散歩と食事
短い橋を渡っていると、バーの集合住宅のような場所を見つけた。曲線を描いたお店の集合住宅?は、一階は飲食店で二階にバーがあるようだった。曲線の外側から見ると、上のバーはアパートのような雰囲気で、下に立ち並ぶ窓はまるで神隠しの映画に出てくる従業員部屋のように古めかしかった。ところどころ赤色に染めた木の窓枠と汚れたガラスが、なんともレトロチックだった。海の水が流れ込む運河の揺らめきの映り込む壁際がきれいだったので、スマホを構えて一枚。また角度を変えて一枚。予想だにしない昭和レトロとの出会いに、すっかり興奮してしまったな…。
バーの集合住宅の表へ回り、下の店を一つ一つじっくり見ていく。まだ夕方ではないので、上のバーも下の店も開店準備中だった。レトロチックな傘電球や木の扉、薄汚れた看板がいい味を出していた。
それぞれの国模様を感じる飲み屋が多く、特に鳥の肉を扱っている店が多かった。バーの集合住宅のお向かいさんには、やはり鳥のおでん屋さん。その横には潰れた喫茶店、ガラス戸にはエルビスプレスリーの等身大パネルが見えていた。…好きなんだろうなぁ。きっと、営業していた時は彼の歌が流れていたのだろう。
ふと通りを見据えると気づいた。もやがかかったように遠くが霞んで見えるのだ。少し走ってもやのかかった場所へ行く。だが、決してもやなどかかっておらず、辺りを鮮明に見渡せた。来た方向を振り返ると、今度は元いた場所にもやが発生していたのだ。なんどかその場を往復するがやはりその場所にもやなど無く、どのようなことをしても捕まえられぬ、逃げ水ならぬ逃げもやだったのだ。なんとも不思議な状況が面白く、これも写真に収めた。
すると腹が大きな音を立てて鳴った。腹の虫がどうやらご立腹のようで、鳴るのを一向にやめない。
機嫌を取るためには早く行かねばと店を急いで探す。地図に記載された、大きな鳥居のような屋根のような、赤い提灯が特徴的な通り門を探して走るとすぐに見つかった。その通り門のすぐ隣に例の洋食店があった。灰色のシックな壁には、大きく英字で“Gulin”と書かれていた。深い青の雨除けが特徴的な、外見はとてもシンプルなデザインだった。
一見入口が見えなかったので店の横側に回ると、ザ・洋食店といった焦げ茶の入り口を見つけた。ドアは昔ながらの雰囲気を醸し出しており、これは一枚撮るべきだろうと思い、パシャリ。さてさて、私の腹の虫もうるさいことだし、いざ…入店!
入ってすぐに、レジに立っていた店主?と目が合う。少し驚いたような顔をしたと思えば、急に楽しそうに笑って店主は言った。
「これはまた、珍しいお客さんだ」
珍しい客?私のどこが珍しいのだろうか。私が困惑していると、店主は一言謝り、二階の風通しのいい席へと案内した。
窓はガラスの引き戸の様になっており、店内の鏡は窓のような枠組みで洒落た仕上げになっていた。窓から吹き込むそよ風は、走って少し上がった体温をすーっと下げてくれた。洋楽がかかった店内はゆったりしており、座席や店内装飾の余裕のある配置から、ゆっくりできる空間を生み出しているのだろう。
お手拭きと冷や水が持ってこられ、暑かったので水を一気に飲み干すと、ほう…っと息が漏れた。少ししか歩いていないのに、空腹のせいか足に疲れが出ていた。
一息ついてメニュー表を見る。文字だけのメニューを流し読みしていると、なんとも魅力的な品名に目を止めた。
は…ハンバーク&エビフライセットだと…!?
ハンバークとエビフライ好きには最高すぎるセットに、私は一瞬で目を奪われた。不味いはずないんだな…このセットが。…おっと、つい涎が。
私は意気揚々とこのセットメニューを頼み、料理が来るのを待ち遠しく思いながら、暇潰しに店内を見渡した。
ソフトカラーの木材とセメントが程よい色合いで整い、太い柱と表面がぐにゃぐにゃした梁の細さの対象が面白く、それによって見渡しのいい空間を自然と作り出していた。窓下の景色を眺めるのはとても面白かった。人間を普段見ない角度で見れること、向かいの店の看板と同じ高さに私がいること、遠いようで近く感じる地面が、全て新鮮な感覚に感じた。
さほど時間がかからないうちに、主役の御登場だ!
銀の皿に乗った肉厚なハンバーグに一本のエビフライ。付け合わせのナポリタンと千切りキャベツ、ポテトサラダ。程よい量の白米が目の前に並べられる。
まずは肉厚なハンバーグにナイフを切り込む。分厚い肉ブロックを一口……うまいじゃないか!たっぷりかかったデミグラスソースの濃厚さと、ハンバーグのジューシーさが程よく口の中で広がる…。もう一口含み、ハンバーグの旨味をじんわりと味わった……。三口目に入る前に、一旦口休めに程よい水加減で炊かれたライスを一口。
口の中の味がリセットされたところで、フォークをポテトサラダに運ぶ。ポテトサラダが苦手な私にとって、果たしてこの味はどうか…。恐る恐る口に運ぶと、意外な味に私は驚いた!マヨネーズが多すぎず、ジャガイモの味がよく生きたポテトサラダは、私でもすんなり食べられる理想の味付けだったのだ!
もう一つの付け合わせのナポリタンも食べてみるか。
スパゲッティ自体もそこまで得意ではないが…いかに…………こ、これは…!うどんの様に太いもちもちの触感と、デミグラスソースと混ざった深い味わいがなんともうまい…!ちゅるりと喉を通る柔らかな麺に、私はすっかり病みつきになってしまったな…。
なんと予想外なセットなんだ…私が苦手とするものまで全て美味いだと…?これはとんだ穴場に来てしまったのではないか?
千切りキャベツも程よい細さで、シャキシャキと鳴る歯応えが新鮮さを物語っている。味の濃いハンバーグとナポリタンを、味の薄いライスやキャベツで緩和し、口の中にまとわりつかないポテトサラダのまろやかさが素晴らしい配分で作られている…。
さて、お待ちかねのエビフライタイムと行こう。こうゆうセットによくあるエビフライは一本で、特に中が寂しかったりするんだよなぁ、っと思いながら切り込むと……私は目を見張った。
なんなのだ、この店は。ここまで来て…まさかこんなだとは夢にも思わなかったぞ………エビが…エビが……!でかい!まさにエビフライ好きが求めるエビではないか!?皮のかさましなど一切ない!丸々とした太いエビの断面が見えるではないか!こんなエビが出る、ハンバーグ&エビフライセットを見たことがあるか!?否!無い!
見た目だけでも味を物語っているが、実際の味は想像以上のものだろう…いざ、実食!
シャクシャクと鳴る衣に、プリッとした肉厚のエビ!一ブロックサイズだけでも、油が一切邪魔していない新鮮な衣や、エビの旨味を存分に味わえる一品だった…。私は思わず、内心でガッツポーズを取った!
期待を裏切らないどころか予想の斜め上を突き進む味は、我が舌基地を爆撃し、好感度はうなぎ登りの鯉の滝登りだ!早まるフォークを止められない…!止めることなど無粋に値するほどだ!
あっという間に食べきり、最後の一口をハンバーグで締める。喰った…食後の冷や水を口にしながら、先ほどまでの味を思い返す。値段に値する味や満足感。むしろこんなに美味くてこの値段でいいのか心配になるくらいだ。
…いかんな。もう一度食べたい欲が…………腹はまだ空いている、二食食べても値段は二千円ちょっと………私はすかさず店員を呼び、また同じセットを頼む。二食目が出てくるのが待ちきれない気持ちから、子供のように足をパタつかせた。
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