問題編

#1:怪人推理

「怪人? ホッケーマスクの? なんだそれ。低級ホラー映画か何かか?」

 時は過ぎ去り、曇り空がさらに暗くなろうとしているころ。

 子島側にいた子どもたちは夕食を取っていた。ロッジ前の広場に折り畳み式のテーブルと椅子を出し、みんなで囲むように座って食事をする。

 いかにもキャンプっぽい構図である。食べているものが牛丼でなければ。

(なんで牛丼なんだ? キャンプって言ったら普通カレーだろ?)

 柳は思ったが、それ以上に追求するべきことがあったのでそっちはあまり気にならなかった。

「柳、お前熱中症にでもなったんじゃないか?」

「俺の意識は正常だ」

 話題は、柳が追いかけた例の怪人のことだった。自分の胸中に秘するという選択もあったが、柳だけでなく健も目撃している以上、情報共有をしておくべきだと考えたのだった。

「しかし唐突にそんなことを言われてもな」

 牛丼を突っつきながら、正平が答える。

 話の中心は、発話者の柳を除けば自然と正平に流れていた。どうやらスカウト連中の中では彼がリーダー格らしいと柳は話しながら推測する。伊達に野外活動に慣れていそうな快活な見た目をしていないというわけか。

「見間違いなんじゃないかって思うよな、普通は」

「一度はともかく、二度も見間違えはしない」

 実際、柳も見間違えの可能性はまったく頭をよぎらなかったわけでもない。一度目――母島での目撃は確かに柳だけだったから、そう考えるのが現実的という言い方もできた。だが子島で二度目の目撃をした以上、見間違いなどという牧歌的な想定は意味がない。

「それに二度目は俺以外にも目撃者がいる」

「そ、そうだ。俺も見た」

 もうひとりの目撃者である健が同調する。会った当初の軽薄そうな雰囲気は少し薄れて、怪人に対し警戒感を露わにしているらしかった。慎重なその姿勢は柳にとって意外である。

「あれは見間違いじゃなかったな。でも母島にいる人たちが脅かしに来たって可能性はないのか?」

「それはない」

 柳は断言する。その件については既に母の林檎にスマホで問い合わせて確認を取っていた。母島では柳がコテージを出てから現在まで、大人衆四人は誰も姿を消してなどいない。

「仮にそうだとして、動機はなんだ?」

「そりゃ驚かせるためだろ?」

「三年前に大量殺人事件が起きた島で殺人鬼の恰好か? さすがに分別のある大人がやっていい冗談じゃないぞ」

「それもそうか……」

 健自身、大人の悪戯という可能性はあまり考えていないようだった。ただ考えていないとしても、そうであるなら話が楽なのに、という気持ちがあったのだろう。

「なあ、西瓜は見なかったのか?」

「見てない」

 健に話題を振られた西瓜は端的に答える。

「わたしは棗ちゃんと一緒にロッジにいたから」

 視線を振られた棗もうんうんと頷く。やはり西瓜は見た目の雰囲気通り怜悧で聡明なところがあるようだ。ゆえに見間違い、勘違いというもっとも妥当で、かつ柳にとってあり得ない結論に飛びついているようである。

「むしろ正平と景清さんは見なかったの? 聞いた話だと、柳くんが飛び出すのと入れ違いにロッジに来ていたみたいだけど」

「見てないんだよなあ」

 景清は自分の顔の傷跡をなぞりながら答える。

「柳くんの言い分が正しいなら、その怪人とやらが森に入ったのと同時くらいに来たからね。ちょうど死角になって見えなかったんだろう」

 さすがに大人の景清は正面切って安易に柳の言い分を否定はしなかった。ただ表立って否定しないというだけで、内心では怪人の存在を信じていないような態度ではある。それは彼が柳の証言を軽んじている、というわけではないのは柳自身が理解している。

 なぜなら。

(ここで怪人を目撃したとき、大人たちは全員が母島に揃っていた。健は俺といた。遼太郎はロッジに籠っていた。西瓜も棗と一緒にロッジの中。そして正平と景清さんは怪人が森に逃げるのと同時にロッジへ来た)

 つまり、柳の証言を信じるならこの島にいる誰もが怪人のフリをすることなど不可能だからだ。ゆえに怪人の存在を事実であると考えるなら、島に柳たち以外の第三者がいるということになる。

 しかしそんなことは考えにくい。いくら瀬戸内海……本土や他の島が目の届く範囲にある場所だとしても、船がなければこの島にはたどり着けない。本土や島が近いから柳たちが移動に使ったクルーザーなどがなくとも、小型エンジンを積んだゴムボートの類でも海を渡ってここに近づくことはできるかもしれないが……。いずれにせよ着岸が問題になる。母島側にある船着き場以外に船の近づけるところはないのだ。

 もちろん、島にいた管理人の奈央や景清が気づかないようひそかに船着き場を利用したのだと強弁することは不可能ではない。だがそれは不可能ではないというだけのことで、現実的な理路ではない。だから景清は言外に怪人の存在を否定しているのだ。

(ただ……)

 もうひとつだけ、可能性はある。

 それは。

「ところでさ」

 黙々と食事をしていた欠片が口を開く。

「なんで牛丼なの? 別に不満があるわけじゃないんだけど、キャンプといえばカレーって印象があるからさ」

「カレーは意外と面倒なんだ」

 正平が答える。

「面倒?」

「片付けがな。鍋がべとべとになるから洗うのが大変なんだ。ここみたいに管理が行き届いた場所ならまだいいが、俺たちがキャンプをする場所は水道もろくにないところもあるからな」

「ふむふむ」

「だからカレーを作るとしたら、鍋の洗い残しがあっても持ち帰って洗い直せるタイミングだな。キャンプ最終日とかその前日とか。今回はあまり気にする必要もなかったんだが、いつもの手癖で献立を立てたからカレーは二日目の夕飯だ」

「そういうことかあ。意外とキャンプって考えること多いんだね」

 柳の話の腰を完全に折った形になるが、そのことを誰も指摘しない。美人は特だな……と柳は思ったが、あるいは彼女の持つ独特の空気感が場を支配しているのかもしれないとも思い直した。

「それでなんだっけ? ホッケの怪人……じゃなくてホッケーマスクの怪人?」

「ホッケの怪人は仮面ライダーにいそうだな」

 欠片の言葉に合わせるように、遼太郎が口を開く。その様子を少なからず柳は驚きをもって受け止めた。遼太郎はゲームばかりをしていて無口そうなイメージがあったからだ。

「チキンの代わりにホッケを食え!」

「それは戦隊ヒーローだったような。で、怪人のことだけど」

「そうそれ。遼くんは見たの?」

「僕は見てないよ。ずっとロッジの中にいたから」

「それもそっか」

 二人のやり取りを見て、柳は思い出す。そういえば猫目石瓦礫と欠片の親子は遼太郎の父である濃尾善治の紹介で来ているのだった。ならば欠片と遼太郎も以前からの知り合いなのだろう。

「そういうお前は」

 話が戻ったことを幸い、柳は突っ込んで尋ねた。

「その怪人を見たのか?」

「わたし? 見てないよ」

 欠片の答えはそっけなかった。

「柳くんの見間違いじゃない?」

 そして考えることは父親と同じなのだった。

「…………」

(消去法で言えばこいつが怪人である可能性が一番高いんだけどな)

 怪人が出現したとき、唯一所在が不明だったのが彼女だ。そして母島での怪人目撃時、猫目石瓦礫が怪人を目撃していてもおかしくない様子だったのに空っとぼけたのも、彼女が正体だからと考えればある程度納得がいく。

(動機はさっぱりだがな)

 結局これも、そう考えることは不可能ではない、程度のものにすぎないのだ。今はとにかく情報が不足している。

(まさかただのキャンプが、本当に三年前の事件が顔を見せるようになるとはな……。もう少し真剣に下調べをしておくべきだった)

 棗はひょっとしたらある程度情報を集めているかもしれない。欠片もその可能性はある。だがなんとなく聞くのは憚られた。後で奈央に聞いておこうと思い、そこで柳は一度思考を事件から遠ざけた。情報不足のものをこねくり回すのは徒労だ。

「仮面ライダーと言えばさ」

 健が話を振る。

「みんなはどの世代だった? 俺はオーズなんだけど」

「そこ深掘りする話題だったか?」

 正平が苦笑する。

「それに俺たちだいたい同い年なんだから世代で言えばW、オーズ、フォーゼくらいで固まってるだろ。仮面ライダー見てたのなんて十年前くらいだろうし」

「俺は今でも見てるぜ? 令和入ってからの二作は制作側でゴタゴタしてちょっとあれだったけど」

「それはなあ。でもゼロワンは案外面白かっただろ」

(見てるのかよ……)

 柳は牛丼を口に運びながら話に付き合っている正平に心の中で突っ込んだ。

「遼太郎も見てるよな。ここ数年だとどれがよかった?」

「ジオウかな。ディケイドとやった特別編はイマイチだったけど本編は面白かった」

「そこは電王じゃないんかい」

「電王は作風が肌に合わないんだ」

(電王ってWより前か……。じゃあ分からんな)

 柳は話題についていくのを早々に放棄した。

「西瓜は見てなかったよな。やっぱり女子はプリキュアとか見るのか?」

「わたしはプリキュアも見てないからさっぱり」

 正平の疑問に西瓜が答える。

「わたしはアメコミの方が好きだから。……棗ちゃんは?」

「わたしも……プリキュアは見てないです」

「棗は特撮よりジャンプ漫画の方が好きなんだよ」

 ついつい柳は棗の会話に割り込んでしまう。

「鬼滅の刃とかヒロアカとか。俺は特撮もジャンプも知らん」

「お兄ちゃん、未だに仮面ライダースカルのソフビと玩具捨てられないじゃん」

 棗に痛いところを突かれてしまう。

「スカルかあ!」

 健が得心言ったようにうなずく。

「吉川晃司の渋さが光るよなあ。あれはもうライダーとしても別格だもんな。やっぱり柳は探偵に憧れてるのか?」

「それは関係ない。あの探偵像は俺の目指してるものとだいぶ違うからな。玩具も捨てるタイミングを逃しただけだ」

 実際は、それなりに思い入れと憧れがあるのは確かだ。同時に柳の目指す父親のような難事件を解決する探偵と、仮面ライダースカルで演出されるハードボイルドな探偵は性質が全然違うのも事実である。まるで違うからこそ純粋に憧れられるというのはあった。プロ野球選手が野球界の内実を知るがゆえに野球漫画を楽しめないが、ドラベースならフィクションすぎて自分の知識や経験が邪魔にならないようなものだ。

「欠片はどうだ? ライダーは好きか? さっきの遼太郎との話しぶりだと、結構知っているようだけど」

「うーん」

 話を正平に振られて欠片は少し考えたように間を置く。

「王蛇かな」

「龍騎の? また古い作品を……」

「龍騎といえば僕の世代だよ」

 景清が肩をすくめた。

「欠片ちゃんの年頃でよく知っているね」

「動画配信サイトで」

「ああ。最近は昔の作品も簡単に見られるのか」

(景清さんが世代ってことは二十年くらい前だろ。そんなに古い作品なのか? というか王蛇ってなんだ?)

 なんとなく疑問に思ったが、あえて聞くほど興味があるわけではないので柳はスルーした。

「おっと」

 ピロリンと、着信音が鳴る。景清が自分のスマホをポケットから取り出した。

「奥さんからだ。あっちの保護者達もそろそろ食事が終わりそうだって。キャンプファイアーの準備をするか」

「そうですね」

 あらかた食事も終わっていたので、景清の言葉でみな動き出す。既に段取りは決めていて、子どもたちはキャンプファイアーの最終準備と食事の片づけに役割分担をする。基本的にスカウト組の正平、健、遼太郎が前者で残りが後者となった。

 炊事場の洗い場を使って食器や道具を洗っていく。野外活動用のコッヘルや食器類は柳の見慣れたものではないが、たいていの家事手伝いは家でもしているから特に苦労することはない。だから柳の頭を占めていたのは、やはり例の怪人の件についてだった。

(仮に猫目石欠片が怪人の正体だとして、動機はなんだ?)

 犯人は誰か、という点については消去法でどうとでもなる。ホームズも言っていた、どんなにあり得ないように見えても、最後に残ったのが真実だと。

 ゆえに疑問として残るのは、動機なのだ。

(欠片が……この際猫目石瓦礫合わせ二人が共犯だったと仮定しても構わないが、こいつらが三年前の事件を思い起こすような怪人の出現を演出して何か得することでもあるか?)

 そんなものはあるのだろうか。柳はなさそうだと一瞬考え、しかしそこで、猫目石瓦礫を共犯に入れ込んだことでひとつの可能性に気づく。

(待てよ……。奈央さんは今回のキャンプ、あくまで「不安だから」くらいの理由で俺たちを呼んだ。不思議なくらい三年前の事件を解決しようという意志がない。それ自体はいい。未解決事件を前にした遺族の感情は結構ばらつきがある。寝た子を起こすようなことはしたくない、今が穏健無事に済んでいるなら事件解決は求めないというのはひとつの態度として十分ありうる)

 しかし目の前に未解決事件という格好のニンジンをぶら下げられて、探偵という馬が我慢できるだろうか。それこそ雪宮紫郎のように名声も経済力も申し分なく欲をかく必要のない探偵ならともかく。

 探偵黎明期にこそ注目されたが、その後にまったく音沙汰のないような、落ちぶれた探偵なら食いつかないという選択を取れるだろうか。

(考えられる、か。猫目石両名が三年前の事件を掘り起こし、解決するための狂言。三年ぶりのキャンプ場再開で神経質になっている奈央さんにゆさぶりをかけて、事件解決のための情報を引き出そうとしているということなら、動機としても十分だ)

「どうしたの?」

 ひょいと、欠片が柳の顔を覗き込んだ。

「……」

 その顔が近いので、柳は咄嗟に顔をひっこめた。

「別に」

「そう? なーんか悪いこと考えてる顔してた」

「悪いこと?」

「わたしにとって、悪いことかな」

 生気と活気に満ちた瞳が、柳を射抜く。

「例の怪人の件で、わたしを疑ってるでしょ」

「さてね」

「分かるよ。だって柳くんの視点だとわたしだけが怪人のフリをできる立場にあったからね。でも残念、柳くんの推理には穴がある」

「どうしてそう言い切れる」

「むしろ言い切れない方が不思議じゃない? だって柳くんは二度も怪人を見ているんでしょ? だったら怪人の特徴をよく見ているはず。というか見てたよね。なのに今、柳くんは自分の推理のために自分の観察したその特徴を切り捨てている」

「…………」

 柳には心当たりがなかった。消去法と動機論ホワイダニットに基づいて妥当な推理を展開したつもりだ。だがこの探偵の弟子という娘には、何かが見えているらしい。

 それがどうしても、気味が悪い。両手で持った紙やすりをざらざらとこすり合わせるような嫌な感触がする。

「じゃあお前は、どう思うんだ?」

 問い詰められてばかりは癪に障ったので、柳は自分からも話題を振って欠片の推理を聞こうとした。

「さあ? わたしは怪人を見てないし。柳くんの見間違いだと思ってるよ」

「仮に、だ。仮にでいい。仮に俺の見た怪人が実在するとして、お前がその怪人じゃないという前提を置くなら、お前はどう考えるんだ」

 聞きながら、柳は胸の中がほわほわする感触を覚えた。およそ他人の推理を尋ねるなど、柳には珍しいことだった。なにせ周りにいる同年代の探偵志願者は、東京から来たというだけの塾講師の初歩的な講義を有り難かるような連中ばかりだったから。

「そうだなあ。師匠なら消去法はよくないって言うと思う」

「師匠……」

「わたしのお父さん」

 それは理解している。猫目石瓦礫だ。ただ欠片が彼を師匠と呼んだのを初めて聞いたので、咄嗟につながらなかっただけだ。あらためて聞くと、実の親子でありながら師匠と弟子と呼び合う二人の関係は奇妙だ。

「どんなにあり得ないことでも最後に残ったものが真実だ。探偵法として消去法は重宝されるけど、実は消去法ほど役に立たない方法論もないんだよね」

「なんだと?」

「だってそうでしょ。すべての可能性を検討し、最後に残ったものって言うけれど、すべての可能性を検討しただなんて、誰がどう評価できるの? 横合いから別の可能性を提示されればそれで終わりなんだよ。だから役に立たない」

 欠片は蛇口をひねり、水を流して泡だらけの食器を洗い清めていく。

「じゃあお前は……というかお前の師匠はどう考えているんだ? どういう探偵法がいいとお前に教えたんだ?」

「総当たり」

 欠片は手を動かすのをやめず、短く答える。

「あらゆる可能性、あらゆる場合をひたすらに検証する。肝心なのはこのとき、常に『すべての可能性は検討し終わった』と思わないこと。常に調べ残しがある、検討していないパターンが存在すると頭に置いておく。そうやって調べ続ければ、いつか最も妥当な、真実らしい答えに到達する」

「そんな時間のかかることをするのか。お前たちの探偵業はよっぽど暇なんだな」

「でも確実に、最後には真実にたどり着くよ」

 柳の方を向いて、欠片は屈託なく笑う。嘲笑でも見下しでもないただひたすらに純粋な笑顔を向けられ、柳は対処に苦慮した。

「消去法って言うのはさ、結局のところ自分の正面に見えるたくさんの扉から、その形だけを見てあり得るか否かを検討するやり方なんだよ。扉を開いて入ったわけでもないし、自分の後ろにも扉があるかもしれないのに。総当たりは似ているようでその逆。必ず扉に入り、自分の後ろも確認する。すごく時間はかかるかもしれないけど、いつかは真実にたどり着く。消去法と違って、向かって歩いてはいるんだから」

 けむに巻くようなことを言っている。そう柳は思ったが、どうにも否定する文句を紡ぐのも難しかった。

(他人と探偵法についてぶつけあったことなんてないからな)

 とりあえず、自分の経験不足ということにしておいた。

「でも師匠はこうも言ってた。とどのとまり、重要なのは真実にたどり着いたという結果でもなく、真実にたどり着く方法でもない。真実にたどり着く意志なんだって」

「ふん……探偵が結果を出さないでどうするんだ。探偵が方法を詮議しないでどうするんだ。意志の問題にするのはそれこそアマチュアのすることだ。俺たちは探偵業で金をもらっているんだから、結果を出してなんぼだろ」

「それについてはわたしも同意かなあ」

 意外なことに、欠片は柳に同調する。対立していた構図が崩れ、柳は肩透かしにあう。

「だって師匠、結果出してるし。それに師匠ってこう、『意志が強いぜ!』って感じの人じゃないし。でも、だから余計に意志が大事って思うのかな?」

「俺がお前の師匠のことなんて知るか」

 片づけを終え、柳はその場を後にする。

(意志、か……)

 思い返す。

(大事なのは結果を出すことで、重要なのは結果を導く方法だ。議論のしようのない意志なんてもんを持ち出すことに意味はない)

 だが、同時に思うのだ。

 自分の人生にはこれまで、事件を解決しようという意志、真実にたどり着こうという意志があったかと。

 まるで欠片の手が、自分の胸に空いた穴に突っ込まれたような、そんな感じがした。

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