異変、そして終章
ふと足元を見ると、影の異変に気付いた。やけに影の傾きが早い。あっという間に私の影は店の陰に飲み込まれてしまった。頭上の赤い提灯が灯りだし、早送りでもしているかのように太陽がビルへと隠れた。明らかな異変に辺りを見渡す。街がどんどん青く染まっていく。青い夜に塗り替えられているのだ。
少しの恐怖心から私は駆け足で表通りへ急ぐ。やけに人通りが多い。まるで私が小人になってしまったかのような錯覚に陥るほど、街を歩く人物はみな長身で、外灯があるのに顔は影が落ちていてよく見えない。まるで人でないもののように感じ、私は目を合わせないように道の真ん中だけを見据え、ぶつからないように走る。早く例の駐車場へ行かなければ!だが、どこからか溢れ出す濃い霧の中へ無謀に突っ込んでいく勇気は私にはなかったので、虚しくも小走りで移動するしかなかった。
遠くにガス灯があることに気づき、とりあえずあそこまで走って一休憩しようと駆けだした。
…おや?私の足はこれほど速かっただろうか?どんどんガス灯へ近づく。いや…ガス灯が近づいている…?現実的にはあり得ないことなので、霧に見せられた錯覚かアニメの見過ぎだろうと割り切り、とにかく急いでガス灯へ向かった。
ガス灯へ辿り着き、私は肩を揺らしながら息をする。くそ…短期型持久力め…と自分の体質を恨めしく思いながら顔を上げると、ガス灯へ巻き付けられた看板に目を留めた。
“お客さん、彼方へどうぞ”
看板に書かれた矢印の方を見ると、レトロモダンな茶色い鉄道馬車が止まっていた。正直ためらったが、出発の笛の音につられ、私は馬車へと飛び乗った。
車掌?さんに一礼して馬車の中に入る。やけに暗い車内は電灯もないらしく、外からの薄暗い光を頼りになんとなく数人いるのだと認識するしかできなかった。この馬車に乗っている人も、暗いせいなのか顔が影に隠れて見えなかった。
空いている席に縮こまりながら座り、外の景色を眺める。そこまで早くない馬車から見た景色は、ゆっくりと流れる光の帯が幻想的で、霧に包まれた世界はどこか夢心地の様に感じた。
恐怖心の緊張からか、はたまた満腹状態からか瞼が徐々に下がり、外の滑らかな光の粒を見つめながら、馬車の音を子守唄に微睡んだ。
ハッと目を覚ます。
私はいつの間にか、例の脇道に入る手前の表通りにいた。左側を振り向くが、そこには何の変哲もないお店が建っているだけで、私が入ったはずの歩道は跡形もなく消え去っていたのだ。
あれは、夢?
時刻を見ると、四時を過ぎていた。歩道を見つけた時から二時間以上たっているのに、ずっとここに立ち続けていたわけがない。
いや、写真を撮っていたはずだ!写真フォルダを開くが、あの街の写真は全て霧に紛れ青くなっていた。手帳に書いたメモを読み返すが、まるで泥酔して書いたようなめちゃくちゃな文字になっており、解読不可能だった。手帳に挟んだ動物の毛を取り出そうとしたが、茶色く枯れたそれは手に取った瞬間粉の様にぱらぱらと朽ちた。…明らかに、あの街の記録が消えている。
だが、唯一確信できることが一つ。空いていた腹が満たされていることだ。確かにあの味も覚えている。
妖に化かされた…?
普通であれば、無事に戻れるかわからない街を彷徨い、その街のものを口にしたのだから、ヨモツヘグイを浮かべぞっとするところだろう。だが、私の心には恐怖感よりもわくわくの方が強く残っていた。霧の中を彷徨った時も、確かに若干の恐怖心はあったが、私はほのかに笑っていたような気がする。
なんとも不思議な経験を、覚えているうちに手記へ書き込む。
また、行きたいものだな。
さて、以上が私の経験した奇怪なお話。あのあと調べたら、それらしいものがありましたね。いわば都市伝説的な街だったようです。また行きたいなぁ…と思って何度もあそこへ行くも、やはり行けなかった。もしかしたら、行こうと思っていくものじゃないかもしれませんね。
もしあなたもこの街へ行ったら、是非あの洋食店へ行ってください。病みつきになりますよ?
これにて、「裏浜散策記」はお仕舞お仕舞…
裏浜散策記 水無月ハル @HaruMinaduki
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