ノーインスタ映えスイーツ

「あー、こんなところに来たけどどうしよう・・・」

 高校二年生の島田美帆しまだみほは高層ビルの建ち並ぶ通りを彷徨さまよっていた。高校の授業を抜け出してきたものの、特にすることを決めていたわけではなかった。その上、スーツ姿の会社員ばかりがいる通りに、制服を着た女子高生がいることの場違いさを強く感じてしまっており、完全に何をしていいかわからなくなっていた。


 美帆はひとまず通りにあったベンチに腰を掛けることにした。

「ああ、みんなまぶしく見えるなあ」

 美帆はインスタを開いて同級生の投稿を眺めていた。美帆が授業を抜け出した原因はインスタであるといっても過言ではなかった。


 美帆は自分の容姿に自信がなかった。友達と一緒に撮った写真を見ても、自分だけがみにくいように思えるため、SNSに写真を投稿するのが苦手であった。その一方で、きれいな友達が自撮りなどをSNSにあげているのも羨ましくも思っていた。



 その日の休み時間、クラスの後ろの方で美帆の友人たちが話しているのが聞こえた。

「今度の週末楽しみだねえ。話題のパンケーキを食べに行けるなんて幸せ!」

 この言葉を聞いて、美帆は驚いた。話をしている友人たちは、いつも美帆と一緒に行動をしている子たちであったし、美帆がパンケーキが好きなことは誰もが知っていることであったからだ。しかし、美帆は週末にパンケーキを食べに行くことを一切聞かされていなかった。不審に思った美帆は思い切って友人たちのもとに歩み寄った。

「ねえ、みんな今度パンケーキ食べに行くの?私も行きたいなあ」

 そういうと、明らかに友人たちの表情は曇った。

「え、美帆も来るの・・・?」

「えー、行きたいよ。ダメかなあ・・・?」

 友人たちの嫌そうな反応にショックを受けつつも、悟られまいと少しおどけた表情で美帆は尋ねた。

「あのね、私たちはパンケーキを食べに行くことだけじゃなくて、インスタにあげることも目的にしているの。それなのに、美帆も一緒に来たら辛気臭くなっちゃうよ」

 友人の中で一番気の強い赤坂咲奈あかさかさながそう美帆に言い切った。激しく動揺した美帆であるが、他の友人たちを見ても、口には出さないけれども少なからず咲奈に同意しているような様子であった。美帆は悔しくなって、無言で教室から出ていき、さらには高校の外へと走っていったのだ。



「あーあ。私はこれからずっと友達とは可愛いスイーツを一緒に食べに行くことはできないのかな」

 ベンチの上で、美帆はそう呟いた。美帆の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。涙をハンカチで拭って周りを見たとき、高層ビルの間に小さな古い建物があることに美帆は気が付いた。

「え、なんでこんなところに、こんな汚い食堂があるの・・・」

 食堂には『トメの味』と書かれた看板と、『営業中』の札が飾ってあった。

「なんて醜い食堂なんだろう。まるで私を見ているみたい・・・」

 綺麗で新しいビルと古くて汚い食堂のコントラストが、まるできれいな友達と醜い自分を表しているかのように思われ、美帆は食堂に親近感を抱いていた。気が付いた時には、美帆は食堂の中に入っていた。


「いらっしゃい。私がこの食堂を運営しているトメです」

 食堂の中から90歳くらいの女性が出てきた。食堂の内装は、外装以上に汚く、美帆は少しだけ中に入ったことを後悔した。

「あ、あの。すみません。私お金をあまり持っていないですし、お昼ご飯も食べ終わったばかりなんですけど・・・」

「おやまあ、それならあなたにはデザートを用意してあげよう」

 そういうと、トメはニンマリと笑って厨房の方に戻っていった。


「どうしよう。こんなところに入っちゃったけど、メニューがどこにも書いていないし、そもそも何が出てくるのかわからないよ・・・」

 席に座ったあとも、美帆はソワソワしていた。やはり、見栄えのしないところには行くべきではないとまで考えるようになっていた。


「お嬢ちゃん、お待たせ」

 しばらくして、トメはデザートを持ってきて美帆のところにやってきた。お皿は何十年も前のものかと思われるほど古く、一部欠けてしまっていた。

「え・・・なんですかこれ・・・」

 美帆はお皿の上に乗っている料理を見て、言葉を失った。お萩のようなものなのか、外側はあんこにつつまれているのであるが、その形はとてもいびつであった。

「どうぞ、召し上がれ」

 そういうと、トメは再び厨房へと戻っていった。


「え、これ本当に食べなきゃいけないのかな・・・」

 トメが厨房に戻った後も、しばらく美帆はこの不気味なデザートを口にできないでいた。お萩は小さい頃に何回か作ったことがあったが、美帆が作ったお萩よりも、このデザートは整っていない外見であり、粒あんの粒も何となく汚く見えた。

「きっと、見栄えの悪い私にはこういうものがお似合いってことよね・・・」

 ようやく覚悟を決めた美帆は、目をつぶってデザートを口に入れた。



「え・・・」

 デザートの予想外の美味しさに美帆は驚きを隠せなかった。口の中に広がったのは、あんこと生クリームであった。そして生クリームにはほんのりときな粉の風味がした。

「ふふふ・・・」

 厨房から再びやってきたトメは、美帆の様子を見ておかしそうに笑った。

「驚いたでしょう。このデザートは『お萩クリーム』って言うのよ」

「お萩クリーム?」

「そうよ。極上の生クリームにきな粉を混ぜてフワフワになるまで泡立てたの。それをフワフワさが失われないように粒あんで優しく包んだのよ」

 トメの説明に、美帆はすべて納得がいったような気がした。形がいびつであるのは、中に入っている生クリームの触感を失わせないようにするためであるし、中の部分がフワフワであるからこそ、外側の不均一な粒あんが生きているのであった。



「本当にびっくりしました。今まで食べてきたスイーツの中で一番美味しかった気がします」

 美帆は満面の笑みでトメに伝えた。その言葉はお世辞でも何でもなく、本当の気持ちであった。

「それにしても、見た目からはまったく想像できませんでした。見た目と中身の良し悪しって違うこともあるのですね」

 そう美帆が言うと、急にトメは真顔になった。

「あのね、私はいつもお客様に味を楽しんでもらえることを最優先にしているの。見た目が綺麗なのは結構なことだけど、それなら見栄えのする料理の写真だけ見ていればいいし、そもそも料理である必要すらないでしょう。それに比べて味というのは、料理だからこそ楽しめるものだし、食堂に来てくれた人だけに提供できるものよ。だからこそ、私は味にすべてをかけているの」

 トメの言葉は美帆の心に深く刺さった。トメは料理について語っているのであったが、それは人間にも当てはまることを伝えてくれているようにも思えた。



「ごちそうさまでした」

 そう言って食堂を出た後も、しばらく美帆はお萩クリームの味の余韻に浸っていた。

「私もお萩クリームみたいに、誰かに強烈な良い印象を中身で与えられるような存在になりたいな。そうするためには、自分の中身をもっと磨かなくちゃ」

 そう決心した美帆の足は、自然と高校の方に向かって行っていた。

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