。俺たちには空を見る権利もないなんて。だからもし、それを壊してくれる奴らがいるってんなら、協力したくもなる」

「だろうな」

「だが……魔族ってのが増えるのは、いい気持ちじゃねえな。俺の身内がもしそうなったとしたら——魔法使いの方が到底許せねえ。要は、駒作りじゃねえか。人を人と思ってねえのは、政府も魔法使いも同じだ。だったら今のところ、あんたらの思想に賛同する」

「ファンが増えましたね」と、斑闇が口を挟む。「今後ともご贔屓ひいきに、桐谷さん」

「こちらこそ」

「冗談はともかく——社員の生活の面倒を見るのも、思想だけじゃどうにもならない。もし俺たちが力になれることがあれば、是非よろしく頼む。商店街の出し物とかな。斑闇はでかいから、立ってるだけで集客効果がある」

「へっ……真面目なんだかふざけてんのか、まあ、何かあれば頼みに来るよ。しばらく騒ぎを起こすつもりもないしな。あんたらこそ、九王坂くおうざかに来たら寄ってくれよ。うちのコンカフェは可愛い子たくさん揃ってるぜ」

「私、人の顔が見られませんから」と、斑闇が即答する。

「俺も間に合ってる」

「つれねえなあ」桐谷は言って、薄く笑った。「それじゃ、またな。森木の野郎によろしく。このあと会うんだろ?」

「ああ、そのつもりだ」

「近いうちに顔出すって言っといてくれよ。ああ、見送りはいらねえからな」

 じゃ、と小さく言って、桐谷は会社を出て行く。言われた通り、神城も斑闇も、見送りはしなかった。神城は社長席に深く座り直し、高い天井を見上げて息を吐く。

「いい人でしたね、桐谷さん。途中、ちょっとムカつきましたが」

「どうだかな。ただ、頭が良いのは確かなようだ。是非とも長い付き合いをしていただきたいもんだな」

「一応、名刺も頂いておきました。コンカフェ名義ですが。後でお渡しします」

「ご苦労」

「それにしても、リーダーの読み通りだとすると——現状、リーダーは日常的に命を狙われる状態になった、ということですね。亡骸ちゃんの負担も大きくなりますし、やはり会社に住まわれては? 敵対組織の情報収集は速やかに進めますが、相手が分からない状態で、しかも攻撃が超々遠距離だとすると、こちらには対抗する術がありません」

 神城は自分の思いつきを会社の天井に並べて、整理していた。桐谷との会話で思い浮かんだ存在——つまり、右も左も分からない生まれたての魔族を使役し、障害をはらおうとする組織の輪郭りんかくが見えてくる。それこそ、噂話に出てくる、使そのものだ。むしろ、驚異はそこにあるのかもしれない。数人の魔法使いより、百の魔族を従えた方が、戦力の差は圧倒的だ。そこに気付いた誰かがいるのだろう。そしてその誰かは、神城とは違い、利己的な思想を持っているようだ。加えて、

「……俺たちがあの時間に司空塔にいるということを事前に知っていたということは——情報源は限られる。積極的に政府に敵対しようとしない俺を、政府が殺す道理はないからな。桐谷たちは当然、俺らの動向を知らなかった。奴らじゃない。となると——今回の計画内容を知っていた、ということになる。しかも、ただの人間だ」

「となると、今回の件に精通しているガワラ先生も、被疑対象ですかね」

菅原すがわら本人というよりは、その関係者だな。まあ、一応菅原本人も洗っておくか。あいつ、たまにムカつくからな」

「かしこまりました。ああそうだ、早速、森木さんから返信が来ていました。午後二時過ぎであれば、面会出来るということです。一號と亡骸ちゃんを必ず連れてくるように、とおおせですが……リーダーの身の危険もありますから、社員総出で向かいますか?」

「相変わらずの色ボケクソジジイだな……まあ、情報と等価交換か。斑闇の言う通り、念には念を入れて、全員で移動した方が良さそうだな」神城は後頭部で手を組み、天井に並べた情報を遮断する。「一號が帰ってきたら起こしてくれ。もう一眠りするよ」

「かしこまりました。お休みなさい、リーダー」

 社長席に座ったまま、神城は目を閉じた。だが、思考は冴えていた。相手は何人なのか、どういう思想を持った組織なのか。神城だけを狙ったということは、神城を殺した後で、斑闇たちを仲間に引き込む算段だったのか。そもそも、どうして神城の体質を知っているのか。やはり身近な人間の仕業なのだろうか。情報が足りないから、調べなければならない。そして、救わなければならない。何らかの特異な力を持った狙撃手を——救ってやらなければならない。魔族は皆、一様に苦しんでいる。それだけは確かだ。有り余る力を持った者は——どこかで必ず嘆いている。

 それを救うために、そのためだけに、自分はこの力を授かったのだと決めていた。

 それが、この時代に生まれた神城零一れいいちという男の、存在意義だった。

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『天照計画阻止計画』 福岡辰弥 @oieueo

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