第3話

絨毯じゅうたん』と呼ばれる施設と『天井てんじょう』と呼ばれる施設は同一のものであるが、それがもたらす効果は観測者にってことなるため、そのようにして呼び分けられている。そのため、便宜上言葉を使い分けることになるが、物理的には同一の機能を持つものとして認識する必要がある。

 地上民間人である神城かみじょうにとって——その施設は『天井てんじょう』である。要するに、世界は二分されていた。元来、地球には地があり、天があった。下があって、上があった。その間にある空間は、地上であり、天下であった。その空間で、陸上生物は暮らし、鳥類は飛んでいた。海はまた別のものとして——特に人類にとっては、地上であり天下である空間こそが、活動の中心地であった。

 だがその空間は、地上三百メートルで分断されることとなった。正式名称を『自動式光源管理制御装置』と言い、三百六十五日、変わらない天気と変わらない気温を保証し、毎日決まった時間に朝を作り、毎日決まった時間に夜を生み出すことを目的とした機械だった。これがあることで、地上の生活は常に快適であり、雨風に困ることも、大雪や落雷などの災害にうこともなく、不変的な生活を可能にする——というのが、政府のうたい文句であった。

 が、それがただの方便であることは、みんなよく知っている。要するに、選ばれた人間——つまり権力者や富裕層はその施設の上で暮らし、通常の人類である下民は、施設の下で暮らしている。彼らのことを俗に『天下人てんかびと』と呼んでいるが——つまり、その施設があることによって、世界は二分されることとなった。権力や資産を持つ『天下人てんかびと』と、それらを持たない『地上民間人』に。

 神城かみじょうたちは『天井てんじょう』の下で暮らしているので、もちろん『地上民間人』に当たる。上を見上げれば施設があるので、『天井てんじょう』と呼ぶ。そして、『天下人てんかびと』たちにとってそれは足下にあるので、『絨毯じゅうたん』と表現されている。どちらも同じ施設だが、観測者によって見え方は異なるという好例だ。

 無論、その施設はただ光源を管理するためだけに存在しているわけではない。権力者の天下あまくだり先としての仕事を無駄に増やしたりという側面もあるが——大きく言えば、三つの役割がある。一つは当然、光源の管理。もう一つは、人類の分断。そして最も重要なのが——施設の下部には無数の監視カメラが設置されており、地上民間人の暮らしのほとんどは、政府によって監視されている、ということだった。

「そうした下民たちの鬱憤うっぷんは定期的に溜まり続け、ある周期で基準値を超え、『天井てんじょうを破壊する』という計画に繋がります。今回の『天照計画アマテラス』も、地上生活を続けることで蓄積ちくせきされたストレスが顕在化けんざいかしたものだろう、と、有識者であるガワラ先生が見解を述べておりました」

菅原すがわらは適当言ってるだけだぞ」

「そうでしょうがリーダー、政府への報告書には有識者の見解コメント、という証憑エビデンスが必要ですから」

はくのために菅原への取材費がかさむってのは納得行かねえな」

「私も菅原さん嫌いです。リーダーに色目を使ってくるので」

「それはお前の気のせいだけどな、一號いちごう

「今回の『天照計画アマテラス』の首謀者と推測される人物は、九王坂くおうざかでコンセプトカフェを経営している桐谷きりたに竜司りゅうじです。桐谷は同じく九王坂周辺でその手の店を運営している経営者や、商店街の店主たちと『九王坂商店街組合』というものを作っているようで、彼はそこの組合長でもあるようです。表現としては——そうですね、仲間には良い人に見えるものの、無関係の人間からすれば関わり合いになりたくないと言うような人物で、いわゆる学生時代の不良がそのまま大人になったような人物である——と、有識者であるガワラ先生が見解を述べておりました」

「あいつはなんでも知ってるな」

「気に食わないですね。特に理由はありませんが」

「菅原は一號のこと気に入ってるらしいぞ」

「興味ありません」

「会議を続けますが……『天照計画アマテラス』の大まかな計画は次の通りです」言いながら、斑闇はディスプレイのページをめくる。「御古都みこと主要建造物ランドマークであるところの司空塔じくうとうの七十階まで物理的攻撃をともなった進撃をし、そこから『天井てんじょう』へアクセス。そのまま施設内を再び物理的攻撃を伴いつつ進撃し、九王坂の上空に当たる箇所の『天井てんじょう』を破壊し、正規の日光を得る——となっております。仮にこの計画が遂行されたとしても、政府を転覆させることは不可能でしょうし、数日後には破損部が修復されて無駄骨に終わるとは思いますが、やり場のない怒りを物理的破壊にたくすという、なんとも衝動的な計画ですね」

「まあ気持ちは分かるけどな。人工光ばっか浴びてると、たまにはお天道様てんとさまを直接浴びたいって気持ちにもなる」

「私は肌が弱いので、なりませんが」斑闇がすぐに言う。

「だろうな」

「さて、正確な人員までは把握出来ておりませんが、恐らくは二十名弱の集団が行動を起こすものと思われます。この情報は当然政府も握っており、司空塔は万全の体制が敷かれておりますが——面倒な仕事は末端の人間にやらせておけ、という政府の方針のもと、我々地上民間会社神城かみしろに仕事が回ってきたという流れです。我々がすべきは、司空塔の営業時間外の不法侵入者の排除となっておりますので、仮に突破されて『九王坂商店街組合』の侵入を許した場合、成功報酬は入りません。手付金は準備費込み込みでざっと百万円ですので、失敗した場合、我が社の経営状況はカツカツになります」

「失敗する可能性はあるのか?」

「いえ、失敗はしません」斑闇がすぐに答えた。

「ならいい」

「以上のように、政府の勅令ちょくれいである今回の仕事、我々の作業も政府にしっかり目を付けられております。万が一にも気を抜かぬようお願いしますね、一號、手錠てじょう

「言われなくてもそのつもりです」

「わかった!」

「では、当初の予定通り、午前一時には七遠峠ななとうげに到着し、午前一時半には司空塔敷地内でスタンバイとなります。政府の人間は下民の負傷にはあまり興味がありませんから、多少派手にやってもあまり問題にはなりません。とは言え本気を出すと民間人を殺してしまう恐れがありますので、各自拘束具の解放は厳禁とします」

「えー……暴れても許されるんでしょ?」

「許されますが、無益な殺生せっしょうはしないというのが我が社の基本方針です」

「そういうことだ、足枷。暴れ回る仕事は、また今度な」

「でも戦っていいんでしょ! じゃあ大丈夫! やったね!」

「私は手錠のサポート、一號はリーダーと亡骸なきがらちゃんの盾となり、リーダー及び亡骸ちゃんの身に危険が迫った場合にはその生命いのちをもってお守りするように」

「言われなくてもそのつもりです」

「リーダーをよろしくお願い致します。ところで、今からでも配置変更可能ですが、一號、手錠のサポートにつきませんか? 私、近距離戦は苦手ですから」

「リーダーも男に守られるより女に守られた方が嬉しいはずです」

「俺はそんなことは一言も言ってないぞ」

「言われなくてもそのつもりです」

「意味が違ってないか」

「まあ、交代制ですからね、今回は仕方なく一號にお任せするとします。無論、リーダー及び亡骸ちゃんの身に危険が及ぶ場合には、拘束具の解除は許可します。何よりも優先すべきは、リーダー及び第二の心臓である亡骸ちゃんです。我々は死んでも死ぬだけですが、リーダーが死んだらこの世の終わりですから、各位、それだけは努々ゆめゆめ忘れぬよう」

「わかった!」

「言われなくてもそのつもりです」

「まあ概要は分かったし、以前聞いた情報から更新はないようだが——再三の確認で悪いが、いないんだよな、使——あるいは、

 神城の発言に、三人が一瞬だけ妙な間を見せる。が、実際には一秒にも満たない緊張だった。すぐに斑闇が「現状、そのような情報は入ってきておりません」と答える。確実である、と言えないのは、斑闇の性格上の問題でもない。魔法使いなどという存在は、、確実性を論じることなど出来ない。あるいは——

「分かった。少なくとも、現状はそうであると認識しておこう。情報収集ご苦労」

「もったいないお言葉です、リーダー」

「私も手伝いました」控えめに、一號が言う。「二割ほど私の手柄です」

「一號もご苦労。いつも助かってるよ」

「えへへ……」

「僕は今回もなーんにもしませんでした!」と、足枷が両手を挙げてけらけらと笑う。

「だろうな。お前は現場班だからそれでいいんだ」

「それでは各位、午前零時半には会社を出ます。七遠峠までは社用車での移動となりますので、それまでに準備を済ませておくようにお願いします。最後にリーダー、何かございますか?」

「いやあ、特にないが……まあ、そうだな、くれぐれも、無茶はするな。特に斑闇、お前、今回は足枷のサポートなんだから、俺のことは気にせず、足枷を守ってやれ。俺は一號にちゃんと守られることにする」

「かしこまりました。可能かどうかは分かりませんが」

「分かれ」

「分かりました。足枷、私に周りを見る余裕をくださいね」

「わかった!」

「……まあいいか。それじゃ、会議は終わりにしよう。出発するまでにまだ時間があるから……どうするか、少し腹が減ってるんだよな。ちょっとなんか食って行くか。みんなでファミレスでも行くか? それとも、なんかあれば、ここで食べるか」

「軽食でしたらすぐにご用意出来ますが」一號がすぐに応じる。

「そうか、なら頼む。紅茶もまだ飲みきってないしな」

「少々お待ちください。十分ほどでご用意します」

 一號が立ち上がると、斑闇はディスプレイの電源を落とし、足枷はうーん、とソファに対して斜めに立て掛かるように体を伸ばし始め、自然な流れで会議は終了となった。神城はと言えば、特にすることもなく、大きなあくびを一つついて、窓の外を眺めている。

「どうかしましたか、リーダー」

「ん……いやあ、外灯も建物の明かりもあるはずなのに、小さい頃の景色とはやっぱり違うもんだと思ってな」

 夜間とは言え、『天井てんじょう』から全ての光が失われているわけではない。夜には夜の、薄暗い極少量の光が注がれているはずだ。星々や月明かりと酷似こくじするように作られた人工光のおかげで、地上の人間たちは、かつてと同じ空を見ているはずだった。

 だが、どこか違うと感じる。

 人工物だと認識しているからだろうか。

 あるいは、逆に明瞭めいりょうすぎるのか。まるで、疑似天体プラネタリウムの中にいるような、正体不明の違和感を、いつも覚える。

「リーダーの小さい頃見ていた夜空とは、何が違うのですか?」

 問い詰めるでもなく、斑闇は純粋な疑問を投げ掛ける。それに対し、神城はすぐには答えなかった。そもそも、答えられなかった。自分の中に、正しい答えがあるわけではなかった。ただ、なんとなく、違うな、と思っていた。その、なんとなく、という違和感だけが、恐らくこの世で一番正しい判別方法だった。

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