外国

第四拾七話 ーパトラッシュ教会 その壱ー

 ――大陸南岸、蝶々の西の翅の、付け根に近い辺りに位置する『獣人公国・パトラッシュ港』は、沖合を東西に細長い島が覆い、天然の防波堤となった良港だ。

 昔から南洋に浮かぶ『法王国』や、これから向かう港湾大都市『スタルヒン』と交流を持ち、貿易港としても栄えている。

 貧しい獣人小国家がひしめく大陸南部では珍しく、活気あふれる賑わった港町。港湾小都市と云っても良いだろう。

 中東の『バザール』を思わせるような、小さな店が立ち並ぶアーケードの区画も有り、同じく港町の『ハマ』とは、また違った異国情緒と趣きを持つ。


 東側には、国境を流れる大きな川の河口。この川を内陸にずっと遡っていけば、ゴリさんの故郷、『旧ラグドール領・ボクラノ村』が存在する。船で一日、馬なら山越えで二、三日といったところか。


 ――ゴリさん、天然お笑いキャラのように見えるが、実は、旧男爵家のご令嬢だ。


 彼女のひいお爺ちゃん『マルコ』さんは、先々代勇者の『シマ』さんや、獣人娘の曾祖父『しまたろう』さん等と共に『大魔王帝国軍』を撃退し、その働きで世襲が可能な爵位と、ボクラノ村を含む小さな領地を国王から与えられた。

 もっとも領主と言っても、やる事は田舎の庄屋さんと何ら変わりはない。

 現にゴリさんのお父さんは、領地を返上した後の今でも『ボクラノ村長』さんを務めている。

 辺境も辺境。国境に有る貧しい村で、領地の経営はそれなりに厳しかったらしいが、獣人族だけが住む狭い村で、彼女は農民にまざり、土にまみれた暮らしを楽みながら少女時代を過ごした。



 そんなゴリさんが、パトラッシュの港町で有名人になっていた。


 ――航海中に遭遇した海の怪物『ばたあしマグロ』を『の心』で退治し、でそれを知った大公殿下から、討伐褒章を授与される、というされた武勇伝が先日、新聞で紹介され、ロリの要素にというマニアックな外見も相まって、獣人族主体の公国で一躍、話題の人となっているのだ!


 ゴリさん、獣人公国でアイドルデビュー!



 こうして街を歩いていても道の両側から声をかけられ、様々な露店が並ぶ大通りの中央に立ち止まったとたん、アチラこちらから熱い視線が飛んで来た。


 ――とても居心地が悪いが、仕方がない。


 一緒に歩いていた獣人娘が、

「にゃっ! ちょっとまってて!」と言って、雑踏の中に走り去ってしまったからだ。


(あのやろう、何処へ行きやがった)



「――ゴリ班長、人気者ですね?」


 今日は護衛対象になるので我々の中央に囲まれる忠太郎が、おそるおそる声をかけてきた二人組の犬耳少女と、笑顔で握手を交わすゴリさんに無表情にニコリと微笑んだ。

 

「……すまないな、マイティーよ……任務中なのは重々承知しているのだが、出来るだけ『愛想よく振舞え』との、隊長命令があるのだよ……」


 忠太郎の言葉は、べつに厭味でもなんでもないと思うが、ゴリさんは申し訳なさそうだ。

「構いませんよ? べつに急いだ用事では無いのですから」

「……すまない……」


「いんじゃないっスか~? マイティーさんが、イイっつってんっスからぁ~!」


 ルナちゃんが、からりと言い切った。この子、出会った頃はもうちょっと御淑おしとやかだった気がするが。ウサギのくせに猫被ってやがったな。


 ミニマルの中で一番の年下だが、一番剣の腕前が立つのも彼女だそうだ。何しろカンダスシティーに門を構える、剣術道場の養女。本物だ。

 階級が一等兵のため、下士官支給のサーベルは腰に差せないが、私物の二本。

 左に、歴史が有りそうなサーベルと、右にも長めの脇差を佩く姿はイッパシの武芸者。

 背丈は獣人娘より、チョッとだけ高めぐらいの小柄だが、ムネはある。堂々として、女剣士そのものだ。


 もともと王都に有る孤児院で、同じくミニマルで副班長を務めているシカ耳さん、こと『ケイト』ちゃんと一緒に育てられていたが、カンダス道場の道場主さんが王都を訪れた際、彼女の才能にホレ込み、養女にどうかと申し入れたものらしい。

 同じ頃、姉と慕うケイトちゃんも、カンダスシティーの兵学校へ入学が決まっていたので、勿怪もっけの幸いと、ふたつ返事で了承した。


 兵学校を卒業したケイトちゃんが憲兵隊へ配属になった時も、

「剣の腕を実戦で磨き、婿も捜す!」と、理由付けして、彼女の後を追って入隊。

 養父の道場主さんは、自身が憲兵隊で剣術指南も務める方らしく、今度はこちらが、ふたつ返事だったとか。



「……この国は治安もイイみたいだし、友好国なんっスから、こんな物々しい護衛なんてイラナイと思いますけどねぇ?」


 ルナちゃんは忠太郎にも聞こえる大声で、文句たらたらだ。

 言いたいことはよく分かる。忠太郎が護衛対象だなんて。

 しかも今日は本当は非番で、今頃ケイトちゃんやジュリアちゃんと一緒に、バザールのアチコチを冷やかして回っている筈だった。

 それを急遽、この街のヨミ教の教会に来ているマイティーの兄ちゃん、『マイティー・スピリット 5号』さんを迎えに行く、という大役を仰せつかってしまったのだ。


(――そりゃ、くさるよな)


 かく云う俺も何故か、お迎え係に任命。

 さらに、ぎゃ太郎と獣人娘までもが、一緒に加わっている。

 コチラはしかも、忠太郎と同じくに、なるんだとか。


 ――何かの不自然を、つよく感じた。



「――しかたないでしょ? マイティーのお兄さんは法王国の秘書官! ビップなのよ、V・I・P!」

 ゴリさんも少々神経質になっているようだ。護衛任務に加えて、アイドル活動もしなければならない。


(ほらほらゴリさん、みんな見てるよ、笑顔えがお)


「――すみません、迷惑をおかけしまして……私の兄弟は長生きするので、みんな各国でに就いてしまうのです」


 マイティーが無表情に肩をすくめる。下唇をプリッと突き出す、最近覚えた仕草。イラ。


「ほんっと、迷惑な話ッス! だいたいマイティーさんって、いったい何年生きてるってんですか?」


(この子、意外と遠慮がない。モット言ったれ!)


「え? ええ~っとぉ……記憶に有るのは、五、六千年?」

「んごっ!」


 とんでもなく呆れた話しに、さすがのルナちゃんも変な声だ。エジプト文明発祥かよ!


「……わ、分かったでしょ、ルナ? そ、それだけ長生きしているなんだから、護衛は必要なの!」

 ゴリさんが旨いコト言って、まとめようとしている。

「う……うっス……」


(どうやら納得してくれたようだな。ヤレヤレ)


「お、お、おじい、ちゃん……お、お、お」

 無表情に、ショックを隠し切れない忠太郎は、無視。



「――おお~い! お待たせ~ニャ!」


 そんなところへ、ぎゃ太郎を頭に乗っけた獣人娘が、紙袋を抱えて走ってきた。

「ちょっとキャミィちゃん! 勝手にどっか行かないでよ! 一応、アナタとぎゃ太郎君も護衛対象なんだから!」

「にゃ~っ、ゴメンごめん。気になるものを見つけたから、いっぱい買ってきたのニャ! ゴリテアちゃんの分も有るぞ! みんなで食べるニャ!」

 そう言って紙袋の中から、小ぶりのお菓子を取り出し、ゴリさんへ渡す。


(……人形焼き?)


「……『ゴリちゃんまんじゅう』だニャ! お耳がおっきい分『ネコちゃんまんじゅう』よりだって、オジサン言ってたニャ!」

「ご、ご、ご……」

 『ゴリちゃん』を見つめたゴリさんは、絶句している。


「ぎゃはははっ! 班長、お土産物になってるッスよ! ぎゃははははっ!」

「こ、これは凄いな……」俺も、獣人族の商魂に脱帽だ。


「美味しそうだニャ! あったかいうちに食べるとイイぞ!」

 そう言うと獣人娘は、容赦なく『ゴリちゃん』に牙をむき、カワイイ顔をかみちぎる。


「もぐもぐもぐ……こぐま屋のたい焼きより、落ちるな……」

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