第七拾壱話 ー河童 その七ー

「――オヤジっ! そうと決まれば、キザクラさんを交えて具体的な計画案を作りたい! 町の有力者たちを巻き込もう! 街道の開通以来の大事業になるぞ!」

「そうね、兄さん! キザクラ様に家に来てもらって、お話しを聞く席を設けましょう! お父さん、構いませんよね?」

 サッキまで険悪だった兄妹が、ころりと仲良く同調し始め、マコトもアイも目を丸くする。

 これも河童のキザクラが急に持ち出した『夢の大吊り橋建設計画』のおかげである。


「あ、ああ。コイツを家に招くのは、喜ばしい事だが……」

 しかし、二人の父デファールの歯切れは少々悪いようだ。

「今、耳にしたばかりの話しを、何もそんなに急ぐことなど……」


「何を言うかオヤジ! 善は急げだろう。コウ! 宴席の準備を頼めるか? 俺はいったん店へ戻って食事と酒を届けさせる様、部下に手筈を整えてくる!」


 兄妹たちは、いっさい聞く耳を持たない。


「分かったわ、兄さん! アイさん、悪いケドお手伝いをお願いしてもイイかしら? 私ひとりじゃ、とてもじゃないけど手が足りないわ!」ばるるるんっ!

 嬉しく弾ける大巨乳が、満面の笑みでアイに迫った。


「え!? え、え……ええ、もちろんイイですよ」

 実の兄と対立し、失意と憤りだった表情が一転、希望の笑顔に変わったコウに押されて、アイの苦笑いの了承は仕方がない事だろう。

「キザクラ様、粗末な小屋ですが精一杯もてなさせて頂きます。どうか我が家にいらして『かっぱ橋』のお話しを詳しくお聞かせ願えませんか?」


「う、うむ。それは嬉しい誘いだが……我が邪魔しても良いのか? デファールよ」

 キザクラは隣で心配顔の友を、そうっと伺う。

 彼が気乗りのしていない事を、敏感に感じ取っているのだろう。


「ああ、ぜひ家へ来て持て成されてくれ。だがその前に、少し二人で話しをしないか? 暫らく会っていなかったんだ。話したいことは山ほど有るぞ」

「おお! おう、それは是非!」

「――コウ、そういう事だ。お前はアイさんと先に戻ってキザクラを迎える準備をしてくれ。俺はコイツと二人きりで、久し振りに語らいたい。頼むぞ」


「分かりました、父さん……アイさん、帰りましょう」

 笑顔のコウ。

「え? う、うん、はい」

 アイは胸に抱いたマコトの頭へ、小さな鼻をくっ付けながら頷いた。



(――マコト? 聞こえる?)


 ぴくんとマコトの耳が跳ねる。


(――接触テレパス? アイ、やるね)


(――やるでしょ、ふふん……マコト、ここに残って二人の話を盗み聞きしてくれない? ちょっと気になるの)


(うん。ボクも気になる。分かった、隠れて聞いとくよ)


(お願いね……何か食べたいもの有る? せっかくだから、ご馳走になりましょう?)


(えぇ~……? あのね、やきとり)


(わかったに買わせる)


 たん、と軽い音で、マコトは湖岸に降り立つ。


「あ、ジュニアさん? 食事の買い出しに行くなら、キザクラさんの大好物をお教えしますわ! おほほほっ! これさえ揃えとけば間違いなし!」

「おおおっ! さん有難い!」


 ひくッ……。


 アイのノースリーブの肩を薄っすら怒りのオーラが揺れる――が、それに気付かず前を歩む兄妹は、楽しそうに仲良く語り合っていた。



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



「――キザクラよ……お前、何を企んでる?」

「たくらむ? おかしなことを言う友人殿じゃ」


 湖岸の砂浜に転がった岩の上に、河童とレッサーデーモンが昔のように肩を並べ、月を見上げて語り合う。


「自分の住む島に柱を立てるって? そんな事をしたら、いくら不死のお前でもタダでは済まないだろ」

「ああ? うむ……そうかも、しれぬのう」

「知れぬのう、じゃないわ! カッパが環境の急変に負ける生き物だってことぐらい、俺だって知っているぞ!」

 デファールは、のん気な友の言葉に怒りの叫びだ。

「俺の娘を嫁に貰うと言って置きながら、サッサと自分は死ぬつもりかっ!」

「うふふ……」


 暗い湖水の夜空を見上げるキザクラは、淀みのない金の瞳にハート形した桃色を小さく灯し、やわらかい微笑みのように細めてみせる。昔から何も変わらない湖岸の夜だ。

 背後の町の方からは時おり遠く、生活の気配が聞こえていた。


「大昔に我はの、お主らデーモンたちが荒野の向こうに現れて、森を開いて住み付く様子を、あの島から眺めておった」

 彼の瞳はもう、数百年も過去の記憶を映している。

「ああ、俺たちの先祖は、あの荒野の遺跡から移住してきた、と聞いている」


「そうじゃ。家が集まって『集落』になり、子供が生まれ『部落』になり、そして『村』ができる……我のように自然に湧いて、たった一人で何百年、何千年と生きる者とは、まったく違う営みが不思議じゃった」


 キザクラの言葉は、優しさに満ちている。


「お主の爺様の、じい様たちの粗末な木の小屋が一軒、また一軒と増えていくのを見るのが好きじゃった」

「この地には元々、我ら『魔族』と呼ばれる者は住んでいなかったんだろう? 恐ろしくは無かったのか?」


 デファール達『レッサーデーモン』を代表とする魔族は、この辺りに昔から住んでいた獣人族よりも、強い生命力と魔力を持ち、その力を怖がる者も大勢いる。

 対岸のリザードマン部落と交流があまり無いのも、そう言った理由が大きい。


「――初めは、お主らデーモン達が湖を破壊するのでは? と、監視の意味で見ておったのじゃがな、違っていたわ」

 苦笑うキザクラ。

「我を『湖の神』と立てて、胡瓜を供えてくれる程、親しみを見せてくれた……良き隣人じゃ」


 ――そして友を見つめる。


「貧しいが懸命に、地道に村が大きくなって行く様が嬉しくてな……そんな日に、お主と出会ったのじゃよ、デファール」


「……キザクラ……」


 デファールの視線も熱くなった。


「――我は、お主らをもっと幸せにしてやりたいのじゃ……我の寂しさを紛らわせてくれた、あの町に恩返しがしたいんじゃよ」



 岩に並ぶ二人の背中を包む月明かりは、隠れて見つめるマコトの心も暖かく照らしていた。

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