#2:キャンプファイアー
「あれ、西瓜のやつは?」
キャンプファイアーの準備が完了した広場に、続々と人が集まっていた。洗い物を終えた柳が広場につくと、既にいた健が聞いてくる。
「西瓜?」
来た道を振り返る。後ろからは同じく仕事を終えた欠片がとてとてと着いてきているだけだ。
「そういえば洗い物をしているとき、見てなかったな」
考え事をしていたし、欠片との会話に注意を取られていたから西瓜の存在に意識が向いてなかった。
「西瓜ちゃん? わたしも見てないよ」
追いついた欠片も同じことを言う。
「棗は?」
「えっと……」
棗は柳より先に、広場に来ていた。彼女なら西瓜と一緒に作業をしていただろうと思い尋ねた。
「片付けの途中に、トイレに行くって……それから見てない」
「なんだトイレか」
「レディのお手洗いは時間がかかるんだよ」
欠片が茶化して言う。
「レディって言うほどおしとやかなタイプでもなくね?」
率直な意見を言った健は欠片と遼太郎に後ろからど突かれた。
「やあ! 集まってるかい」
一方、母島側にいた大人たちも集合してくる。遼太郎の父である善治は指導者らしく一番に広場へやってきた。後を追うように林檎と猫目石瓦礫もついてくる。
「師匠!」
「欠片。もう気分はいいのか?」
「はい。もう元気です!」
あらためて、柳は瓦礫と欠片の父子を見ることになる。
(やっぱり全然似てないな、見た目は。こうなると欠片の母親ってのも少し気になってくる)
「その子が、欠片ちゃん?」
林檎が尋ねる。
「はい。娘というか弟子というか」
「そう…………」
欠片を見る林檎の表情は、どことなく違和感を覚えている人間のそれだった。
(やっぱり引っかかってるのか?)
昼過ぎに島に着いてすぐ、瓦礫と会ったときも同じような違和感を林檎は示していた。まるで猫目石瓦礫に娘がいることがとてもおかしいことであるかのようだった。
(欠片だって俺と同い年だろ。だったら猫目石に娘がいることは別に不思議じゃない。高校の同級生だった父さんにも俺がいるんだから。いや……)
そこで少し、違うのかもしれないと気づいた。
(年齢の問題じゃないか。まるで母さんは猫目石に娘がいるという事実そのものが不自然であるかのように感じている。娘の年が俺と同じでも棗と同じくらいでも関係ないはずだ。猫目石に娘がいるという一点を怪しんでいる)
まるで猫目石という人間を考えたとき、娘がいることはありえないと決まりきっているかのようだ。
(実は猫目石のやつが種なしで娘が産まれるはずがないとか? それはなんか違うっぽいんだよな)
たぶん考えている方向が違う。だが何が林檎にとって不審なのか、柳には分からずじまいだった。
「奥さんは?」
組んだ薪にくべるための火がついたトーチを用意しながら、景清があたりを見渡す。
「ちょっと遅れるって言ってたよ」
善治がそれに答える
「先に始めててもいいだろう。もういつ雨が降ってもおかしくないし」
「そうですね」
善治と景清は二人して空を見上げる。雲に覆われて星ひとつ見えない空は重苦しい黒に染まっている。
「さあみんな、適当に座って」
薪の周囲を囲むように配置されたベンチにばらばらとみんなが座る。柳は林檎を右隣にして座った。林檎のさらに右には棗がいる。柳の左は欠片で、そのさらに左に瓦礫が着く。
景清がトーチを薪に突っ込む。すぐに火は大きくなって、薪全体を燃やし始める。
そのころになって、奈央と西瓜がやってくる。二人は空いた場所に適当に腰掛ける。
「…………北斎さんは?」
全員を見回して、瓦礫が聞く。
「だいぶお酒を召し上がっていたので……今はもうお休みになっているのかもしれません」
奈央が答え、呆れたように西瓜がため息をつく。
「呼んでこようか?」
「いいです。放っておいてください」
景清の提案を西瓜が断り、これで全員が揃ったものとしてキャンプファイアーを始めることにした。
柳はキャンプの経験がないので、キャンプファイアーが何をするものなのか知らない。大きな火を囲んでどんちゃん騒ぎするもの、くらいの印象があるだけだ。まるで原始人だなと思うが、そんなものなのだろうと適当に納得した。
キャンプファイアーを主導したのはやはりスカウト組の正平たちである。適当に歌を歌い、踊りを踊ってその場を和ませた。柳の知らない外国の歌が多かったが、聞くところによるとスカウトはこういうときなどに歌える歌を収録した歌集なるものを持っているらしい。野外活動をする集団、というイメージからは少し離れた想定していない多芸さだ。
輪の中心になるのは正平。馬鹿をやって盛り上げるのが健というのが彼らのいつものやり方のようだった。柳が少し意外に思ったのは、そこでちゃんと遼太郎も参加していたことだった。ゲーム中毒者じみた態度だと最初は思ったが、割り当てられた仕事もするしこういう場に参加もする。単に他人とのコミュニケーションにやや難があるだけで、社会性が失われているわけではないらしい。だからスカウト指導者で父親の善治も大目に見ているのかもしれない。
逆にというか、案の上というか、この手の馬鹿騒ぎに参加しないのは西瓜だ。適当に流している。男子と女子のノリの違い、というだけのことではなく、彼女自身がこういうどんちゃん騒ぎをあまり得意にしていないようなのはよく分かった。
それは柳や棗にしても同じことなので、西瓜についてどうこう言うつもりもなかった。一方で馴染めない騒ぎ方だが、それをただ見ているだけなら別に居心地が悪いということもなかった。
(たまにはこういうのも悪くはないか)
などと呑気なことも考えた。だが一方で、どうしても例の怪人のことが頭から離れず、今にも暗闇から出てくるんじゃないかと思うと視線が周囲へ散ってしまう。
一応は同じ探偵という立場の瓦礫や欠片はどうしているのかと見てみると、普通にキャンプファイアーを楽しんでいた。やはりこいつらは駄目かもしれない。
「…………」
柳と同じく周囲に意識が散っているのは、奈央もだったらしい。ちらりと彼女を見ると、視線があちこちに飛んでいる。探偵がこれだけいても不安をまだ完全に払拭できていないのだろうと柳は思った。それこそ今回のキャンプが無事に終わって、はじめて奈央は三年前の事件を乗り越えられるのかもしれない。
「柳、お前もなんかしろよ」
健が振ってくる。
「なんかと言ってもな……。一発芸の準備があるわけじゃ……」
そうは言ったが、一応ちらりと辺りを見渡す。何かできそうなことはないかと思ったら、広場の片隅に予備の薪とトーチがいくらか積まれているのが目についた。その中に手のひら大くらいの大きさに切られた立方体のような形の木片が転がっているのを見て、柳はそれを取り上げる。
「簡単なことくらいなら」
木片の重さと大きさを確かめ、広場の中心に赴くとそれを適当に放り投げる。
木片が地面へ落ちる前にそれを足で受け止め、また蹴り上げる。今度は膝で受け、また高く上げる。サッカーのリフティングだった。
「へえ、器用だな」
正平が賞賛の言葉をかける。
「昔、サッカーをしていたことがある。今はやっていないが。リフティングはボールを自分の手元で維持する技術の練習になるからって、散々やらされたんだ」
その指導者いわく、リフティングの下手なプロはいない、そうだ。別にプロを目指すつもりもない柳には、ことの真偽などどうでもよかった。
適当に何度か繰り返し、最後に木片を手でキャッチした。
「ボールならもっと弾むからいろいろできるんだがな」
そして木片をキャンプファイアーにくべながら、次の相手に振った。
「お前はどうなんだ、欠片。何かやることはないのか?」
「えー、わたし?」
とぼけたように欠片は返す。すっとぼけてその場を切り抜けるつもりかと思われたが、少し考えて欠片は立ち上がり、柳と入れ替わりに広場の中央に赴く。
彼女の手にはさきほど薪が置かれているところで見たトーチが三本、握られていた。
「危ないから真似しちゃだめだよ」
言いながら、欠片はトーチに火をつける。それを放り投げ、華麗にジャグリングを始める。
「よっと」
炎が煌めいて、光の軌跡が残像となって弧を描く。
「これはまた……」
林檎が驚く。
「器用なものね」
「あいつは恐れを知らないので、こういうことを平然とします」
瓦礫が答える。その手には火のついたトーチが二本、握られていた。
「欠片」
それを欠片に向かって放り投げる。
「うわっ。おっとっと」
欠片は追加された二本のトーチを足で高く蹴り上げる。そして合わせて五本のジャグリングに切り替えた。
(咄嗟の反応にしては……。運動能力が高いな)
炎のトーチをジャグリング、欠片は踊る。時折足を使って高くトーチを蹴り上げ、余裕ができた隙に手さばきや足さばきを加えた。単純なジャグリングというだけでなく、ダンスの要素も取り入れているらしい。素人の柳にもツギハギの技術だと分かるくらい滅茶苦茶な動きをしているが、それでも炎を扱っているという危なっかしさがどこにもない。
ただ華麗で優美だった。
(探偵よりパフォーマーでもした方がいいんじゃないか?)
そう思わせるほどの出来栄えだった。師匠の方はのんびりしているというか、こんな機敏な動きなどとてもできそうではないので、別の誰かのを見て真似たのだろう。それだけ観察力と、見た動きをトレースする技能が高いということでもあるが。
「はいっ」
最後に欠片は五本のトーチをキャッチして、ジャグリングを終える。自然と拍手が鳴り響いた。
「お兄ちゃんよりパフォーマンス上手いね」
「うるせえ」
棗の茶化しを適当に受け流す。
「ふう……。久々にやったから少し大変でした」
「普段は機会もないからな。でも鈍ってないならいいんじゃないか」
席に戻る欠片を特に激賞するでもなく、かといってあしらうでもない適度な温度感で瓦礫は迎え入れる。
そんなこともありつつ、キャンプファイアーは進んでいく。薪が燃え尽き始め、火の勢いが弱くなっていくと、それに比例するように盛り上がりも少しずつ落ち着きを見せ始める。キャンプファイアーとはあくまで炎を囲んでの交流。その場の空気を支配し、場の流れを作るものが炎だ。薪を新たに入れて炎を維持することも多いが、自然に燃え尽きるに任せるのも一興だろう。
「探偵の話を聞きたいな」
出し物もあらかた終わったころ、正平がそんなことを提案する。
「柳に欠片。探偵の子どもが二人もいるんだ。こういう機会は滅多にないし、事件の話とかを聞かせてくれよ」
「簡単に言うな」
柳は嘆息する。こういう話題の振られ方はよくあるからだ。
「守秘義務があるんだよ。探偵の中には自分の体験談を切り売りする連中もいるが、はっきり言ってああいうのは職業倫理に悖る行為だ」
「現代日本じゃワトソンみたいなことはできないのか? 昔の話を個人が特定できないように話すくらいならよさそうなもんだけど」
「探偵業界に限らないけどな、業界ってのは広いようで狭い。どれだけ個人を特定できないようにしても業界人にはバレバレなんだ。だから軽々に事件の話はするべきじゃない」
それで正平は食い下がるかと思ったが、想定の斜めから別の切り口で切り込んでくる。
「じゃあ逆に話せることはないのか? 事件の話じゃなくてもいいからさ。せっかくだからお前たちの話が聞きたい」
「話せること?」
そんなものはないだろうと柳は考えたが、思わぬ提案が出てくる。
「Dスクール」
遼太郎だった。
「探偵養成科の話は? …………それなら話せるんじゃないのか」
「おー」
欠片が頷く。
「わたしたちの入試の話なら、わたしたちの裁量で話せるもんね」
「そういえばDスクールの話を聞いたことないと思って」
「…………」
柳は欠片を見る。彼女は特に隠すこともないような話しぶりだが……そういえば柳と同い年ということは、今年が高校探偵養成科の受験の年なのである。探偵の瓦礫を師匠と呼ぶくらいなのだから当然、欠片も探偵を目指している。ならDスクールへ進学するのも決まりきった進路だ。
(こいつは妙に引っかかるところがある。情報を引き出せるなら引き出しておいて損はないだろう。こいつに話させれば必然的に俺も身の上話をすることになるが……別に俺は隠すようなこともないしな)
「……いいだろう。最初に念のため説明しておくと、探偵養成科といってもいくつか種類がある。俺たちの世代が受験するのは高校探偵養成科と呼ばれ、高校生活の三年間で普通科相当の授業を受けつつ、探偵としての教育も受けるものだ」
「工業科や商業科みたいなものか」
正平の認識でおおよそ合っている。柳は頷きつつ、話を進める。
「だが養成科を出ただけで探偵になれるわけじゃない。最終的に探偵になるには国家試験を受ける必要があるんだ」
「じゃあ逆に、国家試験を通れば探偵養成科なんて通わなくてもいいってことかよ」
健が問いただすが、それは違う。
「昔はそうだったらしいが、たいして能力もないやつが一発狙いで押し寄せて対処に苦慮したらしく、それはできなくなった。今はなんらかの養成科に一定期間通わないと試験を受けられない仕組みになっている」
そして今日本にある探偵養成科は、最も低い年齢層が通えるもので高校探偵養成科となっている。だから『高校生探偵』というものは日本では原理的に、あるいは制度的に存在しない。
「つまりさっきから俺や欠片をお前たちは探偵探偵と呼んでいるが、それは正確な呼び方じゃないってことだ。とはいえまだ探偵制度が確立されて日が浅いから、その辺のあやふやさを利用して資格もないのに探偵を名乗るやつも多い」
「僕が他の探偵たちと共同して制度のひな型を作り、国会に通したのは十年近く前だ」
瓦礫が補足する。
「弁護士や医者という他の国家資格が必要な職業に比べれば、若いどころか幼い赤ん坊のようなものだからね。探偵という呼び方が資格を持つ者に未だ限定されないのは仕方ない。それに探偵の中には国家資格が必要になることを嫌った人たちもいて、そういう人たちは確信犯的に無資格で探偵を名乗って活動しているからなあ」
それも社会問題である。社会制度の移り変わりが急激であるため、猶予的処置として無資格で探偵と名乗った場合の罰則規定は定めていないのだが、それを悪用して無資格のまま探偵を名乗る『闇探偵』がごとき連中がいる。この辺は制度を見直す時期にそろそろ来ているので、何らかの処置がなされるだろうと業界では推測されている。
「それにしても」
西瓜が疑問を呈する。
「ここ十年くらいで法整備されたにしては、学校制度の制定とかいろいろ、動きが早くないですか? 高校探偵養成科の設立なんて、それこそ探偵が社会にもっと浸透してから考えるものでしょう」
「だいぶ浸透してると思うけど?」
欠片が率直に感想を言う。
「それは結果論でしょ。十年でここまで浸透するなんて普通は想定できないから、学校制度の整備とかはもっとゆっくりやりそうなものだと思うんだけど」
「法制度が整ったのは最近だけど、探偵業界自体は裏で蠢いていたからね」
当事者の瓦礫が述懐する。
「表沙汰になっていたのは『警視庁唯一の黙認探偵』だった宇津木さんくらいだけど、裏でももっと多くの探偵がいた。人が多ければ当然、動きも大きくなる。そこに少子化で生徒の囲い込みに新しいセールスポイントが欲しいいくつかの私立学校が乗っかったようなんだ」
「なるほど」
「じゃあさ」
健が再び身を乗り出す。
「その私立学校のどこかにお前らは行くってことか?」
「さてね」
柳は適当にあしらった。
「探偵養成科を擁立する高校もいろいろあるからな。愛知県だけでも上等高校、花園高校、水仙坂付属、青龍学園、金鯱学院とあるわけだし」
「愛知県は特別多いんだよ。それだけ学校があるのは珍しい。東京大阪に匹敵するくらいで、あとは各都道府県にひとつあればいい方だ」
瓦礫が苦笑する。柳は愛知県のDスクールの多さにはどこかおかしさを感じていた。その原因はひょっとして、高校時代に猫目石瓦礫が探偵として活躍していたことが何か関係するのではないかと睨んだ。
「広島だと海坂高校があるな。男子校だから欠片は入れないけど」
「じゃあどこに進学するつもりなの?」
林檎が聞く。
「正直どこでもいいというか……」
「随分適当だね。自分の子どもなのに」
「自分の子ども――というか弟子だからですよ」
善治の指摘に瓦礫が返す。
「さっき柳くんが言ったように、資格を得るための試験を受けるには養成科に通わないといけないんです。しかし裏返せば、養成科へ通う理由は基本的にそれだけなんですよ。養成科のカリキュラムがどれだけ優れていても、まさか僕という探偵による実地的な訓練に勝るはずもないですし」
それは傍から聞けばあまりにも傲慢な言い草だった。だが柳は、それから林檎と棗も、瓦礫の言わんとしていることはよく理解できた。なにせ置かれた環境は、柳たちも同じなのだから。
「東大を目指す子供が勉強を塾や予備校に任せるから、学校はどこでもいいのと同じですよ。よほど勉強の邪魔になるほど変な学校でもない限り、どこへ行こうとやることは変わらないんです」
「そんなに養成科のカリキュラムと、探偵の実地訓練は違うものかね」
「当然です。まず教師の質から違う。養成科の教師は試験を受けて教職を得ていますが、探偵としての資格を持っているわけではないんです。だから養成科によっては現役の探偵を教師として採用していることをアピールポイントにするところもあるくらいでして」
「高校野球の監督が必ずしも選手として活躍したことがあるわけではないのと同じか……。しかしその理屈なら、探偵として一流でも指導者としては微妙、ということもありうるのでは?」
「それはそうですね。まあ、指導者としての自分に自信がないなら最初から弟子なんて取らないって話ですが……」
そんな自信ありげな態度に少なからず柳は驚かされる。そうした自負心とは縁遠そうな男に、猫目石瓦礫は見えていたからだ。
「それはともかくとしても、本物の探偵が指導する場合、養成科の教師が指導するのとは全く違う利点がありますから」
「利点?」
「実際の事件調査に弟子を立ち会わせられる、という利点ですよ。養成科の教師は探偵ではないので、実際の事件を教育に利用することはできません。ゆえに実戦経験は段違いになる。国家試験は座学の他に実地的な試験もありましてね、むしろ後者の方が多くの人にとってはネックなんです。それを突破する力を身に着けられるから、探偵を師に持つ子どもは大幅に有利なんですよ」
まさにそれは、柳も同じ立場にあるのだった。父である紫郎の仕事についていき、実際の現場を見て、頭にある知識を活かすやり方を学ぶ。この経験値は漫然と受験勉強をし、ようやく高校生になって探偵のスタートラインに立とうという同世代とは比べ物にならない。
柳が同世代の探偵を夢見る者たちと違うという解離感を覚えるのも、それが原因だった。ならば、同じ立場の欠片を同士と認められるかと言えば、それもまた別の話なのだが。
「とはいえ学歴は箔になりますからね。さてどうしたものかと。進学先なんて夏ごろに考えるようじゃ遅いのかもしれませんが」
「欠片ちゃんは……」
欠片を覗き込みながら、林檎が尋ねる。
「どこに行きたいとかないの?」
「師匠が行けと言えばわたしはどこへでも」
「またそういう主体性のないことを……」
瓦礫はため息をつく。
「こういう性格なので、僕がきちんと見繕わないといけないんです。まあ、まだ中学生に将来を考えて進路を決めろと言うのも酷かもしれませんし」
どこを選んでも探偵になる上では影響がないので、欠片の態度もやむを得ない部分があった。裏返せばそれだけ、欠片は探偵になる以外の興味が薄いのかもしれないと柳は想像した。
そんな子どもの将来の話をしていると、ふと柳は奈央の方へ目線をやった。ともすれば子どもが死んだ親がこんな話を聞けば精神的に動揺するかもしれないと思ったからだった。だが奈央はそんなそぶりも見せず、落ち着いた様子をしている。隠しているとか、耐えているというふうでもない。
(諦め、か……? 過去の事件や失った家族に対しては、そこまで執着していないのか)
ある種の諦念と捉えれば、奈央の態度は不思議ではない。あくまで彼女が三年前の事件を不安視するのは今後キャンプ場を再開するにあたり客に被害が及ぶ危険性を慮ってのことであり、自分たちのことは別にいいという態度なのだろう。
(だとすれば、聞いても問題ないだろう)
意を決して、柳は切り込んでいく。
「猫目石さん」
「なんだい?」
「今回のキャンプに当たって、猫目石さんは過去の事件について調べたはずです。それについて、聞かせてもらっても?」
「そうだな……」
瓦礫も奈央を見る。彼女の様子を見て、問題ないと彼も判断したのか、口を開いた。
「宴もたけなわというところで出す話題でもない気がするが……。むしろ逆か。尾ひれがついたふわふわした情報のまま事件をとらえるより、一度ここで、みんなには何があったかをはっきりさせておいた方がいいということもあるだろう」
「…………」
景清は、自分の顔の傷を指で掻いた。
「そこまで深刻にはならずに、怪談話くらいのつもりで聞いてくれればいい。三年前、この島で何が起きたのか。僕があらかじめ調べておいたことをここで整理して、聞かせることにしよう」
そうしてついに語られる。
三年前の事件が。
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