翻弄

紗久間 馨

A君のはなし

 もてあそんでやればよかった、と今では思う。


 高校三年間ずっと同じクラスだったA君。二年生の時に委員会活動がきっかけで仲良くなった。柔和な雰囲気で、親しみが持てる人だ。ふにゃっとした笑顔に胸がときめいた。


 A君には別の学年に彼女がいた。

「女子と二人でいると彼女が嫉妬するから、ちょっと離れて」

 教室や廊下で委員会の打ち合わせのために話していても、彼女が見えるとそう言われた。

「じゃあ、また後で」

 なんて言いながら私は離れた。そんなことがよくあった。A君を好きでも告白なんてできるわけがなかった。


 高校卒業後も大きな行事を一緒にやり遂げた仲間として交流は続いた。連絡を取り合ったり、高校時代の友達と数人で遊ぶこともあった。

「高校の時、A君のこと好きだったんだよね」

 二人で会話をしている時に何かのきっかけで言った。その頃、もう恋心は冷めていたので特別な意味はなかった。ただ過去の話をしただけ。

「えー、言ってくれればよかったのに」

「言ったとしても、私のこと恋愛対象として見てないんだから関係ないでしょ」

「まあ、そうかな」

 A君のこういうところが好きじゃない。

 背が高くて、運動部で、優しくて、モテていた。たぶん女子の扱いに慣れている。友達としか見ていないくせに思わせぶりな言動をする。


 大学三年生の夏、A君を含む八人の友達とコテージに泊まることになった。温泉に行ってコテージで話そうみたいな集まりだった。

 コテージには大きなローテーブルを挟むようにソファが設置されていた。温泉に入った後、各々がスウェット姿などでリラックスしていた。飲酒をしながら楽しく話をした。高校時代の話から最近の話まで色々と。

「本当に好きな人とは絶対に付き合えないよね」

 誰かがそう言い出した。その言葉に数名が同意した。A君もそのうちの一人だった。新しく彼女ができたとか言ってたけど、どういうことなの? 本当に好きじゃないのに付き合うって何? 恋愛にうとい私にはよくわからなかった。


 私は三人掛けのソファの端に座り、テーブルを挟んで正面に座る友達との会話に夢中になっていた。

 突然、太ももに重たい何かが乗った。見るとそれはA君の頭だった。何が起きたのかすぐには理解できなかった。

「お前、何やってんだよ」

 と、男友達は笑ってからかった。

「柔らかーい」

 A君はそんなことを言いながら、起き上がる気がないようだった。

「ちょっ、何してんの! 起きて!」

 私が立ち上がろうとすると、不満げに体を起こした。本当に意味がわからない。

 私が過去に好きだった気持ちを利用されたのかもしれないと思うと腹が立った。しかし、初めての膝枕という体験にドキドキしてしまったのも事実だ。


 あれから十数年が経って、あの時はもてあそんでやればよかったと思う。猫にするように顎や頭を撫でて、A君が恥ずかしくなるくらい可愛がってやればよかった。謝らずにはいられなくなるほどに。

 なんて、歳を重ねた今だから言えることだけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

翻弄 紗久間 馨 @sakuma_kaoru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ