第六拾六話 ー河童 その弐ー
鍛冶屋『デファール』は、想像していたよりも、ずっと立派な金物商店で、すぐに見つかった。
なにせ町の入り口に明るい外装の新しい建物が、ドーンと広く門戸を開いて、迎えているのだ。
湖岸の港まで中央を貫く目抜き通りの始点であり、北西に有る同じく湖岸の、大きな魔族の街へ続く街道の起点でもあった。
「きれいネ」
「ああ、賑わっている店の様だ」
「ボクが知ってる町より、ぜんぜん大きくなっちゃった」
「マコト? 君いくつよ?」
「エヘヘ、ないしょ」
アイの胸当ての肩にちゃっかり留まるマコトが、建物を見上げて言う。
「アイ? ボクはネ、町の中ではお喋りしないから、話しかけないで。間抜けに見えるから」
「え、なんで?」
「ネコがしゃべると変でしょ?」
「そりゃ変だけど、この世界では普通じゃないの?」
「ボクは普通じゃないの。特別なの。アイも目立つの嫌でしょ?」
この世界の猫は、みな喋るモノかと思っていたが、どうやら違うらしい。
「そのうちアイには、もっとすごいコト、教えてあげてもイイよ? えへへ」
少し自慢げにマコトが言う。
「ふ~ん? まぁ、最初に会った時から、君はヘンテコな仔猫だと思っていたけどね」
「ヘンテコって何さ! 言いかたッ!」
「食べないでヨカッタなって、こと」
「みっ!」
マコトがアイの長い耳にカプリと噛みつく。
「てっ!」首をすくめる。
「……そう云えば私の言葉はこの世界で通用するの? キザクラとは普通に話せてたんだケド?」
「その辺はダイジョブ。文字も読めるでしょ?」
そう言われてデファールの店先に並ぶ商品棚を見た。
値札も品名も普通に読める。魔界の文字に似ている様で全く違うが、違和感はない。
「ホントだ~♪ ふっしぎ~」
アイの知的好奇心が働いた言葉だが、マコトがバッサリ、
「バカみたい」と、切る。
魔界では帝都でもマズお目に掛かれない、大きなガラスの一枚板で仕切られる店内へ足を踏み入れた。
「――いらっしゃいませ~っ!」ゆさ。
「――こ、こ、ここはデファールさんのお店? ご、ご主人にお会いしたいんですけど?」
明るい入り口で迎えてくれた、乳が目立つレッサーデーモンさんに、圧倒されながら要件を伝えた。
「オーナーですか? アポはお持ちでしょうか?」
「あぽ?」
「はいアポ」ゆさ。
「……」うわのそら。
(……アポイントメントだよ、アイ……面会予約)
マコトが耳元で囁く。
「知ってるわいっ!!」
「は?」
「あ! いえ……な、無いです……」
――乳の話しではない。アポだ。
「そうですか……オーナーは基本、予約の無い方との面会はしないのですが……ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか? オーナーに確認して参ります」
フットワークの軽い巨乳で助かる。
「あ、た、頼みます。河童の『キザクラ』さんから
「かっぱ……?」ゆさ。
首をかしげると乳も揺れた。首と胸は繋がっていたのかっ! 驚愕のアイ。
「……は、はい。そう伝えてもらえれば通じるかと……」
「……少々お待ち下さい」
そう言って店舗の奥へ、しつこい様だが、乳を豊かに揺らして消えて行く。ゆっさ、ほいさ。
「……すごいね」
「……ああ」
あきれるふたり。
「――お客様。オーナーが、お会いになるそうです。どうぞコチラへ」ゆさ。
アイとマコトが、店内の女性店員さん達の巨乳率に驚いている所へ、フットワークが軽い巨乳さんが、乳を揺らして戻ってきた。
「あ、スミマセン」
揺れる胸に案内されて、店の奥へと通される。
ゆっさゆっさゆっさ……。
(……アイ?……ボクこわい……)
(シっ……アタシもだ……)
此処は本当に、健全な金物店、なのだろうか?
「――河童からの伝言だって? アイツがどんな難癖を言ってきたのかね?」
オーナー執務室へ通された二人を待っていたのは、大きな応接机のソファーに葉巻で、偉そうにふんぞり返ったレッサーデーモンだった。
膝に組み置いた革靴のつま先が、イヤに尖がっていてゾッとする。
「アナタが、デファールさん?」
「……デファールは親父だ……俺は息子の『デファール・ジュニア』この商会のオーナーだよ」
ふん! と鼻から
「――どうぞ」たぷん。
「あ、どうも」
フットワークとは別の、少し露出度が上がった服装の巨乳秘書が、アイへ紅茶を勧めてくれた。
高そうな香りだ。紅茶なんて久しぶり。
とぷん、たぷんと、たおやかに胸を揺らして退室する後ろ姿を眺めながら、有難くいただく。
「――それでアイツは? なんて言ってきたのかね?」
優雅にお茶を楽しみ、中々切り出してこないアイの態度に、ジュニアがクリスタルの灰皿で乱暴に葉巻をもみ消す。
「ああ、デファールさんにお会いして、直に言伝します」
涼し気にカップの香りを楽しむ。
何でもない伝言のようだが、キザクラは随分恥ずかしがっていた。当人以外に、伝えるつもりはアイには無い。
「このお店には居られないのですか? 居場所を教えてもらえれば、私、そちらまで出向きますよ?」
「俺は息子だぞ? 俺から親父に伝えといてやるよ!」
苛立ちを露わにし始めるジュニア。
「ご本人に直接お伝えします。そういう約束ですから」
(魔界の脅しが通じるかな? ダークエルフのアイちゃん怒らすと、燃やしちゃうぞ?)
紅茶を飲みながら軽く身体に、怒りのオーラを浮かべてやった。
「お父上は、どちらにいらっしゃいます?」
「……鍛冶場だ……町の外れだよ……」
町の中心部からはだいぶ離れた、ほとんど森の中と云って良い古い工場。
魔石燃料やコークス、薪などの山が入ったレンガ倉庫と、材料の鉄屑が錆び流れない様、シッカリ石塀で頑丈に囲んだ材料倉庫の、更に奥。
作業場兼、住居と思われる、質素な小屋がポツンと有った。
「――あそこがデファールさんのおうち?」
肩のマコトが言う。
「そうみたいだケド……」
「ぼろいネ」
「うん。ぼろい」
(店舗の派手さと比べて、なんとまぁ……)
アイとマコトの印象である。
「――ついでに親父に伝えてくれ。『俺は絶対許さない』ってな」
デファール・ジュニアの伝言も預かってしまった。
何のこっちゃ? だ。あの巨乳好きめ。
作業中らしいトンテンカンと響く
「ゴメン下さ~いっ! デファールさ~ん! いらっしゃいますか~!?」
しばらく待つと古い木扉が、内側から開かれる。
「は~い、どなた?」
「わ!」
「ミィ!」
――ばるんっ!!
本日ナンバーワンの、大巨乳が出迎えた!
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