第七拾弐話 ー河童 その八ー

 ――デファールの鍛冶場、宴の席。


 終始ご機嫌なジュニアの勢いに、主賓のキザクラもタジタジである。

「――キザクラさん! あの島に柱を建てるって、具体的にはどうするんだ? 材料は! 作業員はどれほど必要だ!?」

「う、う、うむ。人手は要らぬよ。地下の岩盤から金属柱を伸ばし、お互いをワイヤーで繋いで、両岸のアンカーまで引いて固定しようと思っておる。我の『クリエイト』技で可能な筈じゃ」

「ほんなこつね!? すごかばい!」


「いや、まぁ、神通力の河童じゃから……」

 次々注がれる盃に、照れも相まってヘンテコな顔色のキザクラは苦笑気味。

「キザクラ様、頼もしい……」

 寄り添いお酌のコウは、すっかりウットリ新妻気分だ。嬉し恥ずかし巨乳も、たおやか。たゆん。



「――なんだかね……」

 末席からジト目で一人手酌のアイがつぶやく。

「にゃむんやむにゃむ……」

 膝元に柔らかなモモ肉を美味、堪能中のマコトのそれは相槌なのか、そしゃく音なのか?


「――つまりキザクラは、自分の寿命を犠牲にしても、この大仕事をやり遂げるって言うんだな?」

「にょむんにゃむ……」

「おい! マコトっ!」

「んにゃむ?」


 ヤレヤレといった感じのマコトが見上げる。大きく牙を覗かせ、べろんべろんと口の端を舐め清めていた。

「隠れてたらオナカ空いちゃってサ……そうだね。長生きは出来なくなると思う」

 カッパは本来無限に生きるが、環境の変化で滅んでしまう弱い生き物だ。その環境を自ら大きく変えるという。まるで自殺行為である。

「せっかくお友達になれたのに、残念ね? アイ」

「いや、残念とか……おまえ、冷たいね?」

「そう?」

 何でもない事のように顔をこする。

「ボクも『キザクラ死んじゃう気?』って思ったけどサ、自分で決めた事だもの」

 そう言って再び、モモ肉の皿へ鼻を近づけた。

「かふっ、にゃむ……」

「――そうだけどさ……」

 今ひとつスッキリとしないアイは、上座にキザクラと並び、静かに盃をふくむデファールの様子を覗き見る。


 子供たちに囲まれて照れながらも楽しそうな友の隣りで、ひとり寂しそうに笑みを浮かべているのだ。



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 ――翌朝。

 そのまま久しぶりの実家泊となったジュニアは、妹のコウを連れて町の入り口、デファール商会の店舗へ向かうという。

 秘書の『もりみ』さんが自分の着た花嫁衣裳を、コウのために譲ってくれるつもりらしい。

 サイズを見ようと、商会へ持参するようだ。


RCロックバルーンはチェリーボムの特別ユニフォームなら、すぐに着れるのに……」

「あんな衣装は絶対着ないわっ! 変態秘密結社に返しちゃって!」

「ええ~っ! もったいないなぁ……あ、ダークエルフさん、よかったら着てみる?」

「おまえ、ぶっころすぞ」

 半ば本気のアイ。

「あ、あははっ! 冗談ですよ、じょうだん! あはは……」

 ジュニアはそそくさとコウを促し、デファールの鍛冶場を後にした。



「――キザクラ、デファールさん。話しが有る」


 兄妹が町へ向かった事を見定めたアイは、朝食後のお茶を楽しむ二人の元へ向かった。

 胸にはマコトをしっかり抱え、コウから借りたぶかぶかシャツの、おおきく開いてしまう襟元を隠す。


「大切な話しだ。今からする話は、この場所だけに留めておくと約束して欲しい」

「――? 何事じゃ、アイ殿?」

 金の瞳を丸くするキザクラ。

「昨夜の二人のお話しを、盗み聞きしてしまいました……スミマセン」

「へ?」

「アイさんは、コウと二人で先に帰ったんじゃなかったっけ?」


「この子が聞いて、教えてくれました」

 アイがマコトを持ち上げると、挨拶する様に片手が上がる。

「ボク、お話しできるの! スゴクない!?」


「ええっ!?」

 しゃべる仔猫に驚きのデファールの横でキザクラは、

「――マコト殿が特別なのは我も知っておるが、別に聞かれて困る話しは、してないと思うが?」と首をかしげる。


「――環境の大きな変化は河童であるキザクラさんの健康を損ねる恐れがある……それは私も知っています。さらにの魔法は、莫大な力を必要とします。何も無い所へ金属を生み出すなんてとんでもない! いくら神通力の河童とはいえ健康どころか、その場で消滅さえしかねません!」

「う……うむ」

 やはりキザクラも覚悟していた。気付いて居たのだ。

「これは見過ごせない。全力で止めるべきだと思いました……が、キザクラさんの気持ちも、わからなくも無い」


 孤独の逃亡を続けてきたアイには、心を安らげる存在……魔界で助けの手を差し出してくれたホブ・ゴブ家族、ケンとメリーのような存在の有難さが、身に染みてよく分かっていた。

 救われた恩義に報いたい。

 この気持ちは痛いほど良く分かる。


「――それはデファールさんも感じている事でしょう? だから止める事も出来ない」

「あ、ああ、そうだ。俺はコイツの気持ちを聞いてから、無下に止める事が出来なくなったんだ」

「デファールよ……」涙ぐむキザクラ。



「――私に手伝わせて下さい……」


 アイの突然の申し出に、テーブルに並んだ二人は、お互いを見合わせた。胸のマコトも驚きの顔を上げる。


「お二人は信頼できる人物、と見込んで打ち明けます。他の人には決して漏らさないで下さい」

 アイの赤い瞳は真剣だ。

「キザクラさんの命を、救えるかもしれない」


「――そ、それは、どういう?」

 デファールの疑問。


「私は、あなた方の魔力をにする事が出来ます」

「なにっ!?」

「キザクラさん、アナタの『クリエイト』は大気中の『魔素』を大量に消費して物質を新たに生み出す。そうですか?」

「う、うむ。左様じゃ」

「それならイケそうです。私の製薬で魔素の消費効率は21倍良くなる」

「そ、そんな事が出来るのか? クスリで?」

「はい……私はこの発明のせいで、故郷を追われる事になりました。ですから、この事はココだけの秘密にして置いて下さい」


「……う~む……」

「そ、それが可能なら、お前の身体の負担が、少しは軽くなるのでは? おいっ!」


「――デファールさんも鍛冶職人なら、多少のクリエイト魔法が有りますよね? アナタにも薬を飲んでもらいます。キザクラさんをサポートして、二人で橋を造って下さい」


「お、お、おうっ! キザクラ! やろう、キザクラっ!」


「デファールよ……手伝って、もらえるか?」


「もちろんだとも、キザクラ! やろう! 二人で歴史に残る、大吊橋を造ってやろうじゃないかっ!」


「おう、おうっ! やるか! ふたりでっ!!」


 コブシを握り盛り上がる二人の前に、アイの腰のポーチから『まあっぷ21』の小瓶が差し出された。

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