第四拾六話 ー法王のパンツからネコ五匹ー

「――異魔界勇者……って、マイティー? 異世界からの召喚者は、大陸で今は僕だけの筈だよね?」


 ジェイは向かいの席で、静かにお茶を飲む相棒に話しを振った。

 ――先ほど手を挙げ名乗ってきたので、間違いはない。

 彼は王家にせ、カンダスシティーに『王立異世界研究所』を設立し、そこの所長に就任している。誰よりも召喚者には、詳しいはずだ。


「? あなたの相棒は右斜め向かいの席ですよ? 私は三番目のマイt……」

「いいや、6号だ……そうだね? 相棒」

 ジッと見つめたジェイが、ニヤリと片笑んだ。


「「「――おおっ……」」」

 六方向から一斉に、感嘆の声が上がる。どんなに優れた音楽ミキサーも、裸足で逃げ出す完璧なバランス、絶妙のシンクロ。


「――そのとおり! ご名答ですジェイ! マイティー・スピリット 3号は、私の方ですよ!」

 右斜め向かいの席からマイティーが、無表情に手を挙げ微笑んだ。

「……我が連邦の『マユゲリッパ殿下』が、ヨロシクお伝えしてくれと申しておりました。たいそう会いたがってましたよ。今回参加できないのが非常に残念と」

「ああっ、ワッシャワシャ連邦公国の! こちらこそお逢い出来ずに残念ですと、お伝えください!」

 三番目さんは北の連邦公国にお勤めのようだ。


 あそこは大公殿下のマユッゲリッパが非常にアクティブな性格で、こういった会合にも積極的に参加するのだが、今回はどうしても外せない用事が有るようで、泣く泣くマイティーに外交特使を任せたものらしい。


 ちなみにマユゲリッパ大公とは、以前来国した時以来、非常に親しくしてもらっている。



「――おどろいた……もう、私たちの見分けが付くようになったのですか? ジェイ」

 向かいの席から相棒が、驚きを隠せない様子に聞く。

「いや正直、見分けは付かないよ。でもね……」

 そう言って肩をすくめるジェイ。

「……君なら絶対くると、確信したんだ……絶対にね!」

 マイティーはカップを乗せたソーサーをテーブルへ置くと、深いため息とともに、首を左右にゆっくりと振る。

「ふぅ~、やれやれ、私の負けですね……ふふふ……あなたのが眩しいですよ……ジェイ」

「そ、そうかい? マイティー……ぼ、ボクもうれしいよ」


 なぜか褒められ、複雑な心境のジェイだが、思えばこれが、相棒への『初勝利』だったかもしれない。



「――カンダスシティーの『ナミの遺跡』に現れた『召喚勇者』は今、アナタだけです。シマが『時空の裂けめ』に消え去って以来、召喚勇者は、アナタが来るまで不在でした。これは間違いないです」


 ソーサーを持ち上げたマイティーは、お茶を優雅に運び、続けた。


「アイさんとカールはですね、今の魔王合衆国の中央に有る『の遺跡』に、およそ四百年前に現れた『異魔界勇者』なのです。アナタが元いた世界とは違う、別な世界……『魔界』と呼ばれるトコロから召喚された魔族、だと聞いています」

「……魔界……」


(イッキに『ファンタジー』っぽい言葉が出て来たゾ……マユツバ……。だが現在、六人の同じ顔に囲まれているこの状況自体、既にFantasy! 『幻想』と『現実』の差とは、いったいなんだ?)


「……ナギの遺跡は魔界へと繋がり、いっぽう、ナミの遺跡は、ジェイやシマが生まれた『人間ヒューマンの世界』と繋がっているのだと、私は考えています」


 そう言って、カップをかちゃりと置く。


「ナミの遺跡の周りで幾つも人間の国家が発生し、ナギの遺跡が有る大陸の東部には、今でも多くの魔族達が住んでいるのは、この為なのではないかと……」


「! まさかキミは、この世界の人間や魔族は、もとは他所の世界から来た存在だった、とでも云うつもりかい?」


「……かもしれませんね……二つの遺跡が廃墟になる前……神殿として機能していた頃は、魔界や人間界は、が自由な場所だった可能性は、有ります」


「な、なるほど……」


「……もっとも、一万年以上むかしの事ですから、あくまでもの話しです……私達六人の一番古い記憶は、五、六千年程前、北にドワーフ、南は獣人族、大陸の中央部には少数のエルフ族が暮らしていた頃、人間も魔族も遺跡の周りに、わずかにポツポツ住んでいただけでしたから、そう思っただけです」


「……君たちゴーレムも、実際のところは見ていないと……?」


 マイティーは、胸の前で細く組んだ腕から伸ばされた指で、こめかみをウウ~ンと軽く押さえた。

 周りで一斉に、同じポーズが繰り広げられる。


「――私たち……そのあたりから先の記憶が、どうも曖昧で……生まれていたのか、いないのか……」


「そ……そうなんだ……」


「「「う、う~ん……」」」

 六方向から悩ましい声が、同時に発せられた。


「た、大変だねェ……」



「――それで、アイと魔王・カールとの間には、どんな諍いが有ったのか、知っている事は無いかい? マイティー」

「……ああ、それですか? アイさんはナギの遺跡に召喚された時に、一匹の『羽キャット』を連れて現れたらしいんです……魔界にも居たんですかね? 羽キャット。その子の扱いをめぐって魔王との間に、ひとモンチャクが有ったと、聞いてますよ」


「羽キャット? たしかイッキュウ法王が求めて止まない、希少種のネコちゃん、だったよね?」


 右隣に座るペンタが、相棒の後を継いだ。


「――はい。ですから、それを知ったウチの法王ったら、止せばイイのに、アイと羽キャットの『マコト』を、この国へ招いたんです……羽キャットを手に入れたいが為に……一緒に、建国間もない頃の『オレツエェ国王』も招待してましたから……三百五、六十年前ですか?」


「! 我が国の、建国王もかい!?」


「はい。どうやら女好きの国王にアイを押し付けて、羽キャットを手に入れようと画策したらしいです」

「な……なんと……」

 ジェイは、これから謁見しようとしている法王の俗っぽさに、半ばあきれた。


「もちろん、そんな杜撰ずさんな作戦、上手くいく筈なく……ああ、だからダークエルフの毛嫌いに、磨きが掛かっちゃったのかも知れませんねぇ……」


「うん?」


「……アイを怒らせちゃったんですよ。うちの法王」


「お、怒らせた?」



 無表情のペンタが正面からジッとのぞき込み、諭すようにジェイに忠告した。


「……これから謁見ですけど、ジェイ……決して、今から言う事に、触れないであげて下さいね……法王はすぐ、ナーバスになってしまいますから……」


「い、いったい……なんだい?」


 ジェイは恐ろしさを覚え、ゴクリと喉を鳴らした。



「……ハイ・エルフの象徴ともいえる、自慢の銀髪がですね……長く、美しい髪だったんですが……れちゃったんですよ……アイに……もう、ボロボロ……」



 ジェイは、これから始まる法王との謁見に、気が重くなった。


(……もう……帰りたいな……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る