第六拾九話 ー河童 その五ー

「なによ、兄さん! 何しに来たのっ!」ばろん!

「むみゅ!」と、マコトがそろそろ限界らしい。助けて欲しそうに時々アイと目が合う。


「あ、コウさん? マコトを、お預かりしましょう」

 アイが溺れるマコトを救い出した。

「だいじょうぶ? マコト」

「……みぃ(もう散々だったよ)……」

 マコトはアイに保護され、ようやく生きた心地だ……凪の様に静かで安らぐ胸。


「み(ああ、ジュニア来たの)?」

「うん。上手く話し合いが出来れば好いケド」



「はぁはぁはぁ……」

 砂浜全力疾走のジュニアは荒い息遣いだ。店から走ってきたのだろうか? 気合は認めよう。

「……お、オヤジ……コウを……妹を嫁になんか出さないでくれ」

「ジュニア……おまえ」

 デファールが驚きの声。

「どうしてここに……」

「……み、店の者に……作業場を……ハァ、ハァ、み、見張らせていたんだ……」


「おお! お主がアノ赤ん坊だったジュニア殿か!」

 キザクラは感激の叫びだ。

「なんとまぁ、大きく、立派な跡継ぎに成長したものよ!」と、懐かしそうに目を細める。


「……あ、アンタが『キザクラ』さんかい?」

「いかにも。我がこの湖がまだチョロチョロの小川だった頃より住まう、河童のキザクラじゃ」

「……そうか……この湖の神さま……らしいなぁ……」

 そう言うとジュニアは息を整えキザクラへ向き直る。キュッと銀のネクタイを締め直すと、背筋を伸ばして深々頭を下げた。

 意外にも礼儀正しいその態度にアイが驚く。


「頼む、カッパ様! 妹を! コウを嫁に取るなど言わないでくれ! コイツをあの中ノ島で一生囲い続けるなんて、言わないでくれっ!」

「えっ!? わ、我は、なにもコウ殿に、そんな生活を強いるつもりは……」

 キザクラがジュニアに向かって、水掻きの付いた両手を慌ててフルフル振り否定する。

「大切なデファールの娘御を、島に縛り付ける事など……」


「兄さん! 私を店に縛り付けようとしているのは兄さんの方でしょう!」

 恋する乙女の巨乳が再び暴れ、マコトの身体に拘束と拉致の記憶を呼び戻す。

 今この話し合いの場には、過剰に好戦的な武器を、左右に隠し持たない者がいる。

 マコトは身をもって強く理解していた。


(縛り付けるには、長く丈夫なロープが必要……)


「私はおっぱいの大きさで会員を決めるなんて、怪しげな秘密結社になんか入りません!」


 コウが激しく拒否をした。そりゃそうだわ。


 ここからデファール家の、怒涛の兄妹ゲンカが始まった。


「なぜだ! お前のからしたら上級会員だって夢じゃ無いんだぞ! 実際、覆面調査員の方々には大好評! アチラは大通りに面した一等地を用意して下さってるんだ!」


「だからって、あんな『やたら胸ばかり強調した、センスのひとかけらも無いエプロンドレス』なんて制服は、わたしは一生着るつもり無いわっ! スケスケだし、怪しげなは付いてるし!!」


「お……おまえ、あの『特別ユニフォーム』を見たのか!」目を見開き固まるジュニア。


「秘書の『もりみ』さんがコッソリ教えてくれたの! お兄ちゃん、サイテ~よっ!!」


「おのれ『モリミン』! あれほどトップシークレットだと言い含んでおいたのにっ!!」


 彼はコブシを強く握り、信じていた者の裏切りに全身を震わす。


「もりみさんは中学生の息子さんがいるお母さんなのよ! あんな格好イヤに決まってるじゃない! 息子さんが二度と『ママ』って呼んでくれなくなるって泣いていたわ!」


「バカなっ! あのユニフォームは『ロックバルーンはチェリーボム(以下RC)』の最重要会員だけに許されるプレミアム衣装! 俺の商会でも三着までしか認められていない『黒海牛』の貴重品だぞ! おまえと『モリミン』、そして案内係の『ゆさぴょん』の三人には、あの衣装で接客してもらう!」


「バカはお兄ちゃんよ! あと、お店の従業員さん達を変なあだ名で呼ばないでっ!!」


「カワイイんだから仕方ないじゃないかっ!!」ジュニアは胸を張って、開き直る。


 『ゆさぴょん』とは、きっと『フットワーク』の軽いおね~さんの事。『モリミン』は紅茶を出してくれた優しそうな秘書さんなのだろうと、アイとマコトは当たりをつけた。おそらく正解。自信の解答。


「お兄ちゃんみたいなのを『セクハラ』って言うのよ!」

「そ、そげん単語兄ちゃん知らんばいっ!!」



「ま、待たれよ! 待った! 二人とも少し落ち着くが良い! わが友デファールが悲しんでおるわ!」

 仲裁に入ったのは、キザクラだった。

「この度の騒動は我の軽はずみなワガママのせいじゃ。この通り頭を下げるから、兄妹げんかなどしないでくれ!」


 頭を下げた彼は、申し訳なさそうに絞りだす。


「ジュニア殿、コウ殿、そしてわが友デファールよ! 本当に悪かった。この話しは忘れてくれ!」

 しわがれる謝罪のトーンが、少し柔らかい口調へと変化した。

一刻いっときとはいえ我の知らない『家族』と云うモノを持つ夢が見れた。ありがとう! 楽しかったゾ」

「き、キザクラよ……」

 禿げ頭を下げ続けるキザクラの緑青の肩を、後ろに手を添え抱き寄せるデファール。


「い、嫌ですキザクラ様! 私は……コウは貴方様の、お嫁に行きたい……のです」

 涙を押さえる巨乳美女。にくいぞキザクラ!


「コウ……河童様も白紙にすると言って下さってるんだ。お前は俺の商会に入って『RC』の支援を受け、店を出すんだ」

「嫌よ! お店には入らないって言ってるでしょう!」

「コウっ!」



「あのぅ……ジュニアさん、ちょ~っとイイですか~?」

 ここで今まで黙って聞いていたアイが口を挟んだ。

「キザクラさんとコウさんの縁談が無くなったとしても、お店に入る事と直接、関係は無いと思うんですけど?」


「――なんばい、きしゃんっ?」

 愛妹へ向ける、いとおしい視線から一転、煮干しを見るような目! おのれ差別主義者め! 焼いちゃうよ。

「コホン。だいたい何です、その『RC』ですか? 秘密結社って。そんなの部外者の私から見ても怪し過ぎるって判りますよ?」


「そんな事も知らんのか! あの『マジンゴー』の街に出店するには必要な事だ。加入していれば店の大成功は保証されると云って良いんだ!」

 ジュニアが熱く語る。

「マジンゴーと、街道で行き来が盛んになった今が出店のチャンス。逆に『RC』に所属していなければ、あの街で生き残る事は難しいかも知れない」


「え? でもぉ……」

 アイは出来るだけ可愛らしく造った声で聞く。

「街の方に新店舗を構えたら、本店にお客が来なくなるんじゃないですか~?」


 小さなあごに人差し指を当て、こくんと小首を傾げて見せたが、ジュニアの煮干しの視線に変化は無い。この巨乳信者!


「み、店を大きくするには、ま、マジンゴーの街へ出るしかない!」


「他に、新規開拓できる場所って、無いんですか~ぁ?」こくり。無視。おのれ。


「この町の先には『遺跡の荒野』しか無い! 此処は最果ての辺境なんだ!」


「――あ、あの~……」


 デファールに慰められるキザクラが、おずおずと挙手して切り出した。



「わ、我……橋を……造ろうか? 『河童橋』……」

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