第6話
「どこのもんだ、お前ら」
「我々は、地上民間会社
「いや、いい。要は、あれだ、政府の犬ってやつだろう」
「いえ、我々はリーダーの犬です。政府は関係ありません」
「政府の犬って何?
「強い者に付き従う、
「へー。じゃあ僕、政府の犬だ。リーダーのこと好きだもん」
「ごちゃごちゃうるせえ!」桐谷は、迫力のある怒声を上げる。これも、持つべき者にしか発揮出来ない、固有の
「私ではありません。やったのはこちらの少年です」
「僕、可愛がってないよ?」
「そうですね。我々が可愛がるのは
「そうだよねー」
「だからうるせえって言ってんだよ!」
桐谷は早速ペースを
「無駄なやりとりが多くありませんか、リーダー。斑闇のやつ、とっとと
「まあ、いいんじゃねえか。あいつにはあいつの仕事のやり方がある。俺は社員のやり方にまでは口は出さないよ」
「社長の
「他の会社も知らんくせによく言うよ」
一號との会話を切り裂くように——一発の銃声が、その場を支配した。一號は驚いたように、神城は余裕を持って、斑闇たちの方を注視する。態度に差はあれど、神城も一號も、斑闇や足枷に被害があったとは思っていなかった。
発砲したのは、桐谷だった。その銃撃は
「丸腰相手に武器ってのも気が引けるが、俺たちには果たさなきゃならない使命がある。そこをどいてもらう」
「丸腰という言葉の定義についてはいくらか疑問が残りますが、その発砲は宣戦布告と見てよろしいですね? というか……銃なんて撃ったら、それこそ応援が来てしまうとは考えないのですか、あなたは」
「警備を二人のしたところで誰も来なかった。つまり、お前らが用心棒として雇われていて、ここはお前らの
「少し違いますが、
「だろうな。なら、ここは無傷で突破させてもらう。
神城は冷静に、状況を分析していた。桐谷という男は、意外と冷静らしい。冷静で且つ、場を読む力に
吉野、喜多、と呼ばれた男二人が背中に
「鉄砲相手だけど、これ外しちゃだめ?」と、足枷が言う。両腕に絡みつく真紅の手錠を斑闇に見せながら、「怪我したらリーダーに怒られちゃうよ」
「相手を殺した方がリーダーに怒られます。手錠ならこの程度、余裕でしょう。さっさと片付けてください」
「ちぇー」
「ではお願いします。私は離れていますので」
と——斑闇が地面を蹴り、大きく後退したところで、まず第一の発砲があった。小銃による攻撃だ。法治国家には不似合いな非現実的な音は、殺意を持って足枷——ではなく、斑闇を狙っていた。無論、この大男こそが敵だと、誰もが思うだろう。
「ぐっ——もろに食らった」と、斑闇はわざわざ口にしながら、銃撃を受けた腹部を押さえる。恐ろしいまでの衝撃があったが、致命傷ではなかった。「手錠、早くしてください。次に頭を狙われたら死にます」
「わかった!」
戦闘を目的として来ているのだから、社員全員、当然のように防弾チョッキを身に付けている。それは、お互い承知の上だろう。だが斑闇はさらにその上から、レインコートという防刃具を身に付けていた。
「斑闇、もろに食らってませんでしたか?」
「痛い目見てたな。まあ、これに
二人の軽口を
「なっ——」自分の右隣の男が弾き飛ばされるのを見て、即座に桐谷が銃口を向ける。「なんだぁ、こいつ!」
桐谷の左隣の散弾銃の男は、桐谷が邪魔ですぐに足枷を狙うことが出来ない。頭で考えてその配置を選んだわけではないだろう。それは足枷による、野性的な
足枷は既に
体当たり。
言葉にすればひどく不格好な攻撃名だが、実際のところ、殴ったり蹴ったりという小規模な攻撃に比べ、圧倒的に威力が高い。五十キロ程度の塊が、そのまま飛んでくる。肩を接点とした足枷の体当たりは正確に桐谷の腹部を捉え、そのまま後方に吹き飛ばした。同時に、桐谷のほぼ背後に位置していた散弾銃使いもまた、突然の衝撃を予見出来ず、体勢を崩して後ろに倒れ込む。
「くそっ!」
倒れながら、桐谷は追撃を狙っていた。手にした銃を放さぬようしっかりと握り込み、自分の
「がああああ!」
桐谷の手首には、既に足枷の
完全に仰向けで倒れている散弾銃使い、その上に重なっている桐谷、そしてその腹の上で桐谷の手首に噛み付いている足枷。肉弾戦というより、取っ組み合いの成れの果て、という印象だった。散弾銃を片手で発砲することは不可能に近く、また、足枷を攻撃しようとすれば桐谷にもダメージが入るのは明白だった。既に足枷以外、戦意を失っている。時間にして、十秒にも満たない戦いだった。
「さて、制圧完了です」
否、もう一人戦意を失っていない男がいた。斑闇は、足枷が吹き飛ばした装填済の小銃を拾い上げ、桐谷たちに向けて銃口を突き付けていた。発砲の意思のない、相手を降伏させるためだけの
「わかった! ちくしょう!」桐谷は手から拳銃を放し、地面に落とす。「降参だ! こいつを止めろ!」
「まだショットガンが控えておりますので、安易に手は引けません」
「吉野! 銃を捨てろ!」
「竜司がいて動けねえんだよ! 撃ちたくても撃てねえし、お前が乗ってて銃を捨てられねえ! 無茶言うな!」
「そういうことだ! 俺たちに攻撃の意思はない!」
「ということですが——いかが致しましょう、リーダー」
「手首の
戦闘が終わった気配を感じ取り、神城は行動していた。戦闘を行っていたのは二人と三人だったが——九王坂商店街組合の人間が、まだ七人いた。ただし、そこまでの熱意がないのか、あるいは銃火器による戦闘に巻き込まれたくなかったのか、敵側の圧倒的な力に恐れをなしたのか——ほとんど観客のように、棒立ちしていた。その背後から、神城は銃を構えながら声を上げていた。
「あんたら、戦意がないなら帰っていいぞ。ここにいると危険だ」
神城が言うと、金属バットを握りしめた組合員たちは、お互いに顔を見合わせた後、気まずそうに
「ぐるるるる……」桐谷の手首から口を離した足枷が、獣のような唸り声を上げる。「撃たれたらどうしようかと思ったよ。鼓膜破れちゃうもん」
「保険は下りる。正社員で良かったな」
「よかったー!」
「おいおい! 降参だ、降参! このガキ、早くどけてくれ!」
「ああ……悪かったな。手錠、もういいぞ。こいつらが暴れたら俺と斑闇が撃つ」
「わかったー。ごめんねおっちゃん」と言いながら、足枷は身軽に後転してから、すっと立ち上がる。「ちゃんと病院行ってね」
「ちっ……」
桐谷は出血している手首を押さえながら、ようやく立ち上がる。吉野は桐谷が起き上がったので、ようやく自由の身となった。が、銃口を突き付けられているので、下手な動きはしない。散弾銃を自分から遠くへと
「おめえら、どこのもんだ?
「俺たちは
「未堂寺⁉ 隣じゃねえか! 聞いたことねえぞ!」
「宣伝活動はしてないからな。地上民間会社
「ちっ……
「正義や悪なんてものの基準は、観測者に
「ああ、分かった。大人しく帰るよ。喜多は……昏睡状態か? あれは。とんでもねえガキがいたもんだ。丸腰で大人一人、
「殺さないようには指示してある。手錠、殺してないな?」
「多分大丈夫だと思うけど、どうだろ?
「だそうだ。こっちも仕事なんでね、悪く思わないでくれ」
「そうするよ。なあ、その物騒なもん下げてくれねえか。手を挙げてるのもつれぇんだ」
桐谷に言われ、神城は銃口を下ろす。同時に、斑闇も小銃を下げた。
「大人しく帰るが、ちょっと休ませてくれ。……なあ、あんたら、金さえ払えば、誰の味方にでも着くのか?」ポケットから煙草を取り出し、口に咥えながら、桐谷が尋ねる。「例えば、次に俺たちが襲撃を
「まあ、見積次第だな。政府の方が高く依頼してきたら、そちらを取る」
「へっ……お互い
桐谷は左手で煙草に火を付け、ライターを
「吉野、体、動くか? 俺は喜多を背負うにも、手首が死んじまってる」
「ああ……分かった。運ぶよ。俺は背中を打ったくらいだ」
「
「よろしいですか、リーダー」
「ああ、もういいだろう。だが念のため、お前が持って行ってやれ」
「かしこまりました。良ければ、喜多さん? とやらも、私が運びましょう。なかなか良い腕前でした。銃撃を読んで、結構後ろに跳ねたんですけどね、私。ちゃっかり捕捉されました。趣味でサバゲーでもやられてるんですか?」
「斑闇はさー、重装備だから動きが鈍いだけだと思うんだよね、僕」
「大きなお世話ですよ手錠」
斑闇は小銃を肩に担ぎ、伸びている喜多を軽々と持ち上げる。細身ではあるが、一般的な成人男性よりも遥かに筋力があった。「呼吸はありますね。手錠の言う通り、脳震盪でしょう」と呟く。桐谷はほっとしたように息を吐いた。
善人と悪人は観測者に
「吉野、先、車戻っててくれ。ちょっとこの社長さんと話がある。……あんたが社長さんでいいんだよな?」
「ああ。名刺を渡そうか」
「一枚くれ。俺は今日は持ってないんだが」
「構わないさ」
「では、私は運搬を担当して参ります」斑闇が言う。「手錠、リーダーのお供をするように。危険はないとは言え、念のため」
「わかってるって」
「ところで一號が来ませんね?」
「あいつは亡骸を見てる。離れるわけにもいかないからな」
「そうですね。では九王坂商店街の皆さん、参りましょうか。今夜はお疲れ様でした」
至近距離で斑闇の長身を目にし、組合員の面々は異様なものを見るような視線を向けていたが、危険がないと判断したのか、大人しく吉野と斑闇について行った。一號であれば、「雑魚らしい動きですね」とでも評したのかもしれない。神城も同意見だったが、雑魚であることが悪いことではない。彼らもまた、何かの物語の主人公であるはずだ。
「ふう……この場は
「どうだろうな。この手の事件は内密に処理されることが多いから、案外お
「そういうあんたも、持ってるじゃねえか。ちゃんと許可証持ってんのかぁ?」
「もちろん。政府公認だ。そういう仕事だからな」
「へっ……社員はバケモノみてえなもんなのに、ちゃんとしてる会社じゃねえの。カミシロ? だったか。やっぱり興味あるな、名刺くれよ」
「おっと、そうだった。商店街の用心棒くらいなら、
「僕? 戦えるならなんでもいいよ」
「末恐ろしいことを言うガキだな」桐谷は複雑な表情を浮かべながら煙草を口に
「会社名は
「
「いいんじゃないか? 夢があって。それに……俺だって、たまには日光が恋しくなる」
「だったら手伝ってくれたらいいじゃねえか!」桐谷は悲痛そうな叫びを上げる。「いや、手伝うも何も、あんたらの力がありゃ、一個小隊くらいは無傷で制圧出来るんじゃねえか」
「どうかな……どう思う?」と、神城は足枷に尋ねる。
「行けるんじゃない? わかんないけど」
「……呑気なもんだ」
桐谷は煙草を地面に叩き付け、靴の裏で踏みにじる。名刺をシャツの胸ポケットに収めて、ふー、と、長い息を吐いた。今夜の出来事——特に、ここ数分で起きた出来事を清算するような溜息だった。
「じゃあ、帰る。いや、最後にひとつ。政府から依頼があって、俺たちを待ち伏せしてたってことは……要するに、計画が漏れてたってことだな」
「そうなるな」
「情報源は?」
「ああ……悪い、情報収集は部下の仕事なんだ。それに、聞いていても教える義理はない」
「だろうな。ま、いいさ。仲間を疑いたくなかっただけだ」
「身内にスパイがいるかもってことか? それはないだろ。得がない」
「情報料をもらってるやつがいるのかもしれねえ」
「かもな。しかし、信じるのがトップの仕事だろう」
「ああ……耳が痛いね。裏切られるってことは、トップに信用がねえってことか」
はっ、と乾いた笑いを一つ打って、桐谷はゲートに向かって歩き出した。
終わりだ——と、神城は
仕事の成功を疑っていたわけではないが、それでも、特に問題もなく、犠牲もなく、ひとつの仕事を終えられたという達成感があった。もちろん、斑闇の受けたダメージもあるし、足枷も無傷ということはないだろう。それでも、大きな損失なく仕事が回った、という安心を得ることが出来ている。一つ一つの小さな仕事の終わりが、人生を豊かにしてくれるのだと、神城は信じていた。
「じゃあ……俺たちも帰るか」
「はーい。もっと大暴れ出来るかと思ったけど、案外しょぼかったね」
「そういう言い方するな」
「おじさんたちの前では我慢したんだよ? 傷付くかと思って」
「そうなのか? お前も成長したな。社会人らしくなってきた」
「でしょー」
駐車場はすぐそこだったが、一號と
——突如、ドン、と耳慣れない音がした。
突然のことだったので、何かが爆発した音かと神城は思った。地響きに似ている。例えるなら、震源付近で地震の最初の揺れを聞いた時の音に似ていた。次に、進行方向の地面が
「リーダー!」
足枷の叫び声を聞いて、ふいに意識が正常化する。
「なんだ⁉ 今の音は——」視界の先で桐谷が振り返っている。弾痕のさらに向こう。どう考えてもこれはヤツの
「リーダー! ——手錠、何があったの!」
「わかんないよ! 急に大きな音がして、リーダーが倒れて、背中に穴が開いて! 撃たれたんじゃないの⁉」
「拘束を解きます」一號が言って、手袋の指先を
「心臓いってんだよ⁉ そもそもリーダー相手に効くわけないじゃん!」
「じゃあどうするのよ!」
「亡骸ちゃんは⁉ どうして連れてこないのさ!」
「おい、おい! どうした!」桐谷も叫んでいた。「なんだ、撃たれたのか⁉ おい、それは俺たちの仲間じゃねえぞ! そんなでけえ穴開けられるような銃、俺たちは持ってねえって」
だろうな、と、神城は思った。口にしたつもりだったが、声は出ていない。手当たり次第に五感に
一號が
神城は、辛うじて動く首から上を傾けて、今まで自分たちがいた場所——つまり、死屍亡骸が置かれているであろう場所に、視線を向けた。
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