第六拾七話 ー河童 その参ー
作業場に併設された休憩所。
鍛冶場の中は地獄の暑さだが、仕切りが断熱魔法の壁なのだろう、狭く古いが快適だ。
大巨乳さんがお茶を
見上げる巨乳から勧められた牛乳に、マコトは少し戸惑っていた。
「――キザクラは元気そうだったかい?」
全身小さな火傷だらけのデファールさんが、アイからの伝言に、懐かしそうに頭の手ぬぐいを外し、顔をぬぐう。
隣に腰かける大巨乳さんも仕事中だったらしく、汗でスケスケのタンクトップが目のやり場に困る。
えっと、これ、タンクトップだよね? ノースリーブ? まさかTシャツっ!
「……
ついでにジュニアの伝言も教えてあげたアイに、デファールさんは苦く目じりを掻く。
「キザクラには約束を反故にしている形になって、気が引けてるんだ」
そう言って、若かったデファールさんが、河童のキザクラと交わした約束を語ってくれた。
小さな村の貧しい鍛冶屋だった彼は、生まれたばかりのジュニアを抱えて、湖の畔で途方に暮れていた。
村の規模は小さく、鉄製品の需要は少ない。かといって、それなりに大きな町では既に古くから定着する鍛冶職人が販路を確保していて、自分が入り込む隙間など無いだろう。
家族も増え、この先どうやって暮らしていこうか……。
そんな時に、とぷんと水面を揺らして、キザクラが心配そうに彼へ声を掛けてきた。
「――ならば貴殿、我が注文する刃物を、造ってもらえぬか? もちろん、金は払うぞ」
そう言ってキザクラは木を削って作った、丁の字形の小さな道具を渡してきた。
鍛冶屋のデファールも初めて見るもの。何の道具だろう?
「貴殿の村の漁民や農民がの、胡瓜を送って寄こすのじゃが、我はホレ、このとおり」
デファールの目の前に緑青の顔を寄せ、カパッと口を開いて見せた。
「
そう言ってデファールから先ほどの道具を受け取り。
「そこでこの道具でな、こうして皮を剥いてから食するのじゃ」
左手に胡瓜を持つ格好をして、道具を押し付けすいすいと手前に引いて見せる。
「――『ぴいらあ』という、我の発明品じゃ! キレイに剥けるが、木製ではすぐに刃が丸くなる。どうじゃ? やってはくれぬか?」
「おおっ! これは便利! 分かりました! さっそく作ってみましょう!」
さすが鍛冶屋のデファールだ。ひとめでどの様な道具か理解したらしい。
「そうか! これで胡瓜が柔らかく喰えるわ」
キザクラはたいそう喜んだという。
「ところでキザクラさん?」
「ん? なんじゃ」
「この道具は何故『ぴいらあ』というんで?」
「うむ。剥いた皮がな、ぴ~らぴらしとるからじゃ! 良き名であろう?」
キザクラは頭をぺちんと叩いた。
その後デファールは、キザクラから借りた『ぴいらあ』を基に、寝る間を惜しんで研究を重ね試作を繰り返し、ついに満足のいく出来栄えの一品を彼に届けることが出来た。
「おおおっ! この切れ味! 素晴らしき使い心地じゃ! でかしたな、デファールよ!」
「はいっ! 薄い刃を造るのに苦労しました! おそらくこれは、私以外に造れる者は居ないでしょう!」
「うむ! さもありなん! 天晴!」
二人は湖畔に手を取り合って『ぴいらあ』の完成を喜び合った。
「――キザクラさん……お願いが有るんだ」
「うん? なんじゃ」
「この商品を売りに出したい。この『ぴいらあ』は必ず売れる! 俺に造らせてもらえないか?」
「ふむ、よいぞ。どうせお主しか造れぬのであろう? 商品化して世の台所の奥様方に、便利さをお届けするがよい」
「いいのかっ! ありがとう!」
二人はガッチリ熱い男の握手を交わし、互いの友情を確かめ合う。
そして『ぴいらあ』は商品化され、村の奥様方から驚きと喜びの賞賛を博する、デファールの代表作となった。
村での売り上げの何割かを持って彼は、キザクラの元を訪ねる。
「――我のアイデアを、ここまで優れた商品に昇華させたるは、お主の手柄じゃ! 気にするでない」
「いや、そうは行かない。これから世の中は『契約社会』になる。パテント料は受け取ってくれ」
「ぱてんと? めんどくさいし困ったのう。我は金など不必要じゃから……」
「キザクラは、何か欲しいモノは無いのか?」
「……おおそうじゃ。お主、息子がひとり居ったのう?」
「え? ああ。子供は一人いるが?」
「この先、もしお主に『娘』が出来たら、我の嫁御に貰えぬか? 我も永くあの島で一人で暮らしておるから、一度は『新婚生活』なるものを味わってみたいのじゃ。どうじゃ?」
――この言葉にはデファールも少々困った。
だが、商売を広げる又と無いチャンス。
これから生まれて来る保証も判らない娘と、秤にかけて承諾する事に決めてしまった。
「おおっ! そうか! 嬉しき事じゃ!」
顔を赤く変な色にして、踊らんばかりに大喜びするキザクラに、つい心が緩む。
「――キザクラは、どんな娘が好みなんだい?」
「うむ? 我か」
「うん。具体的に決まってたりするのか?」
「おうっ! カッパ、キザクラ! と来たら『ボイン』に、決まっておるわっ!!」
ぺちんと皿を叩く。
「そうか! ボインか!」
「ボインじゃ!」
デファールは、元々商才が有ったのだろう。
先ず、キザクラの画期的な発明品『ぴいらあ』に目を付けたのは、彼の先見の明であった。
しかも彼は、他では真似の出来ない確かな製造技術を確立し、オリジナルに加え『縦型ぴいらあ』等、数々の工夫を施した新商品をも開発していった。
刃の幅を広くした『キャベツの千切り用』等、専用仕様の物までもラインナップに並ぶ。
これらの商品群は胡瓜に限らず果実全般、牛蒡や人参などの根菜類。
特に、この周辺で多く栽培されるジャガイモの皮むきに、非常に重宝がられた。
その評判は少しずつ広がって、北西にある大きな魔族の街からも、湖に船を出して買い付けに来る商人が年に数回、村を訪れるようになる。
『デファール商店』と共に村は賑わい人は増え、町と呼んでいいほどの規模に発展してゆく。
――そして、ジュニアが金物商店の経営を任されるほど成長したころ、デファールに葛藤が訪れた。
彼の元へ元気な女の子が、生まれてしまったのだ。
娘の名前は『コウ』。のちの『大巨乳』さんである。
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