第4話
地上民間会社
席順は、阿呆が考えた社会的マナーを適用させれば社長である
「そういや、政府から借りてる駐車許可証って積んでるか?
「斑闇がグローブボックスに入れていました。後で私が対応します」
「そうか、ならいい。いつも運転させて悪いな」
「いえ、とんでもありません。リーダーの命を握っている、というこの状況に興奮こそ覚えますが、負担に感じたことは一度もありません」
「興奮も覚えないでくれると助かるんだがな」
「生理現象なので難しいです」
「社長としては複雑な気分だ」
「世の社長は、美人秘書を欲しているという情報があります」
「俺はあんまりそういうタイプじゃない」
「そうなんですね。自分で言うのも
「ただでさえ一號には作業員兼経理担当兼雑務一般をこなしてもらってるからな。これ以上負担を掛けるのは不公平すぎる。それに、
「私は構いませんが。将来的にはリーダーの生活全てを私の手で管理したいと思っていますし。もちろん、リーダーの嫌がることはしません。ですが、自由
「子どもの前でそういう
「
「あー……そうだね、慣れてるから大丈夫だよ、リーダー」
「言わされてないか、お前」
「僕はリーダーと一號がイチャイチャしてても全然気にならない派だから、全然おっけーだよん。僕が女の子だったら、嫉妬とかするかもだけど」
「今の世の中、男だから、女だから、という理由で想いを捻じ曲げる必要はないのよ、手錠。手錠だってリーダーと
「良くないよ。俺の気持ちってもんがあるだろ」
「しかし手錠はなかなかの美少年ですよ、リーダー」
「そういう問題じゃない」
「そうだよ一號、そういう問題じゃないよ」不服そうに、足枷が抗議する。「それに僕、リーダーのことは好きだけど、そういう感じで好きなわけじゃないし」
「まあ、私としてはライバルが減るのはありがたいことですけれど。最近、常々思うんです。リーダーと出会わなければ、自分の性別になど興味がなかったでしょうし。今では毎日、自分が女であることに感謝しています」
「そうか。それは……おめでとう」
「最近、意を決して全身脱毛をしたんです。メンテナンスが楽になったという利点もありますけれど、いついかなる時でもリーダーに抱かれる準備が出来ている、という安心感は非常に良いものですね。常に臨戦態勢と申しますか」
「足枷だけじゃなく、
「そうでした。失礼しました」一號は前を向きながら、小さく頭を下げる。「私なりにですね、色気を出しているつもりなんです。別に、普段から下ネタばかり言う人間というわけではないんです、私は」
「分かってるよ。運転に集中してくれ」
「かしこまりました」
神城たちの会社がある
社用車は今、
「これは雑談だが——」神城がふいに口を開く。「一號、まだジム行ってるのか」
「はい、毎日行っています。スタイル維持もリーダーのお側に仕える者としての義務かと思っておりますので」
「別に義務じゃないが……そもそもお前がジムに通ってるのは、会社の近くにあった銭湯が潰れたからだろ」
「そうですね。すみません。たまにトレーニングせずに浴場利用だけする時もあります。見栄を張りました」
「いや別にいいんだが……お前もそろそろ、一人暮らししたらどうだ、と思ってな。家賃補助くらい出すぞ。斑闇だって、まあ額は少ないが、一応世帯主としての補助も出してるわけだし、斑闇に出してお前に出さない道理はない」
「私が自分のために生活出来ない女だということは、リーダーが一番ご存じのはずです。一人暮らしなんて始めた日には、劣悪な環境で過ごすことになってしまいます。それに、私はリーダーのお帰りをお待ちしたいのです。リーダーの家に住んで良いということであれば、喜んで応じますが……」
「よくわからん」
「はっ……! リーダーが私の扶養に入るという形で、リーダーと暮らせば良いのではないでしょうか? リーダーが私に養われている……なんと
「社員の扶養に入る社長がいると思うか」
「それにさあ、一號がリーダーと暮らしたら、亡骸ちゃんの世話は誰がすんのさー」と、後部座席の足枷が抗議の声を上げる。「僕、不器用だよ? 手足も塞がってるし」
「元々は斑闇の担当でしたから、斑闇がやってくれます」
「大元を
「それはダメです。死体とは言え——正確には生体ですが——亡骸は女の子ですから。リーダーと暮らしていて何か間違いがあっては困ります」
「何も起こらねえというか、起こしようがねえよ。相手は仮死状態だぞ」
「そもそも、何故リーダーが亡骸の世話などしていたのですか? 斑闇はリーダーに手を
「ああいや、斑闇と会う前の話だ。斑闇と会ってからは、あいつがメンテしてた」
「……え、亡骸って斑闇より前のメンバーなんですか?」一號は意外そうな声を上げて、一瞬、助手席の方を向く。「知りませんでした。というか、斑闇が最古参メンバーみたいな雰囲気を
「そんな話をしてたのか」
「ええ……斑闇から、亡骸と出会ったのは二年前——と聞いていましたので。会社も立ち上がってから二年ほどだったと記憶しておりますが」
「間違いじゃないな。会社を
「そうだったんですね……先輩社員の動向を知らなかったという私の落ち度ではありますが、なんとなく後で斑闇を攻撃しておきます。なんだか騙されていた気分です」
「まあ、死屍が喋らないんだから仕方ないさ」神城は愉快そうに笑う。「しかし、一號も一年と少し……足枷は半年くらいか? すっかりうちの一員って感じだよな。賑やかになってきたもんだ、我が社も。おかげで財政状況は火の車だ」
「手錠にも私にも、給料なんて払わなければいいんですよ。もちろん、斑闇にも。正しく、仕事のために——会社のために——リーダーのために生きているのですから。いえ、生かされているわけですから。私たちは生きるために働いているわけではないんです。そうでしょう、手錠」
「えー、でも僕ゲームとか買いたいんだけど、自分のお金で」
「あなたのお金はリーダーのお金です」
「いいじゃねえか、毎月決まった給料もらって、ちゃんと人間らしく生活する——そういう、普通っぽいことをするのが、生きてるってことなんだよ。どれだけ変わってようが、どれだけ異質だろうが——政府認定された地上民間会社の正社員ってだけで、自分がここに居ていいと思える。どうせ俺たちはあと数十年もすりゃみんな死ぬんだ。肩書きなんかクソ食らえだと思ってた時期もあるが、あったらあったで生きやすいし、生を実感出来る。クソつまらねえ安定ってのも、悪くない」
「素晴らしい思想ですリーダー。結婚してください」
「しない」
社用車は七遠峠に入ると同時に、今まで走行していた大通りを脇道に
「午前一時二分前です」司空塔の職員駐車場に差し掛かる頃、一號が言った。「ほぼ時間通りに到着出来ましたね。もっとも、予定時間自体に余裕がありますが」
「運転ご苦労」
営業時間外であるため、利用者用駐車場は
「寒くなかったか、斑闇」
「慣れたものです、リーダー。車内の軽快なお喋りが聞けなかったのだけが心残りですが」
「大した話はしてないよ。さて……まずは警備室に話を通せばいいんだったな」
「
「いやいい。お前はデカすぎるから、威圧感があるんだよ」
「そうですね……こればかりは自分ではどうしようもありません」
「分かってるよ。からかっただけだ」
車内では一號がグローブボックスから駐車許可証を取り出し、フロントガラスの内側に貼り付けていた。駐車許可証と言っても簡素なもので、駐車可能な場所の名称が記載されていて、政府認定の判が
「お前は亡骸を頼む」
「かしこまりました。手錠、亡骸ちゃんをこちらへ」
「ほーい」
「一號、俺と一緒に来い」
「! ……はっ、はい! どこまででもお供します!」
「警備室に行くだけだ。あの手の連中相手は、女がいた方が得になる」
「リーダー以外の男にそういう視線を受けるのは嫌ですが……」
「わがまま言うな、仕事なんだ。なんでも利用しろ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます