第五拾八話 ーダークエルフ・アイ その壱ー
――めんどくさい世界でメンド臭いもん作っちまったらしく、メンドウな事になった!
(なんて面倒なんだ! 魔界ってところは)
真珠光沢のプレートで、胸と左肩だけを薄く覆い隠しただけの『超・軽装鎧』だ。申し訳程度の保護は、動作が速い。
肩の筋肉がえくぼを作って腕を振り上げた。
「がうっ! このっ!」
犬歯の目立つ赤い唇から『ギャオっ』と、ひとつの音に聞こえる言葉がこぼれ、暗闇を取り囲んで近付いて来る十数頭のレッサーデーモンが、ことごとく吹き飛び焼き尽くされる。
この程度の刺客なら一瞬で排除できる。が、しかし長続きはしない。
今回の足止めも、せいぜい明朝までが限界だろう。
――魔族は殺されない。だから、面倒。
手足や首をもぎ取られ、メラメラと燃えながらデーモンたちは、すでに失われた肉体の修復を始めている。
また今夜も『夜間の逃亡』を強いられる事になってしまった! ちくしょう!
「食後のお茶ぐらい、ゆっくり味わわせろよっ! ばかっ! この、大馬鹿ッ!」
悪態を吐き出すこぢんまりした細いあごに、血液と同じ色彩を放つ苦々しい瞳を歪ませ、せっかく沸かせたティーポットの湯を、かまどの焚火へぶちまける。
――ぼふっ! しゅぅうっ!
灰と蒸気が真っ白に立ち上った途端、夜の河原を照らす灯かりは、悪魔達を燃やす炎だけになって、野営の穏やかな時間を消し去ってしまった。
華奢で小柄な軽装鎧へ雷獣毛皮の黒紫の外套を引っ掛けると、銀糸を束ねた様なポニーテールを左右へ乱暴に振り揺らし、がっちゃガチャと食器を背嚢へ放り込む。
(くそっ! くそ~っ!)
緋色の瞳の長いまつげがイライラのあまり涙を貼り付け、キラキラと虹の粒を舞い散らせる様子が、それはそれは、美しい。
不満が募って、むしゃくしゃと苛立つ分だけ彼女は可愛くなってしまうのだが、おそらくキット喜んではいないだろう。
――だって、ずっと不機嫌。でも綺麗。
「ホンっとメンドくさいっ! もう、うんざりっ!」
背嚢のてっぺんに毛布を結わえ付けると、細い手足を折り曲げて肩ベルトを背負い、エイやっと膝を手にヨロヨロ立ち上がった。
未成人に見える小さな身体には似合わない、渾身の力強さで大荷物を持ち上げる……が。
河原の石に足元を取られてしまい、ついた尻餅でイライラが頂点に達した。ウキ~ッ!!
鼻息荒く背嚢から肩を抜き、その大きな川石を両手で持ち上げ少し先で燃えている悪魔へ運ぶ。頭上から、焦げ付く顔面目掛けて叩き落してやった!
――ぐしゃり。
まっくろに燃える炭の身体が首を失い、胴体の真ん中に大きな穴をこしらえて崩れる。
これでコイツが動き出せるのは、明日の昼頃まで遅れるだろう。ざまぁみろ!
少しだけ気が晴れた様に口角を上げて牙を覗かせる『アイ』だったが、すぐに眉間を寄せ不機嫌な表情へ戻ってしまう。
「ホンッと、めんどいっ! イヤッ! もうイヤッ!」
自分の体と同じぐらいの大きな荷物を
「うきゃ~ッッつ!!」
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
(――ねぇ、あの、おんなのひと? ナギ?)
(――ああ、カワイイだろ? ひひっ)
(なに? コワイって言った?)
(うん? 旨いな、マコト)
(えへへっ。ども)
ナギと契約を結び、一緒に行動するようになってから、12年が経っていた。
マコトも既に12歳。
立派な大人ネコの筈なんだが、不思議な事に今の彼は、出会った頃の3ヶ月にも満たない仔猫の姿のまま、変わっていない。
身体が成長する機能が、止まってしまった……という訳では無いと思う。
ナギが魔族の姿で地上へ降り立ち、マコトも猫の姿に戻って大陸のアチコチを一緒に旅して回る時には、時間と共に身体は育ち、背中の翼も大きく力強く羽ばたく様になる。普通に成長しているのだ。
だが、今のようにナギが身体を消して空へ溶け込み、マコトも彼の意識の元へ入り込んだ途端、幼い仔猫の姿にリセットされてしまう。
ナギはこの不具合を聞いて、「まぁ、
(……あの子は、なんで悪魔たちに追われてるの? 悪い事した? やっぱり『怖い人』なの?)
(ふふっ……怖いかどうかは暫く様子を見て、お前が判断してイイ。安心しろヨ。無理矢理、憑りつけ! だ、なんて言わないからさ?)
今回ナギは、しばらくこの世界に居座って、彼女のこれからを見守るつもりらしい。
最終的に、彼女をマコトに引き合わせて、「一緒に旅をしてもらいたい」と言っていた。
――それにしても『憑りつく』だなんて。
(……ねぇ、ナギ? ボクってサ、『幽霊』なの?)
(ぶっ! ぎゃはははっ!)
ナギが堪らず吹き出した。自分は『意識体』のくせに。身体が有れば、きっと今ごろ黒いぼさぼさの髪をかき上げながら、マコトが大好きな闇の瞳を細めて腹を抱え、天へ牙を向けて笑っている。
(ああ、今はそんな感じなのかもな? あははっ! あの娘に会わせる時には、周りに人魂でも揺らしてやろうか?)
(いらない)
(ぎゃはははっ!)
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
――涙目で森をかき分け、アチコチ荷物を引っ掛けては、その都度いちいち「ばかっ! がうっ!」と、当り散らして進むダークエルフの少女は、『アイ』と言う名前らしい。
ナギは『娘』と言っていたが、小柄な体つきだけれど年齢は五十歳を越え、魔族としては十分成人だ。
彼女は現在、生まれ育った『魔界』と云う名の世界で、お尋ね者の様な扱いを受け、多くの『魔族』達に追われていた。
こうなった原因は、趣味にしていた『魔法薬・魔道具の作成』で、魔素に生活エネルギーのほとんどを依存をする『魔法社会』の歴史を揺るがす、画期的な『高効率魔素増幅供給剤』を、彼女が発明してしまったからだった。
その名も『魔素アップ・二十一倍』! 略して、『まあっぷ・21』っ!!
枯れて細くなってしまった魔素にも、『
「――あんなモノっ、作るんじゃなかった!」
アイは暗闇の森に叫ぶ。
「あたしの天才の! バカァ~っっつ!!」
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
(――この『魔界』って
ナギがニヤリと言う。
(強い者がすべてを手に入れる。欲しいものが有ったら、力ずくでそれを奪い取る事が許されるんだ……まぁ、それのせいで、あの娘は狙われてるんだがな。毎日々々……)
(殺伐……。ナギが作った世界なの?)
十二年、一緒にいてマコトにも、ナギが『ただの魔族』では無い事は分かっていた。
神……という概念は知らないマコトだが、それに近い、とてつもない大きな力を持つ存在なんだと、なんとなく気が付いている。
そしてマコトに対してひたすら優しく接してくれる彼の本質が、じつは『闘争』と『暴力』と『破壊』を、求めている事も知っていた。
(いや。俺たちは世界を作ったりはしない……だが、好みの環境に持って行ったりはする)
ナギの説明は続く。
(……この世界、殺伐としてるが、コレはこれで出来上がってる。昔から有無を言わせない秩序が有って、丸く収まってるんだ。力ずくで解決するってのは、『分かりやすい』ていう利点も有るから、魔族たちには馴染むのかな? ヨミの住む『アノ世界』へ、ここをくっ付けたのも俺さ)
『アノ世界』とは、マコトが生まれた世界のことだ。そこに、ナギの『息子』である『ヨミ』も住んでいるという。
(ここまで極端な世界にする積もりは無いが、『世の中こんな事も有るんだぜ』って、ヨミに興味を持って貰いたくてよ。少しずつチョットずつ、魔界の要素を小出しにして様子を窺ってたんだ。で、そんな時にな?)
(? なに?)
(あの娘を見付けたのよ。面白いだろ?)
たぶんナギは『へへん!』と、ドヤ顔してる。
(ヨミの住む世界を少しだけ『楽しい』方向へ変える)
(あの子が、変えるの?)
(ああ、あいつ面白い魅力が有るからな。それに、このまま魔界に置いといたら、あのダークエルフはいずれ捕まって倒され、発明品も身体も仕留めた奴のモノになっちまう……そりゃぁ、可哀そうだろ? へへっ)
(……方便、考えたね……)
マコトは呆れる。
(――あの娘を向こうの世界へ避難させ、しばらく一緒に仲良く旅をしてもらいてぇとな……どうだマコト? 美人と二人っきりで旅行が出来るぜ? しかも世直し旅だ。羨ましいなぁっ! イヒヒっ!)
(……ふぅ……)
溜め息のマコトの視界には、樹上からずるりと落ちてきた大きなヘビの頭を短剣で串刺し、腕に絡みついてきた胴体を、血まみれになりながら
(……もう少し観察してから、考える……)
(おうっ! そうしてくれ!)
ナギはご機嫌だ。
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