第六拾八話 ー河童 その四ー

「――せがれがね、年が離れて授かった妹の『コウ』を、そりゃぁもう可愛がっちまってさ……」

 思い出を語るデファールは苦笑いだ。隣で聞いている大巨乳のコウは、何とも言えない困り顔をしている。


 息子のジュニアに転機が訪れたのが十年ほど前の事。

 この町と、北西に有る大きな街を結んだ新たな街道の、開通だった。

 今まで港近くで、こじんまりと営んでいたデファール商店を、それに合わせて街の入り口、街道の起点へ移して経営規模の拡大を計ると、これが功を奏した。

 明るく新しい店先の大きなウィンドウに並ぶ、数々の小じゃれたキッチングッズ。

 たちまち街道を行きかう人々の評判を呼んで訪れる客は多くなり、小さかった商店は大きな商会へと姿を変えた。

 従業員も大幅に増やしたジュニアは町の経済の立役者となり、代表的名士として大成功を収める。


 ちなみにマコトがアイと出会う前、ナギとこの町を訪れたのは、そうなる以前の事だったらしい。


「この子を自分の右腕に育て上げて、『商いの規模をもっと大きなものにしたい』と意気込んでいるんだ」

「それは別に、イイ事じゃないんですか? 兄妹仲良くお店を繁盛させれば、素晴らしい……」

「いやぁ、それがね?」


「……兄さんは『偏愛』なんですよ!」ばるん!


 これ見よがしに、コウが胸を大きく突き出す。


「わたしは、兄さんのお店で見世物になって働くなんて、まっぴらだわ!」


(――ああ、そういう事ね……これかぁ……)


「見ました? アイさん。お店の従業員たちも、軒並み……どう思います?」

「はぁ……まあ、見てきましたケド……」


 食傷気味のアイ以上に、家族は彼の『性癖』に困っている様子だ。


「ま、アイツの好みも多少はあるようだが、倅が言うにはね? 北西に有る大きな魔族の街に出店するには、ある商工組合へ加入するのが最良なんだが、その『秘密結社』の会員資格が酷いんだよ」

「秘密結社? 会員資格? 酷いって」


「秘密結社『ロックバルーンはチェリーボム』は、会員すべてが規定以上の『巨乳』を持つ事が重要! なのだとサ!」


「……うわぁ……」なんじゃそりゃ?

 湖の上流、北西には河童も知らない『巨乳カップ天国』が有るようだ。正直、行きたくもない。


「『河童に嫁になんか出さない! もったいないっ!! 支店の支配人になって貰う!』の一点張りで、困ってるんですよね」

「へ、へぇ……」


 コウのこの胸なら、間違いなく『上級会員』なのだろう。


「なるほどね。でも、コウさんの気持ちはどうなの? 見た処まだ若いみたいだけど、あんなお爺ちゃんの河童の所へ、お嫁に行くのはイヤじゃないの? ハゲだよ! 全身緑色のツルツルだよ!」

「カッパだもの、普通でしょ?」


 クールな答えが返ってきて、ちょっと驚く。


「私は子供の頃からお父ちゃんに『お前は河童の嫁になるぞ』って、言われてたから、別に気にならないわ。むしろ話しに聞くとキザクラさん、生活力有りそうだし、優しそうだし、頼れそうだし……私なんかカラダは大きいわ、この胸だわ」


 日頃から父親の仕事を手伝ってきたコウは、巨乳に加えて身体付きも大柄で手足も逞しく、かなりお相手に選り好みをされてしまいそうな女性ひとである。

 本人も現実的に色々と考えて出した結論なのだろう。



「う~ん。コウさんが乗り気の話しなら、問題はアノ巨乳好きか……」

「俺としては商売をここまで大きくしてくれた息子に花を持たせて遣りたいってのは有るが、成功する切っ掛けを作ってくれたキザクラの、ひとり寂しい暮らしにも助力して遣りたいとも思っててね」

 ふうっと汗で塩の吹いた額を、巌のような拳骨でたたくデファール。

「悩んでいたらここまで返事を伸ばしちまってた……」


「ひとまず、キザクラさんに会って、事情を話してみたらいかがです? 彼ならきっと冷静に話しを聞いてくれると思いますよ」

 アイは『問題が有るなら、湖岸に来て呼べ』と言ったキザクラの言葉を思い出した。

「あの巨乳好きよりは話しが通じるはずです」


 よほど『巨乳好き』が気に入らないらしい。


「ああ、少し顔を会わせ辛いが、そうも言ってられねぇよな……」

 デファールが白髪頭をがりがりと掻く。



「ああ! ところでデファールさん!」

「お?」

 アイが突然話しを変えた。


「キザクラさんの発明品を買い取ったのなら、私のも買ってもらえません?」

 そう言って、自分の大きな背嚢をゴソゴソと漁り出す。


「ハッキリ言って自信作です!」

「へぇ? いったい、なんだい?」



「――これです!」


 野宿の時に使っているフライパンだ。


「普通のフライパンより底が深いでしょ? 煮炊きも揚げ物もこれ一つ。蓋が付いてて、蒸し物もオーケー!」

 自信たっぷりのアイ。

「更にさらに、この蓋なんと! 立つんですよ! ほらほらっ! スッゴイでしょ!」

「お、おう。すごいね」

「でしょ!? 取っ手の上にお玉も置けちゃう! その名も『アイパン』!! どうです? 買ってくれません?」


 アイは口八丁手八丁で、使い古した自作の鍋をプレゼンし、まんまとデファールから金貨一枚を手に入れた。

 ついでに今夜の宿泊も了解してもらう。



「――うれしいわ、アイさん! 私いつも鍛冶場の父の手伝いで遊びに行けなかったし、おともだち少ないの! 今日は一緒にお風呂に入りましょ!」ばるん!

「絶対、ヤ!」

「そんなこと言わないで、背中流してあげるから!」ぶるん!

「ヤ!」

 マコトはチェシャ猫の様にニヤニヤとアイを観察していた。


 ――チェシャ猫知らないケド。




「――おお~い! キザクラ~っ! 聞こえるか~!」

 夜になって工場から森を下り、湖岸の砂浜へやって来たアイが、湖面に向かって河童のキザクラを呼ぶ。

 少々緊張気味のデファールと、巨胸にマコトを挟み込んだコウも一緒だ。

「お~い、キザクラよ~イ!」



 ――ちゃぽ。


「我を呼ばわるは何者ぞ、と思えばアイ殿か……おっ!? おおおっ!! デファールでは無いかッ!」

 湖上へ禿げ頭を突き出したキザクラが、アイの後ろで白髪頭を掻いているデファールの懐かしい姿に刮目した。

「やぁ……久し振りだな、キザクラ」

「なんと……元気で有ったか? 再びお主と会えるとは、なんと嬉しい事じゃ!」

 砂浜をよろよろと丘へ上がるカッパ。よっぽど嬉しかったのだろう、月夜に金色に光る大きな瞳は再会の涙で溢れている。



「――そうか。下らぬ我が儘でお主の家族に迷惑を掛けてしまったのう」

 申し訳なさそうに項垂れるキザクラ。

「すまない事をした。この通りじゃ」

 ペコリと禿げ頭を下げると、皿の水がつるりと流れ落ちた。


「――そういう事なら、此度の約束事は無効としよう。お主と家族ぐるみの付き合いが出来れば楽しかろうと、ちと欲を掻いてしまったのじゃ」


「しかし、お前が一人で暮らして寂しい思いをしているのは事実なんだろ?」デファール。

「だが、お主が息子殿と気まずくなってしまうのは、我も不本意じゃ」慌てるキザクラ。


「――兄の事は、この際どうでもいいのです! あんなヘンタイ! それとも……キザクラ様は私では、おイヤ……ですか?」

 恋する乙女コウの、瞳と巨乳が揺れる。ばるんっ。

「むみぃ」はさまるマコト。


「そ、そんなことは決して無い! 無いぞ! コウ殿っ! む、むしろ……大好物じゃ」変な色にキザクラが顔を染めた。

 ――シュ~っ! たちまち皿は茹であがる。


「本当ですかッ!? 嬉しい!」ぶっるるんっ! 愛情の歓喜に激しくうち震えるコウの大巨乳。「む、ムみっ!」、もみくちゃにされるマコト。


 月夜の静寂の湖岸が、一気に賑やかになった。


(――なんじゃ? こりゃ……)


 アイが呆れている所へ……。



「ダメだっ!! 兄ちゃんは、絶対に許さんけんッ!!」

 なぜか博多弁のジュニアが月光の湖岸を、白銀のブランドスーツで駆けつけた!!



 砂浜を蹴り進む、白く輝くエナメルの革靴!

「――ゆるさんけんねっ!!」



(――なんじゃ? こりゃ……)めまいのアイ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る