第五拾壱話 ーパトラッシュ教会 その五ー

 ペンタが語る所によると、ヨミ教の聖典には『――ヨミは羽キャットをこよなく愛し、他の生き物よりも特に深く、これをいつくしむ――』と、記載されている場所が有るそうだ。

 そんな愛する羽キャットが、に自分の元へ送り届けられれば、ヨミはその国に対して『招き猫の幸運』と呼ばれる、数千年続く神の庇護を与えて祝福を施すと、教会に古くから伝えられているという。


 国家を数千年うるおし続ける、平和と繁栄……その約束を取り付ける為に、どうしても羽キャットが必要だった。


 ――もし、そうだとしても、法王のしでかした事に俺たちは、頷くことは出来ない。


 国家繁栄のために、一人のダークエルフ、一匹の羽キャット、ひとつの家族のきずなが、犠牲にされてしまった。


 国家の名を笠に着た、犯罪だとすら思う。



「――法王の名誉のためにも言って置きますが、彼は決して腕ずく力ずくで、マコト君を祭壇へ導いた訳では有りません」


 ペンタが、俺たち家族に向かって言った。


「マコト君は自ら進んで、祭壇の階段を登って行ったのです……むしろ最初から、それが目的で有ったかのように……そうで有ったからこそ、祭壇も魔法陣を浮かび上がらせた」

「――マコトが自分の意思で儀式に臨み、ヨミの元へ赴いた……と言いたいのか?」


 ヨミの国へ向かう『ゲート』とは、正しい手順を踏まなければ、簡単に解放されるモノでは無いらしい。


「数千年の法王国の歴史の中で、ただの一度も『招き猫の幸運』が成功しなかったのには、そういった理由が有るからなのです……そして、この時もに、儀式は失敗しました」

「へ? せ、成功しなかったの?」


 マコトは、おばばの目の前で理不尽に魔法陣に連れ去られた、と思っていたが。


「……法王がマコト君に、好かれていませんでしたからね。本人も、努力はしてたみたい、なんですよ? カツオ節でネズミのマスコットを彫って、プレゼントしてみたり、もこもこの肌触りの好い着ぐるみを着込んだでみたり……」

「ねずみ……かつお……?」


 ――イッキュウさん、というより吉四六きっちょむさんか? いや、左甚五郎だったっけ? ホントに、何やってんだよ、法王……。


「……なんで失敗だって分かる?」

 俺は一縷いちるの望みを託し、ペンタに聞いてみた。マコトはこの時、おばばと離ればなれには、なって居ないのかも知れない。


「――だって……保証書が発行されなかった、ですもん」

 下くちびるをプリっと前に突き出す、イラリとする仕草! いつの間に忠太郎から学びやがった!



「――マコト……やっぱり、いなくなったのか? にゃ」獣人娘が俺のあごの下で、ポソリとつぶやいた。

 ぎゃ太郎をキュッと胸に抱きしめている。

 彼も母親にピタリと貼り付き、エメラルドの瞳で見上げていた。

「……おばば……可哀そうだニャ……」


「……そうですね……結果的に、そういう事になります……」

 ペンタが無表情に、くちびるを戻し、噛む。

「……アイには申し訳の無い事をしたと、法王も反省しているんですよ……」

「マコトはどうなったのニャ? 元気なのか?」

 獣人娘がペンタに聞く。

「……ヨミの国の様子は、コチラから窺うコトは出来ません。聖典の『永遠の命が保証される』という文言を信じるなら、まだ生きているとは思うのですが……」



 ――しばらくの沈黙が、狭い執務室のテーブルを支配した。

 事情を知っていただろう司祭もシスターも、共に黙って俯きかげんだ。

 忠太郎とペンタの二人が、静かにカップを口へ運ぶ動作だけが、テーブルを挟んで左右対称に描かれ流れる。

 やはり、この兄弟生体ゴーレムは強い。

 これが数千年の時を生き、様々な出会いと別れを重ねてきた彼等だからの、たくましさだろう。



「――暗い雰囲気になってしまいましたね。少し明るい話題を提供しましょう」

 なんと、空気を読まないゴーレムが、空気を読んで沈黙を破った。

「――ああ、そうですね、兄さん! 発表するなら今しかないです、兄さん」

 ウチの『読まない』代表格も、負けじと続く。

「そう思うかい? 弟さん。だよね、だよね!」


 ペンタは無表情に喜ぶと、懐から一通の封書を取り出し、テーブルを挟んで腰かけた獣人娘へ差し出した。


「……私の兄……『マイティー・スピリット 4号』から預かった手紙です」

「――にゃ?」

「……キャミィさん宛ですよ」


 獣人娘は不思議そうに手紙を受け取り、首をかしげる。


「忠太郎の兄ちゃんの兄ちゃん? って、それはつまり……忠太郎の兄ちゃん、になるのかニャ?」

「おおっ、その通りですよキャミィさん! そんな兄が、その上に更に三人おります!」

「ぎにゃっ!?」


 忠太郎に軽くバカにされている事にも気づかず、悲鳴に近い叫びで驚く獣人娘。無理もない。海賊騒ぎの時に臨時結成された、特殊部隊『獣人五人娘』を凌ぐ子沢山!


(やはり六人いるか~)


 ペンタに会って他の四人も、おおよその見当は付いた。だから、もう会わないでイイや、会うのはやめようと、心に強く誓った。



「――兄は『魔王合衆国』で大統領補佐官を就任しています……あそこは魔族の国だから、エルフ主体のわが国と同じで、国民の寿命が極端に長いんですよね~。だから大統領も初代『ミルクちゃん』のまま、現職も彼女です。補佐官の兄も、共和制になってから変わらず勤めています」


(――しまたろうさんに破れて魔王が引退し、共和国になったのが、たしか72年前だったっけ……超長期政権。それでも独裁体制にならず、むしろ平和路線を歩んでいると云う……ミルクちゃん、か……『チキチキマシン・〇レース』で、ピンクの5番のあの子と同じ名前だ~! 優しい人なのかな? 4号には会いたくないけど、大統領には一度会ってみたいな)


「――召喚さん? 大統領は『吸血鬼バンパイア』です……吸いつくされますよ。血」

「え!」


 俺が軽くニヤニヤと考えている所へ、忠太郎が突っ込んできた。

 コイツは、こう云う勘どころはホントえげつなく、絶対に見逃さない。



「――その兄ちゃんが、なんでアタシに手紙をくれるのニャ?」


 その通り。獣人娘と大統領補佐官なんて、なんの接点も無いと、俺も思う。


「……兄は大統領補佐官になる前は、大魔王の側近でした。現在も『元魔王・カール』とは、付き合いが有ります」


 ペンタは、獣人娘の問い掛けに答えるでもなく、また関係の無い話しを始めた。

 ボケた? 数千年生きて、ついに壊れた? と思ったが。


「……しまたろうさんが数ヶ月前、旧敵カールのもとを訪ねた様なのです……そして、どうやら今も、彼と一緒に行動しているらしいです」


「にゃっ!!」


「それは、アナタの曾祖父、しまたろうさんからの手紙ですよ」


「ひいじいちゃん、からの、てがみ……」

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