第8話 食事の後は……


 彼女に手を引かれ次に向かった先はホテルの最上階、高級感の漂うレストランだった。


 彼女はやはりこういった所は慣れているのか? 水族館とは違いここに来て急激に落ち着きを見せ始める。

 

 彼女は席に案内してくれた店員さんに椅子を引かれ座る。

 えっと……これって俺も座って良いのだろうか? 迷った挙げ句自分で椅子を引き緊張しながら座る。


「こうみえてカジュアルなお店だから気にしないで」

 俺の様子に苦笑しながら彼女はそう言ってくれる。

 恥ずかしさで一杯になりながらなんとか笑顔を作りつつで渡されたメニューを見る。

 そして思わずどこがカジュアルな店なんだ? と突っ込みたくなった。


「カレーで2500円……」

 飲み物だけでも1000円以上……。

 コース料理の至っては5000円からって……。

 そう言えば、彼女が最近付き合っていた人は某有名ユーチーバー。


 なんか以前チラッと見たけど、高級寿司店でウニ軍艦を食べられるだけ食べたらいくらになるか? なんて企画をしていた。


 そいつらは恐らくここで一番高いランチのコースでも、俺にとっての小銭感覚なのだろう。


 さらに彼女正真正銘お嬢様なのだから……これくらいがカジュアルなのだろう……。


 でも、それでも……今日は彼女がリードするとはいえ、お金を出すのは男である俺……なのだ。


 そして一般の俺の財布には、なけなしの諭吉が1枚のみ。

 バイトもしていない俺は、これでも頑張って貯金を下ろして持ってきた。


「えっと……俺は、か」

 俺はとりあえず彼女にカレーを頼むけどと断りをいれようとするも、彼女は俺に構わず手を上げ店員さんを呼ぶ。

 そして彼女は俺に構わずメニューを見て店員に言った。


「このステーキランチを2つで」


「え?」


「ここのステーションは美味しいのよ、以前パパ、お父様に連れて来て貰ったの、あ、でもお肉嫌だった? お魚の方がいい?」

 ステーキランチセット、4800円、魚は恐らくこの7000円のコースだ。

 いや、それよりも……パパって……お父さんじゃ無いよな……彼女なら当然……。

 俺はショックを隠しつつ彼女に向かって言った。


「あ、いや、ステーキで大丈夫です」


 パパ活までしていたのかというショックも去る事ながら、それよりも気になったのは値段だった。


 4800円ならギリギリ大丈夫……そう思っていたが、食べている最中に俺は思った。

 あれ? 消費税ってどうだっけ?

 いや、1000円くらいなら小銭をかき集めればなんとか足りる……確か500円玉が入っていた事を思い出すも100円玉が何枚入っているか思い出せない。

 一瞬トイレに立とうかと思ったが、彼女をこの場に置いて行っていいのか経験の無い俺には全くわからない。

 

 そうこうしていると、じゅうじゅうと焼けるステーキが運ばれて来てしまう。


「美味しそう、さ、食べましょう」

 俺のそんな焦りをやはり気にする事なく美味しそうにそして美しい所作で食べる彼女。

 そんな姿を見せつけられるも俺の心は会計の事ばかり。


 ああ、情けない、本当に情けない……俺はそんな感情で一杯になってしまう。


 そしてデザートを食べ食後のコーヒーを飲みいよいよ勝負の時が来る。

 確か100円玉は7枚程入っていた筈、行ける俺はそう各人しながら会計を向かえた。

 そして金額の書いていない伝票をキャッシャーに渡し、なけなしのお金をだそうとしたその時、レジに打ち出された金額は俺の予想を遥かに越えていた。


 サービス料10%……

 レジの脇には消費税とは別にそう書かれていた。


「え?」

 その金額に呆然としていると、彼女は俺に向かって言った。


「あ、ごめんね、私が払うからいいわよ」


「あ、いやでも」


「今日は私がリード役だからね」

 彼女はそう言うと持っていた高そうなバッグから高そうな財布を取り出すと、黒く光るカードを取り出しキャッシャーの人に渡す。


 それを見て思った、思ってしまった。

 俺は彼女に経験的な格差だけでなく、経済的な格差も見せつけられてしまっている事に、わかっていた、でもこうもまざまざと見せつけられ俺は愕然としてしまった。


 そして正直ここまで違うって事を見せつけられると、もうなんだかさっぱりとした感覚になる。


 恐らく彼女の中では俺達の関係は、この恋人ごっこの様な関係は終わっているだろう。

 やはり水族館で思った通り、最後に振られて終わるのだ。

 彼女からしたらこれはボランティアなんだろう、可哀想な庶民に一瞬でも夢を見せてやろうって断るなのだろう。

 お金持ち程ボランティアに精を出すってどこかで聞いた事がある。

 恵まれない者に施しをしてやろうって事なのだろう。


 でも、もしそうだとしても、俺に彼女を恨む気持ちは一切無い。

 むしろ貴重な経験をさせて貰い、今はただただ感謝しかない。


「じゃあ行きましょうか」

 俺のそんな覚悟も裏腹に彼女はまだ続きがあるような事を俺に言った。


 そして戸惑う俺の手を握り、そのままエレベーターに乗る。


 一体次はどこに? いや恐らくもう終わりだろう、外に連れていきさようならなんだろう……そう思っていると、エレベーターはそのホテルのロビーに到着する。


「ちょっと待っててね」

 エレベーターを降り俺の手を離すと彼女はフロントに向かって行く。

 そして、暫くフロントでなにやら話すとそのまま俺の元に戻ってくる。


 そして再び俺の手を握った。


「じゃあ、行こっか」

 少し恥ずかしそうに彼女は俺に向かってそう言うと今度はさっき乗ったのとは別のエレベーターに乗り最上階と思われるボタンを押す。


 そして、エレベーターを降りるとそのままフカフカの絨毯の敷かれた廊下を歩き、まるでホテルの扉の様な所で足を止め、カードキーを入口に当て、扉を開いた。


 何が何やらわからない、一体ここはどこなんだと、部屋に入ると、そこは……。


 間違いなく……ホテルの部屋の中だった。




 

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