第五拾話 ーパトラッシュ教会 その四ー
「――おお、弟さん!」
「――にに、兄さん!」
司祭の執務室へ入ってきた忠太郎を、席を立った忠太郎が出迎え、俺たちの目の前でガッシリと握手を交わす不気味な光景……のように見えたが、どちらが親指でマウントを取るかで、いきなり揉めていた。
「――まるで、ゴリちゃんまんじゅうだニャ」
獣人娘が、うりふたつの顔を見てポソリと言うが、そいつは違うぞ。
どの子も可愛いゴリちゃんまんじゅうの方が、もっと個性がハッキリとしている。
こいつらには焼きムラも、アンコのはみ出しも、みんなを笑顔にするチカラも、なにも無い。
誰もが
「――始めまして、みなさん。私の事はどうか親しく『ペンタ』と、お呼びください」
忠太郎の兄ちゃん『マイティー・スピリット 5号』は、ペンタという名前らしい。
「――じつは、ボクにも名前が付いたんだよ! 兄さん!」
「ええっ! そいつは本当かい、弟さん!」
「コレから、ボクの事は『忠太郎』と呼んでくれるかい? 兄さん」
「忠太郎、いい名前だ。分かったよ、弟さん」
「兄さん、忠太郎だよ? 兄さん」
「弟さん、忠太郎だな? 弟さん」
「兄さん、忠太郎と、呼んで欲しいんだよ? 兄さん」
「弟さん、忠太郎と、呼んで欲しいんだね? 弟さん」
「だから兄さん! いま、ボクの名前は忠太郎だろ? 兄さん……」
「だから弟さん! いま、キミの名前は忠太郎だろ? 弟さん……」
「――おい、お前らいい加減にしろって」
カードなら同じ絵柄が揃えば、嬉しい筈なんだが……『神経衰弱』ってのは、じつに絶妙な名前。
「――え! ぎゃ太郎君を狙って、謎の忍者達が襲撃を……?」
忠太郎の向かいに腰かけたペンタが、無表情に驚いた。
「――ペンタさんは気付きませんでした? 結構大きな騒ぎでしたよ?」
ゴリさんが訊ねる。ペンタの関与を疑って鎌を掛けてるのかな? 法王付きの秘書官だし。
「さあ? 私は気付きませんでしたね……お借りした法王の執務室が、最奥だからでしょうか?」
ペンタが扉の向こうを指差して、応える。
「この建物内なのですか? 法王が執務をされるには、ここは少々質素過ぎると思えますが?」
確かにこの建物は、隣の教会の派手さに比べて飾り気が無い。むしろ粗末とも言える造りだ。
「――ヨミ教の信徒は『質素倹約』を
ペンタの隣から司祭が、穏やかに発言した。
たしかに彼等の着る『執事服』も『メイド服』も、フォーマルでいながら機能性に特化した、質素で使い勝手の良いデザインだ。合理的。
「この建物は教会職員の宿泊所も兼ねています。法王も入国した際には、公国の迎賓館より、ここを利用される事の方が多いですよ。」
――教えも平和的で好感が持てるし、ヨミ教にはきっと、真面目な信徒が多いのだろう。
だが……ぎゃ太郎を見る目つきは……引き続き少し怖い気がする。
「う~ん……その襲ってきた忍者は
「それが、三人とも覆面でしたから人種の特定は何とも……おいルナ、君は刀を交えて、どう思った?」
「へ? そうっスねぇ……耳やシッポなんか、簡単に隠せるでしょうし……正直、あの打ち合い程度じゃ、よく分かん無かったっス」
――俺は詳細スキャンを行なったので、じつは知っていた。
三人とも『人間』だった。この獣人公国の忍者である可能性は、おそらく低い。法王国なのか?
あの『くのいち』達は、ぴちぴちでぷりぷりの若い人間女性だ……見えたから、知っている。
だが、こんなことを言うと、また怒られてしまうから、今は言わない。
さらに、大のお祭り好き『どっさり君』が忍者騒ぎの中、『最高機密兵器』の自覚からなのか、静かに大人しくしていたのが心に残った。
きっと鞘の中で、暴れたくって堪らなかっただろうに、偉い刀だ。
――俺も、彼を見習うとしよう。
秘密の能力を、他国に披露してやる義理は無い。
「……わが国の情報では現在、この大陸で確認されている羽キャットは、ぎゃ太郎君ただ一人です。売買目的の誘拐という線も有りそうですね……売ってくれると言うのなら、たぶんウチの国は大金を積みますよ~、きっと……うふふ」
ペンタが無表情で、怪しく失笑する。
「ひ、秘書官……それは……」
司祭が慌てて隣からたしなめた。
「司祭さん? 歴代の法王が羽キャットを求め続けてきた事は、数千年の歴史的事実です。大陸中が知っていますよ?」
「そ、それはそうですが……」
「まさかアナタが手引きして、忍者を差し向けたとか?」
「ま! まさか! そのような事、致しません!」
何とペンタが、身内である筈の司祭に茶々を入れた。さすがは忠太郎の兄ちゃん、やりたい放題なら、やる方向。
「まぁ、そうでしょうね。ウチの法王も400年前の騒動で反省したのか、随分と大人しくなりましたし……」
「……ああ、兄さん。『アイとマコト』の事件だね……アレは面白かった……」
忠太郎が無表情に、400年の昔を懐かしむ。
時間の規模が狂っている……と、いうか……。
「――ちょとまて忠太郎!『アイ』って、おばばのことか!?」
「はい?」
「――正確には380年とチョット前の話しです。王国の建国後、間もなくのオレツエェ国王と共に、私は法王国へ招かれ、アイさんと羽キャットのマコト君に会いました……思えばこれが、アイさんと初めての出会いでしたねェ……ふふふ……」
やはりアイとは、おばばの事だったらしく、忠太郎がサラリと思い出を語り始めた。
「え! お前って、建国王と友達なの? ああ、ナターシャ少佐も言ってたっけ……建国王ってヤッパシ『召喚勇者』だったのか?」
「ふむ、そうかも知れませんね。初対面の時に、ぼろっぼろの鎧姿で荒野を歩いて来まして……『ここがデウス様のパライソなのか?』と、聞いてきましたから」
「へ? デウス……パライソ……380年前……っていったら、島原の乱!?」
(まさかオレツエェは『天草四郎』か!? グッと渋く『森宗意軒』かっ!?……『魔界転生』! By KADOKAWAなのかっ!!)
「――当時スタルチュコフ家の食客だったアイさんは、飼い猫のマコトを連れ大陸各地で『奇跡の治療』を行ない、『褐色の聖女』なんて呼ばれていました」
「聖女? それは人違いだニャ」
獣人娘の疑問は正しい。
「でしょう? でも400年前は美少女だったんですよォ……笑っちゃうケドこれ、事実です」
「そうなの? 時の流れは、残酷だニャ」
――同感。
「その評判を聴きつけたウチの法王が、アイさんとマコト君を国へ招待したんですが、実は、女好きのオレツエェ国王に紹介して、あわよくばマコト君を手に入れようと、画策したんです」
今度はペンタが、同じ口調で語りだす。ええい、ややこしい。
「大神殿の天井から花びらを舞い散らせて『出会いの祝福』なんて、派手な演出までしたんですけどね、アイさんには気に入って貰えなかったようで……」
「はぁ……」
(法王、何やってるんだか……)
「そこで業を煮やした法王が、ですね……」
ペンタが口を濁すと、すかさず忠太郎が、同じ声色で続ける。ややこしい。
「……法王国の大神殿でイッキュウ法王がね? うふふっ……アイさんが連れていたマコト君を無理矢理、儀式に参加させちゃったんですよぉ! これが!」
「む、無理矢理って……」
「アイさんが烈火のごとく怒っちゃいましてね? 鬼の形相で法王の自慢の長髪を、魔法で全部引っこ抜いちゃうし、オレツエェはアイさんの剣幕にビビっちゃって『ボクもう帰る!』って言いだす始末だし……さすが魔族! あははははっ!」
「あははははっ! あれは楽しかったね、弟さん」
「あはは、ボクは忠太郎だよ、兄さん。あはは」
「……」
とんでもない修羅場のようだが、忠太郎もペンタも、無表情で楽しげに笑う。
「……アイさんを怒らせると、怖いんですよ~っ。召喚さんもキャミィさんも、気をつけて下さいね~?」
「はぁ」
「にぁ」
「ぎゃ」
「……と、とにかく色々突っ込みたいけれど、チョッと整理しよう……大神殿の儀式って? 法王国は羽キャットに、いったい何をするつもりなんだ?」
「ははは……あ、はい、え~、それですがね……」
ペンタは少し言い辛そうにして、無表情に、顔を曇らせた、ようだ。
「……ヨミ教の聖典に『羽キャットを祭壇へ乗せれば、彼はヨミの許へ召し上げられ、永遠の命が保証される』と有ります……マコト君は祭壇に現れた魔法陣で、ヨミの国へ召喚されてしまったらしいのです……」
「えっ!」
俺は仰天の声を上げた。
「魔法陣で『ヨミの国』へ召喚……転送!」
頭の上で俺の声を聞き、ぎゃ太郎を抱えて腰掛ける獣人娘は、言葉すら出ない。
「誘拐の様なものじゃないか! おばばの目の前で、マコトは消えてしまったって云うのか! なんてひどい!」
「――そうなのです……ヒドイでしょう? うちの法王って……」
ペンタは無表情でサラリと答えた。
「アイが暴れたのも、無理はないですよね?」
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