第4話

 地上民間会社神城かみしろの社用車は、いわゆるピックアップトラックと呼ばれる車種を採用していた。一般的には軽トラをイメージすれば分かりやすいが——それよりもシート数が多く、それよりも荷台が狭い。

 席順は、阿呆が考えた社会的マナーを適用させれば社長である神城かみじょうは運転席の真後ろに座るべきだったが、当然のように助手席に座っていた。運転席には一號いちごうが、後部座席には足枷あしかせ死屍ししかばねが。そして荷台には、斑闇まだらやみが体育座りをして搭載されていた。オープンカーでもない限り、斑闇がシートに座ることはないだろう。

「そういや、政府から借りてる駐車許可証って積んでるか? 司空塔じくうとうの従業員用駐車場を借りられるって話になってたはずだ」

「斑闇がグローブボックスに入れていました。後で私が対応します」

「そうか、ならいい。いつも運転させて悪いな」

「いえ、とんでもありません。リーダーの命を握っている、というこの状況に興奮こそ覚えますが、負担に感じたことは一度もありません」

「興奮も覚えないでくれると助かるんだがな」

「生理現象なので難しいです」

「社長としては複雑な気分だ」

「世の社長は、美人秘書を欲しているという情報があります」

「俺はあんまりそういうタイプじゃない」

「そうなんですね。自分で言うのも烏滸おこがましいですが、私、かなり秘書顔な自負があります。給料え置きで、私を社長秘書にするというのはどうでしょうか」

「ただでさえ一號には作業員兼経理担当兼雑務一般をこなしてもらってるからな。これ以上負担を掛けるのは不公平すぎる。それに、参謀さんぼうは斑闇で間に合ってるしな」

「私は構いませんが。将来的にはリーダーの生活全てを私の手で管理したいと思っていますし。もちろん、リーダーの嫌がることはしません。ですが、自由奔放ほんぽうに振る舞っているリーダーの全ての行動を先読みして管理したいというか、そういう欲求が私の中にあるようなのです。支配欲とは違う……保護欲というか……庇護ひご欲というか……」

「子どもの前でそういう下卑げびた話をするな」

手錠てじょうは大丈夫ですよ、慣れていますから」

「あー……そうだね、慣れてるから大丈夫だよ、リーダー」

「言わされてないか、お前」

「僕はリーダーと一號がイチャイチャしてても全然気にならない派だから、全然おっけーだよん。僕が女の子だったら、嫉妬とかするかもだけど」

「今の世の中、男だから、女だから、という理由で想いを捻じ曲げる必要はないのよ、手錠。手錠だってリーダーとんずほぐれつしたいなら、それでいいの」

「良くないよ。俺の気持ちってもんがあるだろ」

「しかし手錠はなかなかの美少年ですよ、リーダー」

「そういう問題じゃない」

「そうだよ一號、そういう問題じゃないよ」不服そうに、足枷が抗議する。「それに僕、リーダーのことは好きだけど、そういう感じで好きなわけじゃないし」

「まあ、私としてはライバルが減るのはありがたいことですけれど。最近、常々思うんです。リーダーと出会わなければ、自分の性別になど興味がなかったでしょうし。今では毎日、自分が女であることに感謝しています」

「そうか。それは……おめでとう」

「最近、意を決して全身脱毛をしたんです。メンテナンスが楽になったという利点もありますけれど、いついかなる時でもリーダーに抱かれる準備が出来ている、という安心感は非常に良いものですね。常に臨戦態勢と申しますか」

「足枷だけじゃなく、亡骸なきがらもいるんだぞ、車内には。あいつ、全部聞いてるからな」

「そうでした。失礼しました」一號は前を向きながら、小さく頭を下げる。「私なりにですね、色気を出しているつもりなんです。別に、普段から下ネタばかり言う人間というわけではないんです、私は」

「分かってるよ。運転に集中してくれ」

「かしこまりました」

 神城たちの会社がある未堂寺みどうじは、御古都みことの最南端にある下町風情ふぜいのある町だ。そこから九、八、七——と冠数字かんすうじが少なくなって行き、最東端の一文町いちもんちょうに都庁が存在している。今回の一件の首謀者——まだ事件は起きていないが——が暮らしているのは九王坂くおうざかなので、未堂寺とは隣同士の町ということになる。そのことから分かるように、御古都は地図上では東南に延びる細長い区域であり、最南端である未堂寺は、海に面する形になっていた。

 社用車は今、八木谷やつきやから七遠峠ななとうげへ向けて安全運転で走行中である。車内に音楽はなく、一號から神城へのアピールや、足枷が死屍に語りかける話し声で充満していた。

「これは雑談だが——」神城がふいに口を開く。「一號、まだジム行ってるのか」

「はい、毎日行っています。スタイル維持もリーダーのお側に仕える者としての義務かと思っておりますので」

「別に義務じゃないが……そもそもお前がジムに通ってるのは、会社の近くにあった銭湯が潰れたからだろ」

「そうですね。すみません。たまにトレーニングせずに浴場利用だけする時もあります。見栄を張りました」

「いや別にいいんだが……お前もそろそろ、一人暮らししたらどうだ、と思ってな。家賃補助くらい出すぞ。斑闇だって、まあ額は少ないが、一応世帯主としての補助も出してるわけだし、斑闇に出してお前に出さない道理はない」

「私が自分のために生活出来ない女だということは、リーダーが一番ご存じのはずです。一人暮らしなんて始めた日には、劣悪な環境で過ごすことになってしまいます。それに、私はリーダーのお帰りをお待ちしたいのです。リーダーの家に住んで良いということであれば、喜んで応じますが……」

「よくわからん」

「はっ……! リーダーが私の扶養に入るという形で、リーダーと暮らせば良いのではないでしょうか? リーダーが私に養われている……なんと甘美かんびな響きでしょう」

「社員の扶養に入る社長がいると思うか」

「それにさあ、一號がリーダーと暮らしたら、亡骸ちゃんの世話は誰がすんのさー」と、後部座席の足枷が抗議の声を上げる。「僕、不器用だよ? 手足も塞がってるし」

「元々は斑闇の担当でしたから、斑闇がやってくれます」

「大元を辿たどれば、亡骸の世話は俺がしてたけどな。しかしそうだな……もし一號が自分の家を持つようになったら、亡骸は俺の家で管理するよ。元に戻るだけだ」

「それはダメです。死体とは言え——正確には生体ですが——亡骸は女の子ですから。リーダーと暮らしていて何か間違いがあっては困ります」

「何も起こらねえというか、起こしようがねえよ。相手は仮死状態だぞ」

「そもそも、何故リーダーが亡骸の世話などしていたのですか? 斑闇はリーダーに手をわずらわせることをとしていたのですか? リーダーのために行動するという一点において、私は斑闇を評価していたのですが」

「ああいや、斑闇と会う前の話だ。斑闇と会ってからは、あいつがメンテしてた」

「……え、亡骸って斑闇より前のメンバーなんですか?」一號は意外そうな声を上げて、一瞬、助手席の方を向く。「知りませんでした。というか、斑闇が最古参メンバーみたいな雰囲気をかもし出していたので、てっきり」

「そんな話をしてたのか」

「ええ……斑闇から、亡骸と出会ったのは二年前——と聞いていましたので。会社も立ち上がってから二年ほどだったと記憶しておりますが」

「間違いじゃないな。会社をおこしたのは確かに二年前だ。だが、俺と亡骸が出会ったのは今から十年以上昔の話になる。まあ、メンバーって意味では、亡骸と斑闇は同率で最古参メンバーってことになるな」

「そうだったんですね……先輩社員の動向を知らなかったという私の落ち度ではありますが、なんとなく後で斑闇を攻撃しておきます。なんだか騙されていた気分です」

「まあ、死屍が喋らないんだから仕方ないさ」神城は愉快そうに笑う。「しかし、一號も一年と少し……足枷は半年くらいか? すっかりうちの一員って感じだよな。賑やかになってきたもんだ、我が社も。おかげで財政状況は火の車だ」

「手錠にも私にも、給料なんて払わなければいいんですよ。もちろん、斑闇にも。正しく、仕事のために——会社のために——リーダーのために生きているのですから。いえ、わけですから。私たちは生きるために働いているわけではないんです。そうでしょう、手錠」

「えー、でも僕ゲームとか買いたいんだけど、自分のお金で」

「あなたのお金はリーダーのお金です」

「いいじゃねえか、毎月決まった給料もらって、ちゃんと人間らしく生活する——そういう、普通っぽいことをするのが、生きてるってことなんだよ。どれだけ変わってようが、どれだけ異質だろうが——政府認定された地上民間会社の正社員ってだけで、自分がここに居ていいと思える。どうせ俺たちはあと数十年もすりゃみんな死ぬんだ。肩書きなんかクソ食らえだと思ってた時期もあるが、あったらあったで生きやすいし、生を実感出来る。クソつまらねえ安定ってのも、悪くない」

「素晴らしい思想ですリーダー。結婚してください」

「しない」

 社用車は七遠峠に入ると同時に、今まで走行していた大通りを脇道にれ、入り組んだ道で右左折を繰り返す。だが、どこにいても七遠峠の中心にそびえ立つ司空塔の姿は目についた。地上三百メートル——『天井てんじょう』と直結している、三つある塔のうちの一つ。俗に、この三つの塔を『支柱しちゅう』と呼ぶことがある。無論、実際に『天井てんじょう』を支えているのは御古都のさらに外側にある大きな壁なのだが、都心から『天井てんじょう』にアクセスするためには支柱のどれかからエレベーターで移動するしかないので、移動経路をという点では正しい言葉使いだった。対象への評価は、観測者にって異なるのが常だ。

「午前一時二分前です」司空塔の職員駐車場に差し掛かる頃、一號が言った。「ほぼ時間通りに到着出来ましたね。もっとも、予定時間自体に余裕がありますが」

「運転ご苦労」

 営業時間外であるため、利用者用駐車場はもぬけの殻だったが——職員用駐車場には数台の車が停まっていて、警備も手薄だった。停車後、一分間ほどの静寂があり、助手席側の窓の外に、斑闇の姿が現れた。神城が少しだけ窓を開けると、「クリアです」と、斑闇が呟いた。神城が窓を閉め、一號がエンジンを止める。

「寒くなかったか、斑闇」

「慣れたものです、リーダー。車内の軽快なお喋りが聞けなかったのだけが心残りですが」

「大した話はしてないよ。さて……まずは警備室に話を通せばいいんだったな」

おっしゃる通りです。私が代わりに話をつけてきましょうか」

「いやいい。お前はデカすぎるから、威圧感があるんだよ」

「そうですね……こればかりは自分ではどうしようもありません」

「分かってるよ。からかっただけだ」

 車内では一號がグローブボックスから駐車許可証を取り出し、フロントガラスの内側に貼り付けていた。駐車許可証と言っても簡素なもので、駐車可能な場所の名称が記載されていて、政府認定の判がしてあるだけだった。いくらでも偽造出来そうなものだが、案外そういうレベルの信用で社会は成り立っている。

「お前は亡骸を頼む」

「かしこまりました。手錠、亡骸ちゃんをこちらへ」

「ほーい」

「一號、俺と一緒に来い」

「! ……はっ、はい! どこまででもお供します!」

「警備室に行くだけだ。あの手の連中相手は、女がいた方が得になる」

「リーダー以外の男にそういう視線を受けるのは嫌ですが……」

「わがまま言うな、仕事なんだ。なんでも利用しろ」

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