第七拾話 ー河童 その六ー
「――はし? 橋梁って事ですか?」
アイが首をかしげる。かっぱばし?
「うむ。河童の造る橋は昔から流されぬと評判じゃ。橋を作るのは我ら河童のお家芸の様な物なのじゃ」
「へぇ、知らなかった」
いがみ合いを続ける兄妹に向かって、キザクラが新たに提案を出す。
「どうであろう。この湖の対岸にある『リザードマンの部落』へ向かい、長い橋を架けようではないか! 我々の手によって! 対岸は昔から様々な獣人族の集落が点在する土地だ。橋が有れば今よりももっと交流が盛んになり、この町も更に栄えるのではないか?」
キザクラのこの発案はデファール一家にとって驚きのモノだったのだろう。皆が一様にポカンと口を開けて彼の緑青の顔色を見つめた。こうしてみると確かに家族。よく似ている。
「そ……そんな事が可能なのか? キザクラよ」
最初に口を開いたのはデファールだった。あまりにも突拍子もない友の言葉に、驚きの色が隠せない。
「ああ、可能だとも、デファールよ」
友人を驚かせて見せた喜びに、キザクラはご機嫌である。
「我はカッパぞ! 神通力の河童様じゃ!」
「――す、凄いです、キザクラ様! さすが私の旦那様ですっ!」ばいん。
感動に弾ける巨乳。もう旦那さま呼ばわりか。
「そんな壮大なプロジェクト、歴史的建造物になりますよ! 荒野の遺跡なんか目じゃない!」
コウの恋する瞳には、既に湖の対岸と結ばれた、ながい長い愛の架け橋が思い描かれているのだろう。
「魔族が住む大きな町で、へんてこりんな制服を着た売り子になるより、新しい取引先を開拓する方がよっぽど夢が有ります!」
確かに北西に有る『マジンゴー』という大きな街とは、もう街道で繋がっている。
商人達は度々この町を訪れ、その取り引きは既に盛んなのだ。
そこへわざわざ新店舗を出せば、来ている客はそちらに流れ、この町の本店はしだいに廃れていく事だろう。
逆に対岸の獣人族の部落とは、小さな港同士を繋いだ手漕ぎボートの交通しかなく、物流は現在ほとんど無い。
多くの荷物を一度に運び、気軽に行き来ができる橋が完成すれば、人々の往来は多くなり、その経済効果は計り知れない筈。
対岸へ新たな市場を求めて進出し、更に橋と魔族の街からの街道を繋げれば、この町は『交通の中継地』として大きく発展していく事だろう。
「ちょっとまて、コウっ!」
希望にあふれる巨乳を揺すり、キザクラの応援を始めた妹を、ジュニアが冷静にたしなめた。
「キザクラさんは簡単に橋を架けると言っているが、お前はそれが、どれだけ大変なモノか分かってるのか? ただ湖底に杭を打ち、板を渡せばイイって物じゃないんだぞ」
彼の言葉は正しい。と、アイは思った。
この辺りは上流に比べ、まだ湖の幅が狭いとは云え、その対岸までは、かすんで見える程に離れている。
この長さの橋梁を造るのは、如何に河童の神通力が優れていようとも、難しい事に思われた。
「そうですね。それに湖には多くの船が行きかっています。『跳ね橋』等の特別な橋でなければ、交通の邪魔にもなるでしょう」
アイの客観的な分析だ。
「――いや、河童の橋梁技術を舐めて貰っては困る、アイ殿よ」
そんなアイに、キザクラが水掻きの指を振り「ちっちっち」と、くちばしで舌打ちする。器用だ。
「我に考えが有るぞ」
「考え?」
「うむ……吊り橋じゃ!」
そうニヤリと、くちばしを片笑んでみせた。
――実に器用。
「――橋を吊るには背の高い柱を立てる場所が必要だぞ?」
「なに、我が住む中ノ島が有るわい。対岸にも同じほどの大きさのモノが有る。どちらの島の地盤も昔から有った、しっかりした物じゃ」
この湖岸からすぐ其処に見えるキザクラの島。その向こうに霞む対岸の手前に、同じような姿かたちの島影が確かに有る。
湖が小川だった頃から住んでいたというキザクラの話しだ。二つの島は元は小高い山か、丘の頂上だったのかも知れない。
「この二つの島に二本ずつ、四本の高い柱を立てて見せよう。太いワイヤーで互いを結び、それで船が下を行き来できるほどの、高い橋を吊るすのじゃ! どうかな?」
「おおおっ!」
キザクラの壮大な計画に感嘆の声を上げたのが、まさかのジュニアであった。
現在は金物雑貨商会の会頭だが、鍛冶屋デファールの息子。そこまで大規模な工事が成功すれば『あるいは』と、思ったに違いない。
「――だがな、キザクラよ」
息子の感動と娘の感激の表情の中、浮かない顔のデファールが友に言う。
「お前の住む場所が、失われる事になるぞ。それでも良いのか?」
「うん? 構わぬよ。別にあの島に特別な思い入れが有る訳じゃなし、我があの島に住まうのは、この町が賑やかになって行く様子を、眺めているのが好きだったからじゃ」
そう言って旧友の肩をポンと叩く。
「我はお主の工房のそばに住んでみたいのう。どうじゃ? ご近所になってもらえぬか?」
「……お前が
「よい。コウ殿も嫁に来てくれると言うのなら、島暮らしをするより、お主のそばで暮らせた方が安心じゃろうて!」
「き、キザクラさまっ!」
感激のコウ。
「わ、わたくし、幸せ者ですぅ!」ばるん。
キザクラの腕に、そっと身と胸を添わせた。
「こ、こ、こ、コウ殿! わ、我、て、照れてしまうぞ!」
慌て顔を、ヘンな色に白黒させ、純情なキザクラであった。
「――河童様……本当に可能なんだな! 橋の事も……コウを幸せにするという事も、約束してもらえるんだな!」
そんな二人に、やけに真面目な顔つきでジュニアが問う。
「……河童に『二言は無い』と、誓ってもらえるんだな!」
「……ああ……二言は無い……誓うよ、ジュニア殿」
「……そうか……」
――湖岸で争い始めた兄妹達が、これで上手く仲直りが出来そうだ。
そう思わせる、河童の驚きの提案だった。
だが、久し振りに友と再会を果たしたデファールと、か細い胸にマコトを抱いたアイの、ふたりは何故か、笑顔のキザクラを浮かない顔つきで見つめていた。
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