第五拾参話 ーパトラッシュ教会 その七ー
「――おかさん?」
パトラッシュ教会を辞する段になって、ぎゃ太郎が初めて口を開いた。
「何にゃ?」
「……ごちそうさま……言いたい……ぎゃ」
ぎゃ太郎は教会の司祭とシスターに、パンケーキのお礼を言いたいらしい。なんて出来た子なんだろう、うちの子!
獣人娘の膝に軽く背を丸めると、肩の二本の毛筋をふわりと持ち上げ、一対の真っ白な翼へ変化させる。
ぎゃ太郎はまだ、強く羽ばたいて上空高く飛び立てたりはしない。しかし、翼を広げれば空中へ浮かび上がり、近い距離なら移動出来るまで成長していた。羽キャットとしてはヨチヨチ歩き。
純白の羽を揺らし、ゆらりふわりと漂う姿は、まさに天使。俺も、こんな美しい翼が欲しかった! カメムシ、息子に激しく嫉妬。
テーブルをグルリと回って、窓の方から司祭の席へ飛ぶ。
――テーブルを『
「――おお……おおおっ……」
司祭は、信じられないといった表情で立ち上がり、椅子の向こうへヨロメキながら膝をついた。
フワフワと接近するぎゃ太郎へ、震える両手をゆっくりと伸ばしている。
「わ……ふぁわ~っ……」
司祭の後ろで控えていたシスターも、涙目を
「――司祭さん……シスターさん……ケーキありがと」
ぎゃ太郎が背にする窓から教会前広場の向こうへ沈む夕陽が射しこみ、畏れ、震え、
「か……神よ……」
「あ……なんて、可愛らしい……」
「……おいしかったです……ごちそうさまでした」
「お、お……」
「ぎゃ」
ぎゃ太郎は、すうっと飛び、差し出された司祭の両腕に身をゆだねた。
それは紛れもなく、信仰の美しさと気高さを描いた、荘厳な宗教絵画の光景、そのものだ。
(――ヨミ教・パトラッシュ教会……あなどり難し……)
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
――スタルヒン州・護衛艦内、ナターシャ=スタルチュコフ少佐の個室がノックされ、ゴリテア=ラグドール曹長が、少々不機嫌そうに入室してきた。
「ただいま戻りました。法王国秘書官殿は無事、本艦へ乗船。現在、弟さんのお部屋でくつろいでおられます……」
「あ、ああ。お疲れさまでした……ま、まぁ座って……。ぶどう酒、飲む?」
「飲みませんよ。なんですか? あの忍者は」
制服の胸ポケットから包みを取り出し、少佐の腰掛ける執務机へ、タンと置く。
肉球柄のハンカチに包まれた、棒手裏剣。
「……スタルチュコフ家の私設諜報部員ですよね? たぶん『スズメ』ちゃん達」
「あ、ばれた? ヤぱし? えへへっ」
「えへへ……じゃないでしょ……もう」
少佐は形の好い鼻すじをコリコリとかく。
「えへへへ……飲む?」
「飲・み・ま・せ・ん」
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
おばばが、夕食後のお茶を楽しんでいた所らしく、同じテーブルでシルクを膝に、ゆったり寛いでいる。
「――キャミィは、どうするっスか? ぎゃ太郎と法王国に行きたいっスか?」
ルナちゃんがドンブリをテーブルへ置き、隣で早くもかき込んでいる獣人娘に訊ねた。
護衛艦の食堂でタツオさんが取り残しておいてくれた『まかないメシ』をみんなで食べる。
乗組員の夕食後なので、洗い場には食器類が山となって居たが、勇者魔法『超音波自動洗浄』のフル稼働で今は落ち着き、俺もタツオさんの『鳥五目御飯』を一緒に頂く事にした。
「助かったぜ! ありがとな、ゆうしゃ!」
厨房の先輩が、大盛りにしてくれた。
「にゃ~……もぐもぐ……ひいじいちゃんの事は知りたいケド……チョッと怖いから、嫌だニャ……もぐもぐ」
ドンブリに顔をつっ込む獣人娘の耳が動くたび、後ろ頭に貼り付いたぎゃ太郎が、ぱしぱしと腕を伸ばして、じゃれ付いていた。
「だよね! あの手の顔は、ど~も信用できないッス! 怪しすぎるッス!」
――この大陸には、その怪しい顔が、あと四人、確実にいる。
「――おばば、どう思う? 選択肢としては『有り』なのかも知れないケド」
俺は涼しい顔している、おばばに聞いてみた。
(このダークエルフ、まだ法王国に恨みを持っているのかな?)
「――そうだね、有り……かもね。5号の言ってることは本当だろ。アイツら、嘘は付けないから」
「ペンタの事は、百歩譲って信用出来ても、法王ってどんな奴さ? 髪の毛全部、引っこ抜いちゃったんだろ? おばば」
そう、この魔族、ハイエルフ自慢の銀髪を、怒りに任せて、魔法ですべて引っこ抜いた『極悪・ダークエルフ』なのだ! まぁ、法王にも問題が有ったのだが。
「あははっ! いや、全部は引っこ抜いて無いよ。チョットだけ、残してある。あははははっ」
(……そっちの方が、ヒドイ気がする)
「あはは……まぁ、ちょっと八つ当たりしちゃったって感じかね? マコトは初めから『ヨミの国』へ行きたかったらしいし……アタシも行きたかったんだけど、置いていかれちゃったからね」
「え! おばば、ヨミの国ってどんな所だか知ってんの!」
「知らないけど、マコトと旅するのが楽しかったからサ……離れたくなかった」
「おばば……」
「……この世界でね? 一番最初に出会ったのが、マコトだったんだよ」
「うん? へ?」
「……アタシもな、召喚。アンタと同じで、他所の世界から来たのさ……『魔界』っていう、アンタの住んでいた世界とは、違う世界から来た『召喚者』だ」
「ええええっ!!」
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「――そんなに怒らないでよ曹長っ! ねっ? 教会が馬車を用意してくれて、帰りは歩かないで済んだんでしょ?」
「怒ってません! 呆れてます。護衛訓練だ……なんて騙されませんよ! ケガ人でも出したら、どうするつもりですか! ホントのところは何ですか!」
「うん……だってサ……法王国に、ぎゃ太郎君を取られたく無かったん……だモン」
少佐のスベスベな頬っぺたが、ぷくんと膨れる。
「な、なんなんですか? だもん、ってカワイ子ぶったって……」
「キャミィちゃんも、用心するようになったでしょ?」
「え? ええ、まあ……」
「あの子、チョッと甘いから……実力は申し分ないのよ……でも、危機感が……ね」
「はぁ……」
キャミィが少々甘いのは、ゴリテアも何度か感じていた。今日も、ぎゃ太郎を頭にのっけてフイッと雑踏へ消え『ゴリちゃんまんじゅう』を抱えて、笑顔で戻ってきた。
「――先手を打って騒いでおけば、法王国も手を出しづらいかな、と思って……秘書官は何て?」
「はい、忍者は『
「ふ~ん。さすが、スルドイわね」
少佐、鼻をかく。
「営利誘拐なら法王国が守るからって、逆にアピールしてきました」
「そう……でも、きっとキャミィちゃんは私たちを頼るわよ……」
そう言ってニッコリと笑い、執務机の袖を開ける。
「だって、ミニマルポリスって、カッコいいんだモン!」
引き出しから一枚の紙を取り出し、曹長へ渡した。
「――は!?」
「――本日の号外です! 良かったわね? ユニットが出来たわ、曹長!」
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「――おお! ルナ、いたいた~っ!」
「――ふふふ……ルナ、大活躍ね? お疲れ……」
おばばの衝撃の告白に驚いている所へ、非番の観光から帰った、シカ耳・ケイトちゃんと、タレ耳・ジュリアちゃんが、食堂へ顔を出した。
「あ! お帰りッス! って、何スか? ケイトねぇさん、大活躍って」
「コレコレ! バザールの出口で配ってた『公国軍新聞』の『号外』よ!」
「ふふ……これ、お土産……」
「はぁ~っ? これがおみやげっスか~?」
ジュリアちゃんから号外を受け取ったルナちゃんが、紙面を見るなり固まった。
「――っスっっっ!!」
「――うふふ……嬉しい反応だわ……ルナ……はい、召喚君にも、一枚あげるね」
そう言ってケイトちゃんが、俺にも号外を配る。
「――うっわっ!」
【ヨミ教・教会前広場で真昼の大立ち回り!!】
【スタルヒン美少女剣士・謎の忍者軍団を一蹴】
【伝説の珍獣・羽キャットを狙った襲撃!?】
【えっ! ゴリちゃんが闘ってる! 喜びの声】
【新たな英雄! これがミニマル・ポリス!!】
一面に踊る、巨大活字の数々。
中央には、更にでかでかと、迫力溢れる、大きな姿絵が掲載されていた。
俺が見ていた視線とは、反対方向からのアングルのようだ。
――画面中央でお尻とシッポを見せながら、長い手足をノビノビと伸ばし、低い姿勢で二刀を振るうルナちゃんと、苦戦するいっぽうの二人の忍者! その向こうでは、飛び上がって嫌がる忍者を、
この画伯、腕がイイ! 読者の求めるモノを、よく理解し、表現できている! 少々、同人誌出身の匂いが、しないでもないが。
「――こ、これは……凄いな……」
「――にゃ! ルナちゃんカッコいいニャ! もぐもぐ……」
獣人娘が五目御飯を頬張りながら、のぞき込む。
「こ、こ、こ、こ……」
「……ルナ……? うふふふ……こわれちゃった? ルナ……うふふ……」
「……やっぱり、ミニマルは強いのニャ! これからも守ってもらうのニャ! もぐもぐ……ヨロシクにゃ!」
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――後日。
『ゴリちゃんまんじゅう』を開発したオジサンの店に、お耳が長い分お得な『ルナちゃんまんじゅう』が、新たに並び……。
――パトラッシュ教会の正面玄関では……『白鳥の羽を持つ、黒い羽キャット』の着ぐるみキャラクターが、訪れる信者たちを出迎えるようになったという。
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