第五拾四話 ー厨房長・タツオー

 ――遅めの夕食を済ませた獣人娘は、おばばと並んで部屋へ戻っていった。ぎゃ太郎とシルクも同行する。

 ゴリさんのアイドル化をさんざん茶化していたルナちゃんは、図らずも自身巻き込まれる形になってしまった『獣人族の英雄』報道に、ショックが隠せない。

 ニヤニヤ笑いを止められないケイトちゃんとジュリアちゃんに付き添われ、うさ耳をもてあそばれながら、ふらつく足取りで自室へと向かった。

 彼女と同室のゴリさんは、ナターシャ少佐の部屋で晩酌に付き合い夕食を供にするようだ。


 他国からのお客さんペンタは、忠太郎の部屋で兄弟水入らず。


 食堂の利用者は、今夜はもう誰もいないだろう。



 タツオさんが明朝食の仕込みを終え、厨房の火を落とそうとしている。


 俺は勇者魔法『超音波自動洗浄』で食器の後片付けをしながら、考えていた。


(――俺やジェイさんと同じく、おばばが400年前に、『魔界』という所からやって来た『召喚者』だって? 召喚者って、いったい何だ? 『召喚』と言うくらいだ。誰かが呼び寄せた事になるのだろうか……?)


 そのあたりの質問をぶつける前にルナちゃんの号外が配られて、おばばの告白はそのまま、うやむやにされてしまった。


(おばばは、自分が何の目的でこの世界へ呼ばれて来たのか、その理由を知っているのか? 元の世界へ帰って行ったシマさんと60年、行動を共にしてから再びここへ戻って来たしまたろうさんは、召喚者をめぐる謎に何か気が付いているのだろうか……?)



「――召喚、片付けは終わったか?」

 タツオさんが、ぼ~ッと考え続ける俺に話しかけてきた。

「あ、はい! シンクを拭き終われば仕舞いです!」

「そうか……終わったら、少し付き合え」

 そう言って冷蔵庫から、ビンの炭酸飲料を二本片手で引っぱり出し、コツコツと打ち鳴らす。

「お前、酒がダメだって? ははっ……俺もだ……」



「――意外ですね? タツオさんメチャクチャ飲みそうに見えますよ」

「――身体がデカいからサ……一人で飲んでると、カラんでくる奴が多いんだよ……メンドくさいだろ?」

「あはは、命知らずが居ますね?」


 厨房の灯りが消え、暗くなった食堂のテーブルに向かい合い、互いのビンの口を軽く合わせた。


「……店の常連客に勧められて飲んでてもな、事情を知らない一見いちげん客なんかが『厨房の中にでっかいワニが、刃物持って酒飲んでる』なんて、オッカナがって逃げちまってヨ……ハハッ……それで随分客を減らして、女房に叱られて、サ……酒にはいい思い出が無いから、飲まない様にしたんだ」

「タツオさん、お店やってたんですか?」

「ああ……女房と二人、スタルヒンでな」

「へえ……」


(娘さんは居るのだろうか? 名前は『アンナ』さん……て、いうかリザードマンの奥さんて、確かを産んだらに……)


「……お前、キャミィにのか?」

「へっ?」

 いきなり、とんでもないこと聞いてきた!

「……アイツと一緒にいてやりたいんだろ? おかに戻る積もりだな?」


(――ああ……この人にはバレてら……)


「……スミマセン……せっかく、厨房に誘ってもらったのに……」

「気にするな……アイツは真っ直ぐでイイだが、危なっかしいトコも有る……一緒に居てやれ……」

「……すみません……」


 きっと俺が言い出し辛いだろうと思って、話し掛けてくれたんだ……胸が熱い。


「……所帯を持つ気は、有るのか?」

「え! あ、いや……まだ……その……」

「人間と獣人の『異種族婚』も、数は少ないが無くはないぞ? 実際、俺の女房は人間ヒューマンだ」

「えっ! ええっ!」


(――びっくりポン!)


「……知ってるかもしれないが、リザードマンは卵生でな……子供は出来なかったが、二人で働いて念願の店を持つことが出来た……夫婦は好いもんだぞ」

「へぇ……あ、じゃぁ奥さんは、スタルヒンでお店を? 港から近いですか? 行ってみたいな……」


 俺の言葉にタツオさんはグッと瓶を傾け、ひとくち飲んで、

「リザードマンと人間ヒューマンじゃ、寿命が違い過ぎる……女房は最後まで店で働いて、看取ったよ……もう、十年以上むかしの話しだ……」

と、言うので俺は、息をのんだ。


「俺たちの様な『リザードマン・人間ヒューマン』の夫婦が珍しいのは、そういった理由も有る……が、自慢じゃないが、俺たちはいい夫婦だったぞ」

 タツオさんはそう言って、爽やかに笑う。

「……アイツは倒れる最後の日まで、笑顔で店に立ってくれた……最高のパートナーだったよ」


(亡くなってしまった奥さんを、笑顔で語れる……きっと素晴らしい人だったんだろうな……会ってみたかった……)


「二人で始めた思い入れのある店だったが、アイツが居ないと、どうも寂しくてさ……サッサと手放しちまった」


 グイッと炭酸を飲み干した。


「……それで、この護衛艦に?」

「ああ。先代のスタルチュコフ当主……ナターシャの爺さんが店の常連でな。店を畳んだ俺を、新造艦だったこの船の厨房長に推してくれたんだ……それからは、ずっと海の上だ」

「そうですか……」

 タツオさんはナターシャ少佐からの信頼が厚いように見えたが、そういう事情も有ったか。


「……キャミィのような『ケモ耳獣人』と人間ヒューマンの寿命は、ほぼ同じだ。望めば子供も授かることが出来る。お互いに責任感が生まれる夫婦ってのは、生き甲斐のひとつになるぞ? 悪くない話しだろ」

「え! あ、いや……俺たち、そんな……」


 タツオさんの話しを聞くと、確かに『夫婦』という生活共同体にも魅力を感じるが……いやいや、子供って……俺と、獣人娘? イヤイヤイヤ……。


 獣人と人間の『ハーフ』がいる事は、俺も知っていた。

 身近なところでは、クローチマントのクリーニングの時に世話になった染太郎さんの彼女『おせんさん』が、アライグマ獣人のハーフだ。

 また、ミニマルの『ケイトちゃん』もハーフでは無いか? と、言われている。


 ――彼女は赤ん坊の頃に王都の孤児院に『置かれて』いたため、ご両親の情報は無いのだが。


「――まぁ……お前が、しまたろうさんのかなえば……の、話しだがな」

 そう言って、ふふっと笑う。

「キャミィと一緒にしまたろうさんを捜すんだろ? あの人は獣人族の宝だ。きっと見つけ出せよ」

「タツオさんは、しまたろうさんに会った事あるんですか?」

「無いな。十何年か前に、消えた当時の姿で戻って来たってのは先代から聞いたが、スタルヒンには顔を出してないみたいだ……俺も女房も『冒険譚』で育った口だから、どんな人なのか会ってみたい」


 遠い目を細めて、優しい言葉で見つめてくる。


「だから、二人が再会する手助けをしてやれ……できれば、この船に連れてこい……俺が、とびきりの上手い料理を食わせてやるよ」

「……タツオさん……」


「キャミィを『しあわせ』にしてやれ……頼むぞ」


「……はい……」


「応援するから……フラれんなヨ……ふふっ」


 タツオさんがニヤリと笑う。



 ――護衛艦は明日の昼、パトラッシュ港を、港湾都市スタルヒンへ向け、出航する。

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