第四拾八話 ーパトラッシュ教会 その弐ー

 ――普通においしい『ゴリちゃんまんじゅう』をみんなで食べながら、教会への道を進んだ。

 先頭をゴリさんとルナちゃんが並んで歩き、その後ろを忠太郎が続く。

 ぎゃ太郎を頭に乗せた獣人娘は、アチコチ見物しながらニコニコの笑顔だ。

 俺は最後尾の真ん中で『人間スキャン』を張り、警戒しながら付いて行った。


(……ヨミ教の、教会か……)


 カンダスシティーには無い教会だった。

 大陸南部には、ヨミ教・法王国の影響もあってか、海岸線の港町を中心に何か所か、ヨミ教の教会が建てられているらしい。

 大神殿が有る法王国はエルフ族が主体の国家らしいが、大陸の方には獣人族の信徒が、数多くいるようだ。


(いったい、どんな教会なんだろう?)


 ヨミ教の教えは博愛に満ち、ずいぶん平和なモノ、なんだとか。

 自然礼賛・暴力否定・質素倹約・種族平等、などが謳われており、先代勇者の『ジェイ』さんも、最後まで奴隷制の維持にかたくなだった南部小国や地方領主を説得する時に、力を借りたという。


(『ヨミ』という名前が、どうも『黄泉よみ』を連想しちゃって……『バ〇ル二世』とかさ……)

 ※召喚くん『ヨミ様』は、カッコいいんだぞ(ちまよ)


 俺は周辺警戒をしながら、見知らぬヨミ教とやらに、思いを馳せる。あまり馴染みのないこの世界の『宗教』というモノに、ビビっているのかもしれない。


(……忠太郎の、兄ちゃんが勤めるヨミ教か……鬼が出るのか蛇が出るか……)


 上等の石畳でキレイに舗装された向かう先のレンガ造りの角から、人々で賑わう様子の区画が見えてきた。

 教会前広場だ。噴水とかが、有るのかな?


(はたして『黄泉比良坂よもつひらさか』なのか『地獄の門』か……)



「着きましたね」

「こ、こ、これが……き、教会……なの?」

 目の前に現れた景色に、唖然としてしまった。


 ――よく日の当たる広場の奥に、とんでもなく『ロリポップ』な色彩が建っている。

 ここがどうやら、ヨミ教・パトラッシュ教会。

 どこぞの田舎のファンシーショップのような場違いぶりが、遠慮なく視神経を突き刺す。


 ハート形の月を思わせるド派手なピンク色の壁に、ミントブルーとホワイトの縞々スパイラルな円柱が太く立ち並び、レモンイエローのお星さまがあちこち幾つも、虹色の尾を引いて飛び交っていた!


(うへえっ! 『赤い髪と青い髪の双子』になキャラクターが、描いてある!)


 ――これはの宗教画の様なおごそかな装飾は、とてもじゃないが観られないだろう……教会という名前に、少し期待していたのだが……。


 あまりの斜め上すぎる光景に、俺の『人間スキャン』の警戒が……一時的に失われてしまった、その時。



 ――ぼん! ぼぼんっ!


 突然鳴り響く破裂音。教会前広場の中央に、白煙が立ち上った。


「きゃ~っ!」

「うわっ! な、なんだ!」

 アチラこちらで悲鳴が上がり、人々が逃げ惑う。


「ルナ!」

「っス!」


 シュラン!


 広場の真ん中で、ゴリさんとルナちゃんが、素早く抜刀した。

 忠太郎と獣人娘を囲むよう背にして、辺りを警戒しながら無言の戦闘態勢をとる。

 慌てて俺も『人間スキャン』の復元をした。


 ――白煙の中に、三人の人影!


「! 煙の中だ! 三人! 剣を抜いている!」


 俺の叫びに剣士二人が、広場の白煙へザザッと構えを移す!!



「――はっはっはっは~っ! 我らは、謎の『忍者部隊・ひゅ~どろ』!」

「……は?」


 濛々もうもうとした煙の中から現れたのは、日本刀よりも反りを少なく、短めに拵えられた『忍者刀』を構えた黒装束。ザ・Ninja!

「おとなしくを、こちらへ渡せ~いっ! さもなくば~、切るっ!」


(なんだ! これ!)


 『羽キャットを、わたせ』の言葉を聞き、ぎゃ太郎を頭から降ろした獣人娘は、『ゴリちゃんまんじゅう』の紙袋と共に、両手で胸へギュッと引き寄せ、家族とお菓子を守る。

 ――もっとも忍者に対抗できそうな、獣人娘の戦闘力が削られるのは痛いが、忠太郎にぎゃ太郎を預けるよりは、全然まったく格段に安心だ。これで正解!


「――召喚くん、アイツら飛び道具とか持って居そう?」

 ゴリさんが俺に聞いてきた。目の前の覆面三人めがけて、詳細スキャンを試みる。


「――懐に手裏剣……だけかな……? あっ!」

「なに!?」

「三人ともだ! おっぱいが……」

「何スキャンしてるっスか! このヘンタイ!」

 ルナちゃんに叱られた。

 ※Oh!『首狩りウサ〇』!(ちまよ)


「……くのいち……か」

「……くいち? にゃ?」ゴリさんの呟きに、獣人娘がすばやく反応。

! 女の忍者よ!」

「にゃ!」「ぎゃ!」

 獣人娘とぎゃ太郎は、ひとつ言葉を学習した。


(――相手は三人の忍者。すでに剣を抜いて、臨戦態勢……ここは俺の出番か!?)


「シッ!」


 俺が勇者魔法を使おうかと迷う矢先、ルナちゃんが疾風の跳び込みを見せて先制攻撃! ゴリさんは警戒の姿勢を、そのまま崩さない。


「はっ!」

 三人並んだ真ん中に、左上から右下への袈裟切り!

 ガキンッ! 受けた刀の打撃音を聞きながら、左の手は素早く右の腰へ伸び、脇差の抜き打ちが忍者の大きく空いた腹を狙った。


「!」

 後ろへすかさず飛び退き、切っ先を、紙一重で逃れる忍者。


 ルナちゃんは右にサーベル、左は短刀よりも少し長い脇差を『ハ』の字に構え、三人の忍者の真ん中から、八方睨にらみを利かす。三角形の底辺で陣取る形だ。


 ――二刀流……だから彼女は、いつも脇差を右の腰へいていたのか……。


「やっ!」

 ルナちゃんの右手、サーベル側が振りかざし跳び込んできた。

 ギャイン! 金属音を響かせ受け流すと、ルナちゃんは右へ体をネジリながら、左の脇差を内から外へ横払いに首を狙う。

「しっ!」

「む!」

 流された刀にバランスを崩した忍者だったが、咄嗟にしゃがみ込み、頭上に脇差をかわしながらグルンと地面で後ろ回りに距離をとり、再び正眼に構え直した。

 背を向ける形になったルナちゃんに、背後から襲い掛かろうと、わずかに姿勢を変える左の忍者が、小さな死角から接近したゴリさんに、一気に飛び付かれる。

「ていっ!」

 飛び込みながらの、下段から突き上げ。

「ヒャッ!」

 こちらも素早く後方へ引き、三人はまた奥で直線に並ぶ形に戻った。

 ゴリさんは追撃せずに、構えを続けながら後ろ駆けで戻り、皆をかばった護衛警戒。ルナちゃんが前方、三歩ほど離れて戦闘態勢を維持して二刀をかざすと、ふたたび八方を睨む。


 真ん中のくのいちが懐から、ルナちゃんめがけ手裏剣を放つ。

 キンッ!

 サーベルで軽く逸らされ、石畳を転がった。


「すご!」


 ――俺は目の当たりにした技に素直にビックリするが、究極の達人は、ピッチングマシーンが撃つ時速160キロのボールも、居合のひと抜きで真っぷたつに出来るそうだ。

 それに比べれば明らかに遅い棒手裏剣の軌道を、剣を当てて変える事など容易いのだろうか。


「すッ!」

 ルナちゃんが掛け声と共に、再び中央へと距離を詰める。

 すかさず忍者三人が構え直すが、タッと高く飛ばれて頭上に体をひねり、同時に跳び込んだゴリさんと二人で、易々と挟まれる形になった。これぞウサギの跳躍力。真骨頂。

 向こう側からルナちゃんは、着地後の低い姿勢のまま、二刀を振るって乱れ打ち、ゴリさんもコチラ側で小さな身体を更に低くし、怒涛の突きを、下からチクチクと加えまくる!


「えい! えいっ!」

「キャっ! 低っ! ヤリづらっ!」

 嫌らしい攻撃は続く。


 完全に、二人のペースだ。押している。



 広場の中央に剣の打ち合う音が響き、逃げていた人々が遠巻きに、観客となり始めた頃合い……。

「――こらっ、そこの忍者! 何やっとるか!」

 二人の公国憲兵が駆けつけてきた。誰かが通報したのだろう。


「――むむむっ! ここは引くぞ!」

 忍者部隊のリーダーと思われる中央が叫び、ひゅんひゅんとトンボ返りに距離を取ると、残りの二人も後に続いた。


「――ぎゃ太郎君! 今日はこれまで! いずれまた! さらばっ!!」


 ――ぼん! ぼぼんっ!


 集合したくのいち達の目の前で煙幕が炸裂。

 彼女等は白煙に紛れて姿を消した。

「「おおおっ!」」

 周りの観客から、驚きの歓声が沸き起こる。



「――きゃ~っ! ゴリテアちゃん、カッコイイっ!」

 ゴリさんに女の子たちから、黄色い声援が送られた。くそう!

「スタルヒンの憲兵さん凄いぞ! ウサギのお姉ちゃんも、TUEEEっ!!」

「ども! やっ、どもッス!」


 二本を腰へ戻し歓声に手を挙げ、笑顔で応えながら戻るルナちゃんをよそに、ゴリさんはポケットからハンカチを取り出すと、くのいちが残した棒手裏剣を摘まみ上げ、眺めていた。

 どうしたゴリさん、アイドル活動がおろそかだ。

「――ゴリさん? 忍者にマークを付けて、追跡してるケドどうする? 今は憲兵に追われて、港の方に向かってるところ。屋根の上を走ってるみたいだね」

「そうね……」

 内ポケットに手裏剣の包みを仕舞うゴリさんに聞いた。指紋でも採るつもりかな? そんな技術やデータベースが、憲兵隊には有るのか?

「……追跡は、もういいわ。ひとまず周辺の警戒に戻してもらえる? サッサと教会の中へ避難しましょう」

「わかった」

「ああ、無いとは思うケド用心のため、教会の建物の中は念入りにスキャンしてね?」

「……了解」

 俺たちは辺りに注意を払いながら、観客の拍手の中、足早にポップな教会へ向かった。


 ――何故か忠太郎が隊列の真ん中から、無表情に両手を振り、応えていた。


(おまえさっき、何もしてなかったよな?)

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