第五拾弐話 ーパトラッシュ教会 その六ー
『しまたろうの手紙』
キャミィちゃんへ、お元気ですか? ボクは元気です。
いまボクは、おともだちのカールくんのウチに来ています。
カールくんはむかし、ま王だった人です。
だがしかし、今はいい人です。
ボクは、一人でぼうけんをしていました。
でも、ぼうけんがむずかしくなったので、カールくんのウチに来ました。
カールくんはぼうけんが、むずかしくなったので、ボクに「てつだってあげる」といいました。
だからボクは、カールくんのウチにいきました。
カールくんのウチから、ぼうけんにしゅっぱつします。
あした(たぶん)しゅっぱつです。
カールくんもいっしょに、ボクといっしょにいきます。
だからしんぱいしないでOK。
キャミィちゃんも元気でいて、ください。
おいしいものを、たくさん食べていてください。
おばあちゃん(あい)のいうことをたまにきいて、元気でいてください。
ボクも元気でいます。
かしこ。
しまたろうより、あいをこめて。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
困った。獣人娘がボロボロと泣いている。
「ひいじいちゃん……ひいじいちゃ……」と言って、ぼろぼろ泣く。
ぎゃ太郎が膝の上から後足で伸び立ち、両手で目頭を押さえた小さなアゴへ、鼻面を擦り寄せ「コロコロ……」と、必死にノドを鳴らして慰めている。
しまたろうさんの大ファンであるゴリさんも、手紙を見せてもらい感激しながら、ぼろ泣きだ。
ルナちゃんまで耳をペタンと、鼻をすする。
湿っぽい空気に、ひどく困った。
――俺も手紙を、拝読させてもらった。
とても102歳の書いた文章だとは思えない。
そのうえ彼は、押しも押されもしない、獣人族の英雄だ。輝く星だ。
こんな小学生の様な手紙、信じられない……しかし、なんだろう。突っ込みどころが満載なのに、それが出来ない。困る。
じんと心が熱くなり、胸が痛い。
しまたろうさんが、獣人娘の事を大切に思う気持ちが、胸をぎゅうッと痛くした。
――しまたろうさんが無事だった。
三年間、獣人娘に音沙汰が無かったしまたろうさんが、元気にしていた。
肉体的に42歳だと言っても、102歳の高齢者だ。
獣人娘が、明るく笑っているからって、心配じゃない筈がない。
――よかった……本当に良かった。
俺も、少しだけ泣いた。
「――この手紙は三週間程前に、合衆国首都『マジン・ゴー』で暮らす、兄の元へ届いたモノです。日付が書いて無いので正確には分かりませんが、おそらく一か月ほど前に書かれた文章だと思われます」
ペンタが、少し落ち着きを取り戻したみんなに、説明を始める。
「……兄は、私が弟とスタルヒンで会う予定を知っていましたから、国際郵便の安定している法王国へ、手紙を送ってくれたのです」
魔王合衆国からだと王国より法王国の方が、地理的にも、交流的にも近いようだ。
「その後二人が、何処へ旅立ったかは不明です。私の方から兄へ連絡を入れておきましたから、足取りの捜索は、もう始まっている頃だと思います……近いうちに、私の元へ経過が報告されるでしょう」
そう言ってペンタは、テーブルへ軽く身を乗り出し、赤い目をした獣人娘に向かう。
行き先は、俺も気になる処であった。
――手紙の様子から、しまたろうさんは普段、文章を書いたりしない人なのだろう。
むしろ苦手としているのかもしれない。
そのように考えなければ、彼にとって、ただ一人の家族と云って良い獣人娘を、三年間も音信不通で放って置くなんて、ヒドイ真似をした説明は付かない。
そんな彼が、旅立つにあたって筆を執らざるを得なかった。
自身が優秀な冒険者にもかかわらず、旧敵で有るはずの『元・魔王』に助力を求める程だから、きっと困難な冒険なのだろう。
強力な魔族を引き連れた彼は、いったいどんな危険に立ち向かったというのか?
「……キャミィさん……私と一緒に『ヨミ教・法王国』へ、行きませんか?」
「……にゃ?」
ペンタがいきなり、とんでもない事を言いだして、獣人娘を驚かせた。
「しまたろうさんの様子が分かり次第、私の元へ知らせが来る手筈になっているのです。私の国で連絡を待っていた方が好いのでは?」
「にゃにゃ! そんなこと言って、ぎゃ太郎をへんなことに使う気だニャ!」
獣人娘は当然のように拒絶をする。さっき忍者に襲われたばかりだ。無理もない。
「イヤ、そうはならないでしょう。マコト君がいた頃の、混沌とした時代とは違います。むしろ今は、わが国でぎゃ太郎君を保護するのが、何処よりも安全かも知れません」
「にゃ?」
「――平和が続くこの時代にわが国が、あえて『招き猫の幸運』の儀式を執り行う必要は無いからです……司祭が仰った通りヨミ教徒は、過度な贅沢や欲望などは嫌います。他国からの侵略の恐れが少ない今の状態が、充分、幸福なのです……もしも忍者騒ぎが、金銭目的だとしたら、一番取引に応じてくれそうなわが国が、既に羽キャットを保護している事を大陸中が知れば、そういった無意味な営利誘拐を、防げるだろうと思います」
ペンタの言う事も一理はある。だがそれは『法王国が儀式を執り行う場合』に限る。
「――それは逆に、他国にとって魅力的な状況にならないか? 法王国を乗っ取って、ぎゃ太郎と大神殿が
俺は危険の可能性を指摘する。この大陸南部には貧しい獣人小国家が幾つも有り、数千年の平和と繁栄が約束される『招き猫の幸運』は、喉から手が出るほど欲しい物に違いない。
「それに誘拐にしたって、法王国を相手に身代金を要求する、なんて事だってあり得るだろ?」
国家相手の交渉事の方が、秘密裏に処理される場合が多いので、うま味は大きいはず。
「確かにわが国は『中立国』を謳っていますが、それはあくまで自主的に宣言しただけのもの……国際法上で認められた拘束力の有るものでは有りません。他国から攻め込まれる可能性が、無い訳ではない。それでも中立国だと言い切れるのは、わが国が『武装・中立国』だからです。国民皆兵。攻め込まれれば国民全員が兵士となり、
――大陸で最も古くから存在する法王国。攻める事も攻められる事も無く、数千年安定した国家運営をしている。武装してそれを保ってきたと言うのなら、その防衛力というか自衛力は、相当なモノなのだろう。
「もっとも、魔王合衆国やオレツエェ王国の様な大国が相手では太刀打ち出来ないでしょうが、この二国がわが国に攻め入るなど、今の時代では、到底考えられません」
たしかに現在ふたつの大国は、リスクを冒して法王国を手に入れる必要がない程、栄えているし平和である。
「ウチの国の軍隊は、南部諸国相手になら、まず無敵……まして、わが国から『国宝』待遇になるだろう、ぎゃ太郎君を誘拐なんて、出来るはずが有りません」
――国宝、という言葉にゴリさんの腰で、どっさり君が『ぴくっ』と反応した気がしたが、きっと気のせいだろう。
「――わが国で法王の庇護を受け、ぎゃ太郎君と一緒に暮らす……考えてみる価値はあると思いますよ? もちろん、滞在中は自由に過ごしてもらって構いませんし、今すぐ決めろ、とも言いません……帝国時代、魔王国の脅威を取り除いてくれた英雄の、しまたろうさんだって当然、丁重にお迎え致す……」
「――召喚は? コイツはどうだ?」
獣人娘が俺の事を聞いた。
(おれ?)
あ、そうか……俺は家族だと思ってるが、ペンタはきっと他人だと思っている。
「――召喚さん、ですか?」
「にゃ。コイツにゃ」
「ぎゃ」
「召喚さんは、ですね……その……」
ペンタは、非情に言い辛そうにしている。
(え! ダメなの、おれ!)
「……あの……この人……わが国の主要産業『ぶどう酒』の……代表的な病害虫・『オオチャバネブドウカメムシ』に、ソックリなんですよ……そりゃもう、うりふたつ?」
(忠太郎とうりふたつなペンタに、うりふたつと言われたっ!)
――ゴキじゃない! オオチャバネブドウカメムシ! 新たな虫の名! なに、臭そう!
「法王国で……きっと、嫌われますよ?」
ペンタがテーブルからそう言うと、向かいに腰掛ける忠太郎がコチラを振り返り、ヤレヤレと見上げて肩をすくめ……くちびるをプリっと突き出して見せた。
いら。
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