第9話 彼女の見ていた景色
「え? ええ?」
何度見ても間違いなくホテルの部屋。
しかも彼女は恐らくフロントで貰ったカードキーで扉を開けたのだ。
つまり部屋を借りたって事になるわけで。
ああ、もうわけがわからない、水族館だけで終わると思っていたのに、食事まで一緒にして、それで終わりだと思っていたのに。
付いていけない、この状況に頭が全く回らない。
そして彼女はさらに驚きの言葉を俺に向かって発する。
「えっと、じゃあ、私はシャワー浴びてくるね」
「え? はい?」
意味がわからない、えっと今の英語だっけ? いや英語ならある程度わかる。
古代ギリシャ語とか異世界語とかそういう類いの言語では?
しかし彼女はそう言うとそのまま俺が聞いた様な気がする言葉の通り、バスルームと思わしき扉を開け、中に入っていった。
俺はわけもわからずフラフラと部屋の奥に入るとそこには生々しくベッドが2つ並んでいる。
「え? えええ? どういう事? ま、まさか……」
ここに来て少しずつ理解が追い付いてくる。
つまりはそう言う事なのだろう……で、でも付き合って直ぐになんて……そう言うのって順序があるのでは?
でも経験豊富な彼女はこういった事には当然慣れているのだから……。
噂では中学の頃から、いやもう小学生の時から既に大学生と……なんて。
だから、彼女にとって付き合うイコール……そういう事をするって事なのだろう……。
でも……俺の中にモヤモヤした物が広がり始める。
もしもそうだとして、俺はこのまま流されるままに彼女と……しちゃうって事で良いのだろうか?
正直興味はある、ありありのありである。 俺の初めての人があんなに美人で綺麗なお嬢様なんて良いのだろうか? もしそうなったら一生ものの最高の思い出になる。
でも、俺は気になっていた。
エレベーターで彼女と手を繋いでいた時、その手が微かに震えていた事に。
ああ、もうわけがわからない、俺はフラフラとベッド奥の窓に近付き分厚いカーテンを開ける。
するとそこには東京の壮大な景色が広がっていた。
「す、す、すげえ……」
それを見て、一瞬全ての事がどうでもいいって思えた。
自分の棲んでいる景色がここからだと、こうも違って見えるのだ。
そして思った。今日彼女と一緒に過ごして、自分が今まで見えていた景色と違った物が見えた、そんな気がしていた。
そう、そうなんだ……彼女が見ている景色と俺が見ている景色は違う。
俺と彼女は……違う、住む世界が違う。
でも、それでも思った……今日は一瞬だけ、彼女の見ている景色が一瞬だけ見えた気がしたって……。
その時扉が開く音がした。
俺は恐る恐る音の方に振り返るとそこには……バスタオルを身に纏った彼女の姿があった。
「貴方も入るでしょ?」
赤く染まる肩、そこから伸びるしなやかな腕、ピアニストの様な細く長い指。
スレンダーな身体の割にはそこそこの大きさを保つ胸、そして今日見たミニスカートよりもさらに見える細い太もも、すらりと伸びたカモシカの様な足、引き締まった足首。
少し照れた様な表情で俺を見つめる彼女の瞳は、窓から射し込む夕日に照らされキラキラと輝いていた。
そしてその美しい彼女の顔を見て俺は思い出す。
そう、あの時折見せていた寂しそうな彼女の表情を……。
「あ……」
言葉が出なかった。あまりに綺麗で、あまりに美し過ぎて。
こんなにも美しい人がこの世に存在していた事に。
さっき見た外の景色と彼女が重なる。
彼女は天空から舞い降りた天使そのものだった。
そんな天使を俺は呆然としながら見つめていると、彼女はゆっくりと俺に近付いて来た。
濡れた髪、風呂上がりのとてつもなく良い香りが俺の鼻腔を擽る。
彼女は俺の胸に手を添え、ゆっくりと俺を見上げた。
長い睫毛、うるうるとした瞳、その綺麗な瞳に俺が映っている。
彼女の中に俺がいる。
彼女の思い出の中に一瞬でも俺がいる。
そんな喜びに浸っている間もなく彼女は俺を見つめ言った。
「とりあえず、キスしよっか?」
彼女は俺を見ながら、うるうるとした瞳で俺に向かってそう言った。
あの寂しそうな、クラスで時折見せていた、あの表情で……
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