第四拾五話 ーぼくらは何でも知ってるぜー

 ――時代は、さかのぼる。



 ――異世界からの召喚者『ジェイ』は、目の前に繰り広げられる不可思議な光景に、自分を疑った。


(――俺は、ドラッグでもキメてたっけか?)


 相棒の『マイティー・スピリット 6号』が二人に見える。

 あるいは鏡体が無い、全身を写す姿見へ向かって片手を挙げ、近付いて行ってるのか?

「――兄さん!」

「――弟さん!」


 ――ぱしぱしぱしぱぱぱぱ……。


 鏡に向かって、高速ハイタッチを始める。速い! はやすぎる! このスピードは、一体なんなんだ!!



「――ジェイ、紹介します。兄のマイティー・スピリット です」

 マイティーが振り返り、鏡の中の自分を紹介した。

 彼の隣で鏡の中からマイティーも、コチラを見つめて自己紹介……なんとも非日常的シュールな景色である。

「――あ、兄……5号……」

「初めまして、ジェイ。法王庁で秘書官を務めております『MSー5号』と申します。弟がお世話になっている様ですね。有難うございます。以後お見知り置きを」

「は、はい……よろしく」


 お見知り置きも何も、全く見分けがつかない!


 顔つきや髪型、表情から背格好、ダークグレイの細身のスーツまで揃えた『うりふたつ』。息子に買い与えた『間違い探し』の絵本を見ているようだ。

 童謡マザー・グースのトゥイードルダムとトゥイードルディーを思い出す。このふたりは、仲は良さそうに見えるが。


(――双子なのか……ん、5号……? まさか六つ子か!『シックス・メン・ブラザース OSO・MATU』なのかっ!)


 大好きなジャパニーズ・ギャグ・コミックのタイトルを叫びそうになり、慌てて口を押さえた。


(……し、シェ~っ……)


 そのまま片手を頭の上へかざし、片足を『4』の字に持ち上げそうになる。




「――長い船旅で、お疲れでしょう。来賓室にお茶を用意してあります。先ずはそちらで、お休みください」

 ヨミ教・法王国の、大神殿脇に建てられた迎賓館の廊下を案内しながら、マイティー・スピリット5号が振り返った。

 隣から同じ顔が、同じタイミングでコチラを覗き込む。恐怖しかない。


「ああ、有り難う……5号さん」

「……どうか私の事は気軽に『ペンタ』と、お呼びください」

「ぺ……ぺんた……」


「! 兄さん! 名前を貰ったのかい? イッキュウ法王から?」

「ふっふっふ……そうなのだよ、弟さん……」

「い……いいなぁ、兄さん」

「いいだろう? 弟さん」

「……決闘だよ、兄さん」

「……望むところだ、弟さん」


(やっぱり、マザー・グースか? この後たしか大きなカラスが……)


 中庭に面した廊下の窓から、空を見上げたジェイの横で、兄弟は息の合った高速ハイタッチを繰り広げた。ジェイを再び恐怖が襲う。


 ――ぱしぱしぱしぱぱぱぱ……。




「――ああ! 兄さんたちも、来ていたんだね! 兄さん!」

「そうだよ、弟さん! やあ、兄さんと兄さん! 弟さんとジェイが今、お見えになったよ!」

「――おお! 弟さん! 弟さんを連れて来てくれたんだね! なぁ弟さん、隣の部屋にいる弟さんと兄さんも、呼んで来てくれないかい?」

「分かったよ、兄さん!」


 ――ジェイは既に、自分の相棒の姿を見失っていた。




 ――想像してくれたまえ。

 広い来賓室の、清潔なテーブルに円く腰掛けた六人全員が、同じ人物だという状況を。


 ――自分も同じ顔……七人目だと、思わないかい?


 すべての人間が、ひとつなんだと思わないかい?


(……imagine all the people……)




「――と、とりあえず、今回の法王との謁見をセッティングしてくれて、あ、有り難う……ペンタ?」

 ジェイは勘を働かせ、左隣に座るマイティーに礼を言ってみた。

「? ペンタ兄さんはアナタの右隣ですよ? ジェイ」

 あうちっ! こちらは相棒だったらしい。


「――イイんですよジェイ。法王もアナタに会えるのを、とても楽しみにしております。アナタ方が押し進めている『奴隷解放政策』にも、深く感銘を受けているようですよ」

 5号、ペンタが嬉しい事を伝えてくれたので、ジェイはこれから行われる法王との謁見に、大きな期待を持った。

「それは有難いね。そういえば、この国では昔から奴隷がいないのかい?」


 数千年という長い歴史を持つヨミ教・法王国だが、国内は見事に統治され、常に平和で中立、過去に奴隷制を布いたという時代も、クーデターの様な内紛の経験も無く、他国から侵略などの干渉も一度も無い、じつに珍しい国家だった。


「国民の九割近くがエルフ族だからでしょうか? 単一民族の共同体と云って良い体制なので、国内に貧富の差などが、生まれにくい環境では有ります」


 ――エルフ族は森に住む弓の名手で、じつは結構な戦闘民族、という印象を持っていたが、ジェイの知っている『エルフ』とは少々違うのようだ。

 見た目は故郷で聞いた言い伝え通り、長身で美しい外見を持つが、食事をほとんど摂る必要がなく、最悪、太陽の光と水さえあれば、数十年は生きていけるのだという。


(むしろドライアードなどに近い、植物のような種族なのだろうか?)


「……大陸南部は獣人族の小国家が多いのですが、ヨミの大神殿が有るせいか、わが国と敵対する国は昔から現れません。良好な関係を作ってきた歴史も有りますし、戦争産物としての奴隷も無いのです……そもそも奴隷を持つという概念自体、長命で平穏を愛し、あくせく働いたりしない無欲なエルフ族は、持ち合わせておりません」


「すばらしい! 現法王は王国の建国よりも古くに即位して以来、五百年近くも中立国家を維持してこられた。攻めもせず、攻められもせず! 平和国家と呼ぶのにふさわしい! ボクも法王に会うのが、とても楽しみだよ」


「ええ~っ……そうですか~……? あまり期待は、しない方が好いですよ~?」


 自国の優れた部分を散々アピールしていたペンタだったが、この段へ来て勢いが落ちた。


「? どういう意味だい、ペンタ?」

「……法王は、その……わが国で一番の『強欲』の持ち主かも知れません……最もすぐれた『簒奪者』なのかも……」


 何という事かペンタは、自分が仕える法王をざまに、こき下ろし始めた。


「……国民はそんな自分たちに無い『個性』に、魅力を感じているのかも知れません。国内では絶大な人気が有ります……それに、法王が国を思う気持ちは本物ですし、誰にも負けはしないのです……」


 肩をすくめて両手を広げ、ヤレヤレと首を左右に振る、無表情の苦い笑い。


「……これが、世に聞く『ギャップ萌え』……?」


(……いや、ちがうと思う……)



「……国民のほとんどを占める『エルフ族』ではなく、選民意識の高い『ハイ・エルフ』だという事も、影響しているのかも知れませんね?」


「ほう?」


も持っていたりします。いえ、獣人族や人間ヒューマン、ドワーフなどに抱いている訳では無いのですが……魔族、とくに『ダーク・エルフ』を、毛嫌いしているようです」


「……ダーク・エルフ……たしかマイティーの昔の仲間の『アイ』も、ダーク・エルフだったよね? 先代の『シマ』や『しまたろう』と、行動を共にした……」


 ジェイは、左隣に座る相棒に話しを振った。


「――私はここですよ、ジェイ。そちらは四番目の兄さんです」


 向かい側の席でマイティーが片手を上げた。なんと、いつの間にか席替えしていたようだ。遊ばれている。


「――初めましてジェイ、『MSー4号』です。『褐色の聖女・アイ』の事ですよね? 私も存じ上げていますよ」


 四番目の兄さんは、間違えられたことに腹を立てた様子もなく、気さくに答えてくれた。


「……彼女は私の国、『魔王合衆国』の遺跡に召喚された『勇者』ですからね……」


「ええっ!」


 初耳だった!


「……同じ、異魔界勇者の『魔王・カール』と、ほぼ同時期に、この世界に召喚されて来ました」


 四番目の兄さんは、昔を懐かしむような遠い目で、くうを見上げる。


「……魔王合衆国の前身『大魔王帝国』の更に前、『魔王国』建国以前の事ですから……かれこれ、四百年近くは経ちますかね……?」


(――カンダスシティーの薬屋で、小さなカウンターに腰かけていた老婆が、俺と同じ召喚者?)


「えええ? それじゃあ、同じ遺跡で召喚された魔王とは、敵対関係になって……シマやしまたろうと一緒に、彼を撃退したって事かい?」


 4号が語る、あまりに突拍子も無い話しに、ジェイは疑問を投げかける。いったいどう云った理由が有るというのか。


「……そうですねェ……痴話ゲンカでもしたんじゃないですか? 幼なじみだったようですし……」


「ち……痴話げんか……」


 アイと、魔王・カールは同郷で……幼なじみ。


(……異魔界勇者、とか言っていたが、地球とは違う、また別の世界の住人なのか?)


 ――自分がかつて住んでいた、愛する家族が残る、あの世界。

 帰宅時に背中を銃撃され死亡した後、廃墟の遺跡で目覚めた、この世界。

 それ以外に更にもうひとつ……別な世界が絡む。



 ――ジェイはすっかり言葉を、失っていた。

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