第3話 女神様のご慈悲? その3

「この慈悲深き女神スティファーがあなたにチャンスを与えましょう」


 自分で、慈悲深いとかいうか普通、と思いつつも唐突にチャンスを与えると告げた織田は小首を傾げた。


「……チャンス?」


「そう、チャンスです」


「どういうチャンスだよ?」


「あなたに“英雄王スキル”を与えます」


「え、は? 英雄王スキル?」


 英雄王……武勇や才能に優れ、人々を魅了する力、人類の頂点に立って、人々を守る。そんな英雄(ヒーロー)のスキルを女神は与えようと言っているが織田にとってゲームやアニメの中でしか聞いたことがない設定で、実際はどんなものなのか、わかない。とにかく強いイメージでしかなかった。


 女神スティファーは織田の「白狼騎士団戦記」の本を掲げる。


「あなたはあなたが作り出した世界で自ら英雄王となり、世界を救うのです」


「世界を救う?」


「与えられた英雄王スキルに感謝し女神スティファーの偉大さを知ることになるでしよう。そして、私を崇め、私の名を世界に広めなさい。それがあなたの目標とします」


「名を広めろって、何言ってんだ……。やっぱり、あれか、知名度が低い女神ってやつだろ?」


「ち、違うわよ!! こう見えても有名なんだからね!! あなたが知らないだけなんだからね!!??」


 どこか、必死な様子に織田はなんとなく理解した。


(―――やっぱ、こいつ、マイナー女神だな)


 女神スティファーは杖の石突きで床を3回叩くと何かを唱え始める。すると杖の先端にある水晶が淡い光を放ちはじめ、光の塊が織田の目の前にゆらゆらと浮遊しながら飛んでくると胸の中へと入り込み、消えてなくなる。胸の中に入った瞬間、ほのかに暖かくて、どこか優しい気持ちになれた。そして、身体中から力がみなぎってくるような感じがした。


 やがて、眩しいほどの光が自分の身体からあふれ出し完全に視界が奪われる。



 



 光が弱まっていき、視界が広がっていくと目の前は緑地が広がっていた。


「どこだここ?」


 周囲を見渡してみる。どこまでも続く平原に小さな丘陸。見る限りでは日本ではなかった。どちらかと言うとヨーロッパに近い。


 足を一歩前に出した瞬間、鉄がすれる音がした。そして、何か身体に違和感を感じる。とりあえず、足元を見てみる。


 すると漆黒に染められた脛当てを身に着けているのがわかった。


「ん?」


 両手も確認すると同じく手甲を装着していて、全身を中世のフルプレートに包まれていることがわかった。腰には日本刀を吊り下げており、まるで、織田〇長が着ていた南蛮甲冑ににているような気がした。


「な、なにこれ???!」


 身体を動かす度にガチャガチャと音を立てる。


 しばらく、考え込んだ織田は手のひらを拳で叩いて察した。


 「あーこれ、あれか、アニメで見たことあるやつだ」

 

 織田はどこか異世界に転生したのだと理解した。女神が言っていた言葉を思い出す。


「確か、俺が作った世界で英雄王になれ、とか無茶苦茶なこと言ってたな……」


 織田は再び、視線を身に着けている装備に向けた。


「てか、待て。これ、本当に英雄王の装備なのかよ??」


 漆黒の鎧、赤黒いマント。身体からにじみ出る黒い霧のようなもの。どう見て、魔王とか、闇属性タイプの敵キャラにしか思えなかった。


「と、とりあえず、状況を確認しよう……」


 女神が言っていたことを頼りに転生したという仮説をたてて、自分が書いた作品を思い出す。


「――――となるとここは俺が作った世界で、設定上、ボルディア大陸のどこかの平原ということか」


 ふむふむ、と呟く。


 織田が書いた小説「白狼騎士団戦記」の物語の舞台は広大な大陸ボルディアで繰り広げられる国同士の争奪戦、そして、魔王バルグガンドの復活により、滅亡の危機へと向かっていくことになる。厄災の中、突然現れた英雄が魔物を次々に倒し、白狼騎士団と共に世界を救う、といったザ、王道ファンタジーだ。


 織田は今、どこいるのか周辺をもう一度、確かめてみる。遠くの方、起伏の何もない場所に忽然と現れる二つの山を見つけた。


「あれは双子山か。ということは位置的にルーディン平原か」


 ルーディン平原はボルディア大陸の中央から西側寄りの場所で、二つの大国、ローレシア国とモルド国との国境線の中間に位置する場所にある。


 このローレシア国とモルド国との仲は非常に悪く、毎日のように領土の奪い合いを行っている。そんなバチバチにしている2国の間に突如として現れた魔王バルグガンドにより、休戦協定を締結。協力して立つ向かう予定だったのだが、お互いがお互いを信頼ができず、個々で戦っている。


(――――ルーディン平原……)


 織田が気が付いた時には、すでに地面を揺らすほどの馬蹄の音と空気が震える喚声の声がし始めた。視線をそこへと向けるが、丘陸の向こう側だったため、織田は恐る恐るそこへと向かい覗き込む。


 そこでは、たくさんの兵士と魔物の兵士が入り乱れ、剣や槍を交えていた。演習とかではない。本気の殺し合いをしている。


「げっ。戦争してんじゃん。いや、この場合、俺が戦争をさせてることになるのか……?」


 緑地は赤い血で染まり、兵士の亡骸は至る所に転がっていた。軍旗を掲げた一団が魔王軍陣形の側面へと回り込もうしているのが見えた。


 掲げる軍旗は白地に狼、剣を交差させた紋章。身に着けているのは白銀の鎧。


「白狼騎士団!!?」


 身を乗り出して、見つめる。最前列で剣を掲げ、茶色の長髪をなびかせ、男に引けを取らないほどの声量で声をあげ、後続の騎士たちを統率している。


 遠くで、後ろ姿でしか見えなかったが、先頭にいるのが、なんとなくだが、エレノア・シュタインベルグのような気がした。


 エレノアが率いる白狼騎士団はうまく回り込むことに成功し、魔王軍の側面へ雪崩れ込む。横腹を食い破る勢いで、陣形を大きく乱していった。


「さすが、騎兵による機動性と突破力。実際に見てみるとこんな動きを見せるのか。なるほど」


 文章と想像だけで、多くの兵士が移動することろ、戦うところを目の当たりにして、アニメや漫画よりも迫力があった。そりゃあ当然だが。


 勢いはよかったが、魔王軍の中央あたりで騎兵の速度は落ちていった。


「あぁ、これはまずい」


 陣形を乱したのはいいが、その乱れた隊列を戻そうと魔王軍の予備戦力がここで動員され、空いた穴を塞ごうと動いている。そうなれば、周囲を完全に包囲されることになる。包囲を阻止するためには温存している歩兵を向かわせて、退路を断たれないようにするのが得策だった。


 織田の視線はローレシア軍とモルド軍の本隊へと向けらえる。歩兵部隊と騎兵部隊を両国軍ともに温存しているように見えた。そこまではいい。


「よし、救援に向かわせろ!」


 織田はそう告げるもローレシア軍とモルド軍は部隊を動かす様子がなかった。


「おいおいどういうことだ?」


 両国軍は兵士を温存したい、相手が兵を出してくれるだろう、といった最悪の行動を取っている。さらには善戦する歩兵部隊を順次後退させていき、ローレシア軍もモルド軍も自軍の本陣の防備を固め始めていた。


「おいおい、嘘だろ……」


 白狼騎士団は中立国家ファリムス公国の所属だったため、ローレシア軍もモルド軍もわざわざ危険な目にあってまで救援に兵を向かわせるわけにはいかなかった。


 確かにその考え方は正しいこともある。兵士を失うことは国家としての防衛力を失うこと。領土を守るためには兵士を温存しようとする考えを持つことはおかしいことではない。しかし、それは自己中心的な考えであって、世界が滅亡するかもしれない状況下で、互いに協調できないことが信じられなかった。


 白狼騎士団は囮として使うつもりなのか、完全に捨て石として見捨てようとしている。白狼騎士団は完全包囲されてしまい円陣を組んで、応戦している。


「ふざけんなッ!! ちくしょうが!!」


 怒りのあまりに居てもたってもいられず、織田は日本刀を引き抜き、丘陸を駆け下りていた。

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