第7話 水族館デート
定番のデート先、水族館。
魚なんて見てカップルが盛り上がるのか? と常々思っていたけど、来てみて思った。
盛り上がるわ。
薄暗いホール、キラキラと輝く水面、そしてこの世界の生き物とは思えない姿形の生き物。
まるで二人で別世界を旅している様な気分にさせられる。
ここで初めて彼女と手を繋ぐなんてシチュエーションにはピッタリの場所と雰囲気だ。
しかし俺の中にある理想の交際像とは全く違う今の状況に、理想と現実の差をまざまざと見せつけられる。
これが初めてのデートなのだろうか? と、さすがに疑問に思ってしまう。
何故なら水族館に入ると彼女は順路を事務的に回り始めたのだ。
俺が思い描いていた仮想彼女とのシミュレーションデートでは、手を繋ぎゆっくりと自分の趣味の話や、学校の話、子供の頃の話なんかをしながら魚を見て、さらに綺麗だとかグロいだとか、美味しそうだとか、話を広げて回るって思っていた。
しかし彼女はろくに魚を見る事なく、ただただ順路に向かって俺を引っ張り歩いていくだけ。
とても水族館を楽しんでいる様には見えなかった。
やはり……俺じゃダメって事なのか? それともこれが恋愛マスターである彼女の普通のデートなのか?
わからない、経験のまるでない俺には彼女の事その行動がまるでわからない。
やっぱりダメなのか……いやでも……ダメなのはわかっている。
こうなる事はなんとなく想定していた。
ならば切り替えよう……せめて今日1日……この時間、この瞬間、俺に彼女が出来たって事を楽しもう。
ずっと好きだった彼女と、秋風さんとこうして一緒に居られたという事を一生の思い出にしようと俺はそう思う事にした。
そして俺なんかの為にこうしてここに来てくれた事、頑張って俺の位置まで降りて俺に合わせてくれているいる彼女の為に、俺はなんとしてでも楽しまなくてはいけないってそう思った。
でもそんな思いの俺を全く気にする事なく、彼女は心ここにあらず状態で、順路を突き進む。
まるで何かトレースでもしているかの様に何かの予定が迫っているかの様に、時計やスマホを見ながら、どんどんと突き進んでいく。
俺なんかと喋りたくないのか? 殆んど会話する事もない。
いくらなんでもおかしいって恋愛経験の無い俺でもこんな事ってあるのか? と一瞬彼女の行動に疑問を抱く。
もしかしたら……この後予定があるのかも知れない……俺以外の人に会うとか、実は彼氏と別れていないとか。
俺の疑問はどんどんと膨らんでいく。
でも思った。
こんな美人で綺麗でお金持ちなお嬢様が俺なんかと本気で付き合うわけがない……。
全て冗談だったのだろうかって。
そして、彼女はろくに魚を見ることなく、俺のそんな思いを気にする様子もなく満面の笑みで俺に向かって言った。
「お、面白かった!?」
そんな彼女につまらないなんて言える筈もない俺は笑顔で言った。
「は、はい!」
そして俺のその言葉に彼女は嬉しそうに微笑む。
でもこれは精一杯の強がりだ。
だってデートはここで終わりなのだから……恐らく彼女はここで終わりだって言うのだろう、そして本当の彼氏の所に行くのだろう。
ありがとう、一瞬だったけど嬉しかった。
こうして俺に新しい景色を初めての経験を夢を見させてくれて。
俺は感謝しながら最後の言葉を待った。
すると彼女は時計をチラリと見ると俺の腕を再び掴む。
「えっと次は食事ね」
「はい、わかり……え?」
「え? お腹空いてない? お昼食べてきちゃった?」
俺の言葉に不安そうな顔でそう言う。
いや、えっと終わりじゃないの? 俺はすっかりそう思い込んでいた。
「い、いや、す、空いてます」
「なんだ、びっくりした、えっとこの近くの……そのホテルのレストランの眺めが良いの、食事も美味しいし、どうかな?」
「は、はい! よよ、喜んで!」
俺がそう言うと彼女は天使の様にニッコリ微笑むと、俺の手をぎこちなく握った。
まるで始めて男の子とマイムマイムを踊る時に手を握る小学生女子の様に……。
それにしても、これで終わりじゃないって事に、そして学校ではいつもスマートな彼女からは想像もつかないその様子に、俺は戸惑ってしまっていた。
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