第10話 初めての相手
「い、いや……えっと」
俺は戸惑っていた。これは何? 一体何が起こっているのか全くわからない。
そんな俺に気にする事なく彼女は俺の頬に両手を添えると、背伸びをして自分の顔を近付ける。
キス……彼女と何度もしていた。自分の想像では。
色々なシチュエーションを考えていた。
色んな場所で色んな言葉を紡いで、幸せなキスをずっと頭の中で描いていた。
でも、こんなシチュエーションは一度も考えた事は無い。
「あ、ああああ、だ、駄目」
俺は避ける様彼女の横をすり抜けようと……した。
「ま、待って!」
彼女は慌てるように俺の肩を掴む。俺はバランスを崩しそのまま彼女の腕に捕まるとふたりでベッドに倒れ込んでしまう。
「ちょ、ちょっと……」
俺の上に馬乗りになる彼女。
「なんで、なんで逃げるの?!」
彼女は悲しみに満ちた表情でそう言って僕を睨む。
「だ、だだだ、だって、そんな」
違う、こんなの違う、俺の思い描いてい物とは違う。
いくら彼女が経験豊富で慣れているからだとしても、俺は受け入れられない。
俺にだって、こんな情けない俺にだってプライドはある。
「私の事好きなんじゃなかったの?」
「す、好き、好き、だけど」
「じゃあ、なんで」
「い、いくら好きでも……そんな急には」
「付き合ってるんだよ? 私達付き合ってるんだから、べ、別にたいした事じゃない、男の子なんて結局皆これが目的なんでしょ!」
濡れた髪からポタポタと水滴が落ちてくる。
それがまるで彼女の涙の様に感じた。
「たいした事だよ、俺にとっては……」
そう、俺にとっては大事な事だ。
「た、たかがキスくらいで、これからもっと凄い事するんだから」
そんな事言われても、こんなのいくら何でも急すぎる。
夢だったけど彼女と秋風さんとそんな事をするのは俺の夢だったけど、でもいくらなんでも……早急過ぎる。
俺は自分から引き離そうと彼女の肩に手を伸ばす。
俺の伸ばした手に彼女の身体がびくっと震えた。
その彼女反応に思わず目測をあやまり俺の手が彼女の身体に巻かれているバスタオルの結び目に触れてしまう。
そして彼女のバスタオルが、俺の顔の上にパサリと落ちたその瞬間。
「きゃああああああああああ!」
彼女は悲鳴を上げると慌てて俺から離れて行く……気がした。
そしてそのままベッドの下に転げ落ちる音が……顔にバスタオルがかかっているのであくまでも想像だけど……。
「だ、大丈夫?」
俺はゆっくりと起き上がり顔からバスタオルを剥がすと、案の定ベッドの下に落ちていた彼女を見つける。
彼女は全裸でその場に身体を丸めうずくまり、俺から身体を隠しながら言った。
「み、みないで!」
「え?」
「いや……み、見ないでええぇ……」
膝を抱え震える彼女を見て俺は頭に浮かんだまさかの事を、そのまま彼女にぶつけてみた。
「……ひょ、ひょっとしてだけど……秋風さんて……誰かとこういう事するの初めて?」
「……」
彼女はなにも言わずに震えていた。
もうこれは肯定と取って良いだろう。
まさかとは思った。でも、今日のぎこちないデート、最初から少しおかしいとは感じていた。
そうなのだ、つまり彼女は未経験者という事……つまりは俺と一緒って事なのだ。
そりゃ……恥ずかしいよな……色んな意味で。
俺はなるべく見ない様にしながらバスタオルを彼女の肩に掛けるとそのまま彼女に背を向け壁に額を擦り付ける。
「み、見てないから」
見たいよ、見たいさ、でも……ここで無理強いなんて出来ない。好きな人の嫌がる事なんてできるわけがない。
俺がそういうと少し時間を置いて、ごそごそと音がし始めた。
バスタオルを巻きなおしているのだろうか?
てか、普通に着替えれば? という言葉はもう一度彼女のバスタオル姿を拝みたいので飲み込んでおく。
「い、いいよ……向いても」
壁に頭をつける様にしていた俺に彼女はそう声をかけてくる。
その言葉に俺はゆっくりと彼女の方に振り向いた。
やはり彼女はバスタオルを巻き俺から距離を置いて立っていた。
美しいその姿、未経験と聞き今度はなにか神々しく見えてくる。
「……えっと……」
恥ずかしそうに佇む秋風さん。その姿に、その神々しさに言葉が出ない。
何から聞けばいいのか? 何が何やらわからずにそのまま黙っていると、見かねた彼女が俺に話始める。
「そうよ……男の人と二人っきりで出かけるのも初めて……キスだって、それ以上の事もした事ないわ。
「……じゃあ、付き合っていた奴らも」
「全部……嘘よ」
「そう、なんだ……でも……なんで?」
それがすべての謎、すべての疑問、そしてあの寂しそうな顔の原因だ。
でも、彼女は俯いたまま何も答えなかった。
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