第5話

 警備室で所属を名乗り、政府からの依頼である旨を告げ、五人は二手に分かれ、過激派集団が来るまで待機することとなった。

 司空塔じくうとうの周辺は、鳥瞰ちょうかんすると四角形の中に円があるような形をしていた。つまり、塔の周りに外壁があり、その外壁は東西南北しほう全てに出入り口があった。もっとも、営業時間外である深夜二時、解放されているのは西側にある一つだけだった。主に、夜勤者の出入りであったり、業者が利用するために解放されている。そのゲート付近——門から十メートルほど離れた位置に、神城かみじょう一號いちごう死屍ししかばねの三人は身を隠していた。ゲートの表側には警備員がいるため、まずは警備員が攻撃されるだろう。そのことについては、警備員も、司空塔の警備室も、もちろん政府も認識済だった。地上民間会社神城かみしろの責任範囲はあくまでも、ゲートから司空塔までの空間である。逆に言えば、その範囲で何かあっても、誰かが助けてくれるわけではない。

 司空塔は城ではないので、敵に攻め込まれないための複雑な構造をしていない。西側の夜間口からそのまま直進すれば、司空塔の入り口へと到達する。正門は東側にあるため、こちらは言わばに当たる。だが、厳重な警備がほどこされているわけでもないし、裏門はガラス張りの自動ドアになっているので、突破するのは容易よういだろう。銃器がなくとも、投石と体当たりだけでも破壊出来るような、もろい構造になっていた。

 ゲートから裏門までの距離は直線距離でおよそ三十メートル。施設のメイン部ではないため、ほとんど障害物はない。戦場としては十分な広さがあった。逆に言えば、自分たちを守る盾もないということになる。そのため、本日の戦闘担当は肉弾戦を得意とする足枷あしかせ、及び空間支配能力にけた斑闇まだらやみとなっていた。彼らは従業員用駐車場で、社用車の荷台に乗って待機している。そこは裏門からは五メートルほどの距離にあった。

 神城たちは一行をはさみ撃ちするために待機しているだけであり、戦闘の予定はなかった。そもそも、足枷一人で制圧出来るレベルの仕事である。社員総出で事に取り掛かっているのは、あくまでも、全力を出しているという認識を与えるためだった。

亡骸なきがらの用意をしておきましょうか」と、一號が神城に尋ねる。「いつ何時なんどき、リーダーに身の危険が迫るか分かりません。万全を期した方がよろしいのではないかと」

「ただの雑魚だろう、相手は。今回の仕事は、敵が強いから警備が厚いわけじゃない。——百パーセントに近い対策を練ってるだけだ。もし狙われてるのがそこらの一般人だったら、こんなに警備は手厚くならない。が、敵の強さは変わらない。つい本質を見失いがちになるが、万全を期した方が良いと思う時ってのは、大抵、何かを見誤ってる。本来、万全なんてのは常に期すべきもんだ」

「仰る通りですね。失礼致しました」

「注意してるわけじゃない。俺自身へのいましめだ。そして常々、俺たちの戦いで亡骸を用意しなければならない状態は有り得ない」

「しかしそれでも——やはり、不安はあります。あえて確認すべきことでもありませんが……近距離戦ショートレンジを得意とする手錠てじょう中距離ミドルレンジを得意とする私、夜戦ナイトレイドを得意とする斑闇——と、それなりに理に叶った布陣ふじんであるとは思いますが、遠距離ロングレンジや、超々近距離インファイト遠隔攻撃リモート、あるいはからの攻撃に対して、我々は為す術がありません」

「俺だって銃は持ってる」

「一般人相手であれば多少は有効かもしれませんが……」

「どうせ一般人しかいないだろう。滅多なことは起きないよ。もし起きたとしたら——それは俺たちにとって、有益なことだ。手錠も、一號も、斑闇も……そうやって出会ってきた。出会いに感謝すべきだな」

「私は自分の身内が危険にさらされるのはとても不安になります」

庇護ひご欲ってやつか」

「そうかもしれません。強欲ごうよくですから、愛しい物を自分の支配下に置いて、傷付けたくないんです」

「女性的だな」

「そういう言い方は、反感を買いそうですが」

「そういう風に出来てるんだから仕方ない。受け入れた方が楽だろ。俺だって、男性的な人間だしな」

「まあ、過敏なのもどうかとは思いますが」

 悠長に無駄話を繰り広げているのは、単に、予定時刻まで暇があったからだ。彼らは今回の仕事を、特に重要視していない。もし重要だと思っていることがあるとするなら、それは成功報酬だけだろう。今の政府は圧政を敷かず、地上民間人に飴を与えて籠絡ろうらくする方針を採用している。要するに、自分たちに味方をすればいい思いが出来る——と、覚え込ませようとしているのだ。それを額面通り受け取るほど地上の人間は馬鹿ではなかったが、お互いに分かった上で、わざわざ波風を立てようとはしなかった。

「時間は」

 一號はポケットから懐中時計を取り出し、一瞬だけ確認する。

「予定時刻の五分前です。意外と時間が経つのは早いですね」

「そして大人は意外と時間を守らない」

 神城が言って数秒後、ゲートの外から話し声——というよりは怒声のぶつかり合いが聞こえてきた。恐らくは数名、先陣を切ってやってきたのだろう。警備員に止められ、それに対して不平不満を口にしているようだ。先行部隊か、少数と思わせて油断させるつもりか——ともあれ、全員でぶつかりに来るような馬鹿ではないということが分かり、神城は少しだけほっとした。この世でもっとも恐ろしい敵は、全知全能の神か、あるいは何も考えていない馬鹿だからだ。

「来ましたね」

「ああ。政府も警備員も俺たちも、当然奴らの情報を握っているが——あっちがどこまでこちらの手の内を知っているのか、その辺がきもになるな。勝敗は大抵、情報量で決まる」

 怒号どごうは次第に熱量を増していき、ついには悲鳴に変わった。無論、四十代の男性警備員が上げる悲鳴は、ほとんど嗚咽おえつうめき声に近かったが、それでも凄惨せいさんさを伝えるには十分だった。ゲートの向こう側で何が行われているのか、神城の位置から伺い知ることは出来なかったが——恐らくは、警備員二人に対し、五人以上の戦力があると考えて良いだろう。前情報では『九王坂商店街組合』の参加人数は二十名弱。土壇場どたんば付いた者もいると考えても、精々十五人程度のものだろう。先行部隊として、その三分の一が戦闘していると考えるのが妥当だった。最初から全力投入は当然無意味だが、雑魚相手に無駄な消耗をするのも意味がない。組合長である桐谷きりたに竜司りゅうじは、それなりに実戦経験が豊富らしい。

「しかしそれなりに小競こぜり合っているようですね」一號が言う。「警棒くらいしか持っていない警備員二名相手に手こずるとは……やはり雑魚なのではないでしょうか」

殲滅せんめつが目的なわけじゃないんだろう。いかに自分たちがダメージを負わずに各ポイントを抜けられるか——そう考えてるんだろうな。俺だって、もし特攻を仕掛けるなら、駒は温存しておきたい」

「我々はリーダーのためであれば常に全力投入の覚悟ですが」

「俺としては出来るだけ言うことを聞いて欲しいんだがな」

 神城と一號が会話をしているうちに、組合員たちは第一ポイントの障害を突破したようだった。六名の武装した人間が、ゲートから敷地内へと侵入してくる。銃火器の携帯も認められるため、多少の被害を受ける可能性はあった。しかし、主要武器メインウェポンは金属バットのようだ。恐らく、商店街にあるスポーツショップの提供だろう。

「敵を捕捉ほそくしました」

「俺も見てる」

「報告よりも少ないですね。他は待機中でしょうか?」

「だろうな。全員敷地内に入ってくれれば楽だったんだが……まあ、流石にそこまで馬鹿じゃないらしい。だが、逆に言えば手錠の負担が分散される。六人を蹴散らして、不審に思った残りの連中がやってくる。多く見積もっても残りは十五人程度だろうが、囲まれるわけでもないし、全員出てくれば俺たちが参加して挟み撃ちも出来る。作戦としてはそんな感じだな」

「フォーメーションBですね」

「そんな作戦を立てた覚えはない」

 ゲート付近の警戒はおこたらないままで、神城と一號の視線は司空塔の裏門付近——つまり駐車場に向いていた。六人の組合員たちは急ぐことなく、ゆっくりとしたペースで敷地内を進んでいる。どこから敵襲が現れるか分からないのだから、警戒しているのだろう。頭の善し悪しに関係なく、単に場慣れしているという雰囲気が見て取れた。

「来たー!」

 集団が裏門へ近付いたところで——ようやく、待ってましたとばかりに、大声を上げながら足枷が姿を現した。恐らくは、斑闇から登場の許可が下りたのだろう、と神城は考える。ここまで耐えただけでも、大したものだ。昔の足枷を思えば、随分と人間らしく——社会人らしくなったものだ、と感じる。

「なんだ、拘束されたガキがいる」組合員の一人が呟く。体格差から、相手に危険はないと判断したのか、おどけた様子だった。「お前も警備員か?」

「違うよ。僕はリーダーの会社の社員」

「は?」

「お話は私が」

 暗闇から、真っ黒なで立ちの斑闇が姿を現すと——明らかに、男たちの雰囲気が変わった。両手両足を手錠と足枷で拘束された小さな少年と対比して——二メートル二十センチはあろうかという、目元に真紅の目隠しをたずさえた男が、ふいに現れたのだ。それは、ほとんど幽霊を見た時の恐怖に近かっただろう。規格外の大きさに対し、人間は畏怖いふするものだ。圧倒的で絶対的な恐怖を、感じざるを得ない。

「な、なんだこいつ」六人の動きが止まる。「バケモノが出てきやがった」

「バケモノではありません。私は斑闇目隠めかくし。地上民間会社神城の社員です。こちらは足枷手錠、こちらも社員です。なんと、正社員です。我々は、あなた方の進行を食い止めるため、ここであなた方と戦闘をする予定です。もちろん、大人しく帰っていただけるなら僥倖ぎょうこうです。お互いに、無駄な消耗をせずに済みますから」

「すみません、桐谷さん? 想像以上にやべえやつがいます」と、組合員の一人が無線機に向かって話しかける。親玉に連絡を取っているようだ。「馬鹿にでけえ。二メートルはある。海外のバスケ選手みたいだ」

「斑闇、まだ?」

「まだですよ。無駄な殺生及び戦闘は避け、話し合いで解決するというのが我が社のモットーですから。どうせ無駄だと分かっていても、一応は話し合いをする姿勢を見せなければなりません。我々は社会人なのですから」

「じゃあ、もうちょっと待つね」

「いい子ですね、手錠」

 戦場は拮抗きっこうしている。意外とこういうもんだよな、と、神城はどこかうわの空で考えていた。一般人同士の喧嘩であれ、大国同士の戦争であれ——実際に接触が始まるまでには、多少の話し合いが持たれる。そこに譲歩じょうほの意思がなくとも、関係がない。事実、警備員たちが攻撃される前にも、多少の話し合いがあった。最初から奇襲きしゅうを目的としていない限り、現実の戦いは悠長ゆうちょうで、冗長じょうちょうで、観客からすれば退屈なものだ。

「誰が相手だろうと、関係ねえとさ」無線機を持った男が、他の組合員たちに告げる。「どんな厄介な敵が出てこようと、作戦は変わらねえと。まあ、確かにそうだが……どうする?」

「どうするって、やるしかねえだろう。今更帰るわけにも行かないし」

「だけどこいつ……バケモノだぞ? 隣のガキの二倍はある」

「二倍もありませんよ」斑闇が訂正した。「二メートル二十です」

「でっけえ」

「馬鹿じゃねえのか。何食ったらそうなるんだ」

「俺より六十センチもたけえ……」

 組合員たちは次々に、思い思いの感想を口にしている。一般的な交渉——つまり、企業や政府、あるいは一般人相手と話し合いをする際は一號を隣に置いた方が事がスムーズだが、こうした場面においては、斑闇という存在は別格だった。物理的な大きさ、背の高さ、見た目の禍々まがまがしさ——そういう、どうにもならない威圧感というものを、人はおそれる。

「だがこっちは六人だ。応援もある。やるしかねえ」

「だな。やるしかねえ。行けるか? たっつぁん」

「ああ……そうだな、やるしかねえ。前澤さん、やるぞ」

「おう。俺たちは、太陽を取り戻すんだ。足止めされてる場合じゃねえ!」

 組合員たちは互いに声を掛け合いながら、互いで互いを鼓舞こぶし合っていた。演説の上手うまい奴がいないらしい、と神城は思う。あるいは、桐谷竜司がそれに当たるのだろう。

「いかにも雑魚、という感じですね」一號がつまらなそうに呟く。

「あんまり可哀想なことを言ってやるなよ」

「私、利用されてると分かっていても、命を賭けて戦うなら、リーダーのような人に啖呵たんかを切ってもらいたいと、改めて思いました。リーダーの演説は、信憑性しんぴょうせいはさておき、こう……アガるんですよね、気分が」

「そりゃどうも。褒められてんのか?」

「愛してます」

 神城と一號が無駄口を叩いている間に、六人が一斉に、斑闇に対して襲いかかった。襲いかかる、と言っても、両者の距離は三メートル以上。金属バットのリーチをもってしても、攻撃が到達するまでにはラグがある。

「もういい?」足枷が尋ねる。

「いいですよ。交渉決裂です」

 そのラグは、斑闇が足枷に攻撃の許可を与えるには十分だった。

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