第四拾九話 ーパトラッシュ教会 その参ー

 教会の、玄関前に到着した。

 目の前の広場でのあの騒ぎにも、人が出てくる様子が無い。縞々スパイラルな円柱に挟まれ、解放されたエントランス内に、人の気配は有るのだが?


 ――改めて建物を見上げて、溜息が出る。


(ホントに、ここ……教会?)


 石造りの階段の先に飾られた左右の柱と、それを渡る玄関アーチの上に飛ぶ、夢色キャラクターと『パトラッシュ・教会』の、踊る丸文字。


「――柱の向こう側、両側に二人ずつ女の人が立っている……武器は持ってない、みたいだケド……」

 俺が警戒スキャンの結果を伝えると、ルナちゃんが茶々を入れた。


「――なんで『女の人』って分かるっスか? おっぱいっスか?」

「そんなの見て無いよ! 見なくても分かるよ!」

「じゃあさっきは何で、そう言ったスか?」

「あ、アレはたまたま……見えちゃって……」

「ひっ! ヤッパリ見たんスねっ! 脳裏に焼き付けたんっスねっ!」


 ゴリさんが、隣で寒気だつルナちゃんの肩をポンポンと叩いた。

「ルナよ、召喚君の非常識なヘンタイぶりに、いる場合では無い。いい加減なれろ……行くぞ」


(――不本意)


 ゴリさんとルナちゃんが教会内へ入り、左右の柱の向こうへ、抜刀の構えを見せた。


「――お帰りなさいませッ! お嬢様がたっ!!」


 エントランスに響く、複数の女性の、可愛らしい声。


「……は……?」




「――よくお越し下さいました、マイティー・スピリット 6号様。わが教会へようこそ

 メイド服? の様なもので身を包んだ獣人女性のシスターに、にこやかな笑顔で挨拶された。

 入り口の脇から尖塔を抜け、隣の建物へ通された俺たちは、執務室と思われる、二階の質素な小部屋へ案内される。

 エントランスからチラリと見えた最奥の祭壇は、入り口のロリポップ調に更に輪をかけ、さながらファンシーグッズ売り場の様なきらびやかさだったが、この建物はずいぶんとひなびている。

 パトラッシュ教会の司祭様が、笑顔で出迎えてくれた。コチラは執事の服? 徹底している。

 司祭は羊さんらしい。顔の両脇からピンと伸びた耳を包む様に、額の生え際から太い角が、クルンと頬に掛かる。羊の執事。いや、執事姿の羊?


「……本当に、よく似てらっしゃる御兄弟ですね? 驚きました。コチラで少々お待ちいただけますか?」


 飾り気のない四人掛けのテーブル席に忠太郎と、ぎゃ太郎を胸に抱く獣人娘が並んで腰掛けた。

 ゴリさんとルナちゃんは忠太郎の後ろ、俺は獣人娘の背後に立って護衛を務める。


 司祭は獣人娘の対面に座り、ぎゃ太郎に視線を送る……凝視に近い。


「……この子が羽キャットですか……す、少し撫でさせて貰っても?」

「ダメにゃ」

 獣人娘がキュッと、ぎゃ太郎とお菓子袋を抱きしめる。ぎゃ太郎も爪を立て、胸にしがみついて司祭を見上げた。

「こ、これは失礼しました。お許しください……外が少々騒がしかった様ですが、何か有りましたか?」

「――三人組の忍者に襲われかけました。こちらの窓から見えませんでした?」

 忠太郎の背後から、ゴリさんが言う。

 執務室の西側に向いた窓からは、教会前広場の様子が見下ろせるだろう。

「ニンジャ? ですか? あ、いえ……破裂音の様なものは聞こえましたが、あまり気にしないで、書類仕事をしておりました」

「……そうですか」


「失礼します」

 そこで、お茶と甘い香りを乗せたワゴンが、扉を開けて入ってきた。

 さっきこの部屋へ案内してくれたシスターが、おもてなしを運んできてくれたようだ。

 司祭と忠太郎の前にはお茶が、獣人娘の席にはそれに加え、ずいぶんボリューミーな一皿が置かれる。


 カラフルなフルーツに彩られ、ホイップクリームとハート型のソースでデコレーションされた、萌えもえパンケーキ!


「にゃ~……」

「ぎゃ~……」


 警戒していた二人の心が、一気に緩む。


「――ネコちゃんをかかえていては、食べ辛いでしょう。わたくしが抱いて居りましょうか?」

 ハッとして、ぎゃ太郎を抱き寄せた獣人娘が、シスターを睨み上げた。

「ダメにゃ! おまえ、さてはだニャッ!」

だろっ! ってか、違うだろ! すみません、シスター」

 俺は慌てて頭を下げた。


「い、いえ、わたくしの方こそ、差し出がましい事を……でも、本当に可愛らしい……」

 苦笑いで手のひらを振るシスターは、すぐにウットリとした瞳で、ぎゃ太郎を見下ろした。


(ヨミ教・法王国……)


 前におばばが言っていた『法王国は羽キャットをたがっている』という言葉は、真実なのだろう……。法王国の息がかかった教会内で、ぎゃ太郎に対して明らかに、過敏な反応が多々見受けられる。

 今日のメインゲストは忠太郎の筈だが、すでにだ。涼しい顔して、お茶を楽しんでやがる。

 そりゃうちの子の方が、コイツより何万倍も可愛らしいが。


(……ヨミ教にとって羽キャットは、特別な存在……ひょっとして、さっきの忍者も……)


 十分用心しようと、俺は心に決めた。

 と。

「……にゃぁ召喚……食べてイイか……にゃ?」

 獣人娘が早くもパンケーキの誘惑に負け、見上げてきた。


「……ダイジョブだと思うぞ……ぎゃ太郎、持ってようか?」

「イヤ、このままでイイにゃ!」

「ぎゃ!」

 獣人娘はぎゃ太郎を膝にして、フォークをつかんだ。ぎゃ太郎も両手をテーブルに、鼻をヒクヒクと身を乗りだす。


(まさか教会内でを盛ったり、しないだろう……)



「――失礼ですが、アナタ様は?」

 獣人娘と俺のやり取りを見ていた司祭が、怪訝そうな表情で訊ねてきた。チョッとムカ。


「この子の保護者です……父親ですが?」

「――ぎゃ!?」

「アタシがママだニャ! もぐもぐ……」

「――ぎゃ!?」


 パンケーキの甘い香りに、ぎゃ太郎が反応している。声を出すたび素早く振り向き、キラキラとした視線を、はげしく寄こす。


「……ひと切れ、食べさせてあげたら?」

「――ぎゃ!?」

「にゃ」



「おおっ! では貴方が、当代の召喚勇者様ですか! これは、お目にかかれて光栄です!」

「え? あ、はぁ、どうも……」

 今度はチョイと、照れる反応。

「……先代のジェイ様には、ついに会えず仕舞いでした……可愛らしいモノがお好き、だと聞いていたので、うちの教会も是非、ご覧になって頂きたかった!」

 そう言って、忠太郎に視線を送る。


「ええ……そうですね。ジェイの好み……と言えば、そうかも、知れませんね……」

 涼しい顔で、お茶を飲む忠太郎が応えた。

「おお! やはり、そうですか!……当代様は? どう思われますか? うちの教会!」

「え! ええ、まあ、ポップでカワイイとは、思いますが……」

「そうでしょう! そうでしょうともっ!」

 司祭が、かなり熱い! なぜだ?



「――わが教会の最高神『ヨミ』は、まだ生れていない神……『未来神』なのです」

「未来神……」


「はい。未来に現れるヨミに対して『こういう存在で生まれて来て欲しい』と願い、そのために、われわれの生活を改め、環境を整える事が、教えの基本になります」

「……なるほど」


「世の中が暴力に溢れ、争い事が続けば、ヨミは『絶対破壊神』として生まれ、この世界を滅ぼすでしょう。逆に、愛に溢れ、穏やかに暮らす世界で有れば『永世平和神』として降臨し、人々は永久の楽園を手に入れるのです」


 司祭は、更に熱く語る。


「わが教会は、ヨミに『夢の有るココロ』を持ってもらい、楽しい気持ちで生まれて来て貰うため、この様な可愛らしい装飾を、、施しているのです」

「あえて……ですか……」

「はい。あえて」


 ――なるほど、ファンシーな外観を好むなら、可愛らしく優しい子が、誕生するのかもしれない。

 だが、メイド服姿のシスターは、チョッとやり過ぎでは? コレを好むのは、奇術師先生のような、こまったお兄さん……の様な気もするが。


「あの? 入り口で言われた『お帰りなさい』ってやつは?」


「ああ、それは、良いヨミを迎えるために必要な『節制』や『博愛』は、普段の行ないで決まる事なのです。この世での生活、そのものが『試練』とも言えます。ですから教会へ足を運ぶ事は『試練の場から、ヨミの許へ帰る』と考えて『お帰り』と、出る時には『試練へおもむく』ので『行ってらっしゃい』と、お声掛けをするのです」


「う~む……じゃあ『お嬢様』ってのは? 俺『ご主人様』って言われたケド……」

「それは皆さんに、気持ちよく教会に来ていただくために、、言っているモノです!」


「……あえて?」


「はい。あえて」


(まぁ、リピーターの獲得も、教会経営では必要な事か……それにしても、ヨミが『未来神』だったとは……弥勒菩薩のような『未来仏』に近いのかな? 自分たちで育て上げる、神さまねぇ……)


「――愛情に溢れ、慈悲の心を持ったヨミが、この世界に降臨する為に、ど~うしても『羽キャット』のチカラが必要なのです!」


「はぁ?」

「――ぎゃ!?」


 一口サイズのパンケーキでは、全く足りなかったらしく、ぎゃ太郎が、素早くこちらを振り向いた。




「……はぁ、まったく……」


 司祭が、深いため息と共に目を細めて、ぎゃ太郎を見つめる。


「……ヨミが、メロメロなのも分かります……この愛らしさ……なんて罪深い……」

「――ぎゃ!?」


 ぎゃ太郎が司祭へ、シュバッと顔を向けた。節操がない。


「本当に……食べてしまいたいくらい……」

「――ぎゃ!?」

 肉食系の牙を見せ、物騒な事を言う狼少女っぽいシスターにも、可愛らしく反応。



「おおお……神よ……」

「――ぎゃ!?」

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