魔の食堂『トメの味』

マチュピチュ 剣之助

プロローグ 突如できた食堂

「あれ、こんなところになんて不気味な食堂ができたんだ・・・」

 太田隆二おおたりゅうじは、高層ビルの周りに急にできた汚い建物に思わず足を止めた。大学卒業後、商社で働き始めて今年で5年目になる太田は、昼食を食べに会社の近くのレストランを探しているところであった。


「食堂の名前は『トメの味』か・・・。名前もなんとなく古臭いな・・・」

 普段は昼食をサンドウィッチで済ませることの多い太田は、気分転換にお洒落なレストランでランチをしようと考えていたので、あまりにも期待しているものと違う食堂が近くにできたことに衝撃を受けていた。


 しばらくすると、食堂から一人の女性が出てきた。真っ白の髪にしわだらけの顔。腰もかなり曲がっており、90歳くらいはいっているように太田には思えた。よく見ると、その女性はエプロンをしており、食堂の入り口に「営業中」の札をたてかけにきたようであった。

「え・・・あの人がこの食堂の運営者・・・?」

 太田はあまりにも周りとの場違いさに言葉を失ってしまった。この女性は何者なのか。なぜ、このような都心部に古臭い食堂を開こうと思ったのか。頭の中で様々な疑問が浮かんだ。


「いけないいけない、早く昼食を取らないと午後の仕事に遅れてしまう」

 食堂を見つめていた太田は、しばらくして自分の状況を思い出した。気分転換に会社の外に来たものの、与えられている昼休憩の時間は長くはなかった。慌てて、太田は食堂の隣のビルの中にあるイタリアンレストランに入っていった。


「うーん、値段の割には微妙かな・・・」

 ジェノベーゼパスタを食べながらも、太田はどうしても窓から見える食堂が気になってしまっていた。すると、制服を着た女子学生が一人食堂に入っていくのが見えた。

「え・・・?あんなところに女子学生が入っていくの・・・?」

 太田は思わず声を出してしまった。


 イタリアンレストランを出て仕事に戻った太田であったが、どうしても『トメの味』という食堂が脳裏から離れなかった。あのような食堂なんかに誰が行くものかと思う一方で、どのような料理が食べられるのか気になる自分がいることにも薄々と気が付いていたのであった。

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