第五拾九話 ーダークエルフ・アイ その弐ー

 ――マコトの生れた世界。

 マコトが母と別れ、ナギと出会い、二人で大陸のあちこちを旅した世界。


 そこは現在『神不在』の世界であった。


 ――いや、不在は語弊。正しくは『ひきこもり』である。



 元々は惑星の海にぼっかり浮かぶ、ひとつの大きな瘡蓋かさぶたのような陸地だった。

 それがある日、いくつかの大陸に分かれる。

 そのうちの一つ、地球の『オーストラリア』ほどの大きさの大陸が、海を移動し、北半球の真ん中あたりへ落ち着く。


 ヨミは、その『蝶々が羽を広げた様に見える』大陸に、深い興味を持った。

 別れて行った他の大陸たちと違い、多くの種類の生命が固まり、混在して暮らす楽園に思えた。


 北にドワーフがいた。大陸中央の火山地帯にはドラゴンが翼を広げる。

 山岳から流れる川沿いでリザードマンたちが泳ぎ、裾野の森には美しいエルフ族。

 南岸の密林地帯では、ヨミの好きな、もこもこフワフワの『ケモ耳』獣人たちが『わんわんニャーニャー』と可愛らしい。


 ヨミは大陸中央の南端、蝶々の『シッポの先』に神殿を築き、長命のエルフ族に管理を任せ、そこへ身を置こうと思っていた。



 ところがそんな折に、ナミが大陸の『西の翅』へ神殿を造ってしまう。


【――ヨミちゃん、ヨミちゃん! ママのおススメ、『人間』よ! 見てみて~っ!】


【ひ、人間ヒューマン!?】


 ナミの神殿の周辺に、粗末なボロを着た『シッポの無い』集団のコロニーが作られた。


【器用でしょ? 家畜を育てたり、畑も作ったりするわよ。工夫がスゴイの!】


【はぁ……】


 北の大地に生きるドワーフ達のように器用に道具を操り、エルフ族と肩を並べる知恵を持って、リザードマンの根気強さで黙々と畑を耕し、獣人族に劣らない好奇心が、次々新たな土地へ勢力を拡大していく。


【凄いでしょ! ね、ねっ! ママ、スッゴイでしょ!】


【はぁ……】


【――ちょぉいと、待ちなぁ~奥さん】


【ハッ! アンタはっ!】


【自分の事を『ママ』だなんて……チョイと『ド厚かましく』ないかい? ナミさんよぉ】



【――ナギ!?】


【おう、ヨミ! まぁ見てろよ、へへっ】


 ――東の翅にナギが、魔界へ繋がる神殿をこしらえた。


【……人間なんていう貧弱な生き物じゃ一緒に遊んでても、つまらねぇよなぁ? 『男の子』ならもっと頑丈で歯ごたえの有る奴が、相手じゃねぇとヨ!】


 ナギの神殿の魔法陣に、真っ黒な皮膚を持つ大きな生き物が、猫背のシルエットを浮かび上がらせ現われる。


【ヨミちゃんは『女の子』なの! ナミちゃんと同じ女神さまに決まってるじゃない! この筋肉馬鹿ッ】


【筋肉に馬鹿も利口もあるか、バカ! 有るのは『正義』だ!】


【ば、ば、ば! なんてバカっ!!】



 ――と、おおむねそんな風な事が有って……。



 ヨミは『引きこもり神』、になった。



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 ――『ホブ』とか『ホブ・ゴブ』とか呼ばれている、子鬼が暮らす集落らしい。村の規模は掘っ建て小屋がポツンポツンと、小さかった。


 比較的裕福そうな家族に、森で捕らえたヤマドリを一羽提供し、「物置の隅でイイから、一晩寝かせてくれないか?」と申し入れたら、粗末な客室に寝台と食事、風呂まで沸かしてもらえて、肩を震わせ感謝したアイである。


「あ、ありがと……うっうっうっ、っぐしゅっ……ありがうっ!」


「あぁ、もう傷だらけじゃない、可哀そうに。一人で森を抜けるなんて無茶よ」

 赤ん坊を胸に抱いた若いホブ女性が、アイの銀糸の髪に絡まる枯草を取り除き、優しくしてくれた。

 ダンナは裏へ回って、風呂の焚き付けをしている。

 貧相な根野菜ばかりだが、暖かなスープを食べさせてもらい、アイは貧しい食卓に小さくを上げていた。

「……エルフさん、ひょっとしてるの?」


 アイは口をつぐむ。自分が地方有力魔族から『広域花嫁指名手配』を受けてる身だと知られたら、親切なホブ家族も手のひらを返し、褒章金目当てに通報されてしまうかも、と戸惑った。

 花嫁などと云ってはいるが、それは決して華やかなモノではない。ただ力尽くで、アイの発明品、才能、さらには美しい体を手に入れる『人さらい』と同じである。

 捕らえるための手口は巧妙。油断はできない。


「あ、あの……わ、わ……私ス」


 アイはスープの皿を見つめ、田舎者のをした。実際は帝都の孤児院育ちなんだが、純朴そうな田舎娘を演じることで、好感度を期待し、同情を引こうと目論んだ。


「ひ、人買いに売られちまってェ、故郷くにから連れてこられて、、お、おっなくなって、逃げての……」

「……それ、ウソよね?」

「……はい。スミません」


 だが、すぐばれた。



「……花嫁指名手配……イヤだ、力の強い魔族たちって、乱暴ねぇ……」

「やっぱり、ひどい話だと思いますよね?」


 ――正直に打ち明けるのが、正解だった。


「私たちホブ族は魔力なんて、お互いほとんど持ち合わせて無いから、争い事もだいたい話し合いで解決するわ。結婚も自由恋愛の結果、結ばれる事が多いわね。私とダンナもそう。ラヴラヴよ!」


 生まれたばかりの子供を抱いて、花のような笑顔を見せる。まぶしいっ! なんだこれっ! この幸せオーラはっ!!

 同じ魔界の住人だというのに、なんだよ、この格差は! 私の不幸はっ!



 ――アイの発明品『まあっぷ・21』は、魔素に依存する魔法を、単純に二十一倍する。

 魔素の使用量が二十一分の一で済む。つまり、一回しか撃てなかったファイヤボールが、二十一回撃てるようになる。

 あるいは、魔法エネルギーを二十一倍、強力にする。コチラは弱い魔法しか撃てなかった魔力弱者の攻撃力を、飛躍的にアップする。

 合わせ技で、三倍威力のファイヤボールを七回! 撃てる計算だ。

 とにかく画期的な、発明なのだ。

 当然、欲しがる魔族は大勢現れる。特に力ずくで現在の地位を手に入れた有力魔族たちは、われ先にアイを求め始めた。


 彼女自身の都合は全くお構いなし。力尽くでアイを屈服させ、自分のものにしようと次々刺客を送ってくる。それが許される世界なのだ。


 日毎に増える命知らずの追っ手に怯え、ひとり無言で人目を避け、辺りの気配を警戒しながらの逃避行。熟睡できない不安の野営を過ごしてきた数ヶ月間。


(同じ魔界でも、住む世界が、ちがう)


 無名のアマチュア研究者だった頃の、貧しく平和だった時代は、遠い過去の幻になった。


(私はきっと、荒んだ顔をしているのだろうな)


 チカラを持たない才能は、食い物にされる魔界。食われるのが嫌なら、自力を付けて勝たなければいけない。才を磨いて力を蓄えるほど、魅力は更に上がって、捕食者が増える。

 永遠に続く武装強化。


 アイはつくづく魔界のルールに嫌気がさしていた。



「――強い魔族に追われてるなら、この村に潜むのは、都合がいいかも知れない」


 そう言ったのは、風呂を沸かし終え、家の中に戻ってきたホブのご主人である。まだ若いが芯のある、かなりシッカリした者の様に見える。


「襲われたところを、俺たちが助けてやったりは出来ないが、我々は弱い分、警戒心が強くてね。強力な存在が村に近づいたら、すぐ村中に知れ渡る様に、連絡網が確保されているんだ」


「連絡網?」


「ああ。ホブ同士のテレパシー能力で、危険を察知した村人が出す避難信号を、順繰りに増幅伝達する警戒システム『ホブ・アラート』が村にはある。災害に合わせた避難経路や退避マニュアルも各家庭に完備してある。どう?」


「す、すごい!」


 アイが、強く感動する。


 絶望していた弱肉強食の世界にも、弱い者同士助け合う知恵が有った。努力があった。希望が残っていた!


「だから安心して今日は身体を休めるとイイ。風呂も久し振りだろう? ゆっくり浸かって、今までの嫌なことはサッパリ忘れてくれ。貧しい食事と粗末な寝台で申し訳ないが、俺たち夫婦は精一杯、あなたを歓迎するよ」


「あ、あ、あ……あうっ……」


 再び泣きじゃくるアイを、赤ん坊を抱いた若奥さんが支えてなだめ、風呂場へといざなっていった。



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



(――ヨカッタぁ、親切そうなご家族で)


(ふん。今んとこ、そう見えるよな)


 天上の視界からマコトとナギは、勝手口脇の庇に隠れた、かめのような小さい『五右衛門風呂』に沈むアイを見守っている。


(油断が出来ない……ってのが、この『魔界』の面白いトコだぜ?)


(……ナギは性格悪いよね? ひねくれモン?)


(へへっ! 退屈がキライなんだ)


(アイは見ていて愉快だけど、『退屈しのぎ』だなんてチョッと可哀そう。に連れて行って、なにさせる積もりなの?)


(向こうの大陸で『英雄』って存在を作ってみたい。今までも何回か『勇者』を送ったんだが、大陸中に知れ渡る共通認識には育たなかった。魔族の限界かねぇ?)


(見た目、じゃない? 魔族ってみんなよ)


(アイはだろ?)


(……そうだけど……)


 マコトは、湯から小さな両肩を覗かせ、風呂桶の縁へ銀の頭を乗っけて呆けるアイを見た。


 ――って? かお? おっぱい? トトの方が大きかったよね?


 ぷっくりした半開きの唇に犬歯をチラつかせ、伏せた長いまつげに水滴を宿して鼻水が光る。


(絶対無敵の『ヒーロー』がいれば、『男の子』なら大興奮だ。ヨミも興味を持つと思わないか?)


(アイ……カッコイイか、なぁ……?)


「ヒッぷぎィ! ずず、う~ぅっ」


 マコトの疑問に答えるように、絶好のタイミングでクシャミを、アイが鼻をすすった。

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