その五 ーあいぼうー

「――でも……本当にいいのか?」

「イイにゃ! 金の無いヤツ! あたしんとこ来い!!」

「だから! 植木〇か!?」

「にゃはっ!」

 すっかり出来上がってしまった『獣人娘』を背負って、夜の異世界街を歩く。

「なんだか……なぁ……?」

 ――こいつ、自分の部屋に泊まれと言うのだ。


 酒場での支払いを済ませた時に、忠太郎が

「泊る場所が無いなら、私の研究所に来ませんか? しばらく滞在してくれてもいいですよ?」と、言ってきた。

 面倒な事になりそうな予感がして、断ろうと思ったが、断る理由が見つからない。

 どうするか? と思案していたところ、

「あ! こいつ、ウチくるニャ!!」

 とつぜん獣人娘が言い出したのだ。

「ああ、そうなのですか? 泊る場所が有るなら問題ないですね……研究所の連絡先を渡しておきましょう……困ったことが有ったら、いつでもいらして下さい」

「わかったニャ! いくぞ? さっさと……」

「は?」

 なにが何やら判らないでいる俺の背中に、獣人娘は素早くワシッと飛びつくと、爪でガッチリしがみ付いた。

「おぶるニャ!!」

「うわ! イテっ! なにすんだ!? おい!」

「あっちニャ! あっち!! さっさと行くニャ!!」

「イテって!? 爪ヤメロって!」

「のろのろ、してると! こうだニャ!!」

「いて! わかったから! ヤメロって!!」


 こうして夜の街を、獣人娘を背負って歩いているわけだ……。


 せっかく手に入れた通貨も、あらかた無くなってしまっている……宿屋も捜せそうにない。

 正直、大いに助かるが……。

(一応……女の子……だよなぁ……?)


「いいのかぁ? 本当に泊っても?」

「しつこいニャ! あ! そこの道! みぎ! みぎっ!」

「へ~いへい……」


 街の中心部へ行くにしたがって、道は石畳が増え、意外と歩きやすい。

 こいつの事だ、どうせスラムのような場所で、あばら家に住んでいるのだろうと思っていたが、どうやらそうじゃないらしい。

(けっこうシッカリした奴なのか?)

 ――獣人娘は、ちゃらんぽらんに見えて、もしかしたらチャンとした家庭で教育を受け、キチンと育てられていたのかもしれない。

今は薬屋の二階に部屋を借りて、一人暮らしだという。


「――そういえばお前、なんで荒野の木の上になんか居たんだ?」

「下宿の薬屋の手伝いだニャ……薬草採取だニャ」

「ほう……? なるほどな、あんな木の上に生えてるんじゃ、お前ぐらいじゃないと採取は無理だもんな?」

「ちがうちがう、薬草は地面に生えるもんだニャ!」

「は?」

「飽きたから木の上でお昼寝してたら……」

「ああ……もういいよ」

「そうかニャ?」

「うん、いい」

「そうか」

「うん」

「なあ」

「ん?」

「……あのゴーレムには気を付けるニャ……」

「え? ああ……わかった……」

(こいつ……俺が忠太郎を警戒してる事……知っていた……?)

「……王族は……危険だニャ……」

「そうなのか?」

「王家とつながりが有りそうな所には……あ!?」

「ど、どうした? いて! いててっ!」

「そこ曲がるニャ! 行き過ぎニャ! もどれ!!」

「つめヤメロって! おまえ曲がれって言ってないだろ!?」

「いったニャ! 今言ったニャ!!」

 ――やっぱりこいつちゃらんぽらんだ!

「痛いからヤメロって!」



 ――こうして俺は獣人娘の下宿に、居候する事になった。


「明日はお前も薬草採取だニャ! 明日こそ持って帰らないと『おばば』にどやされるのニャ!」

「おばば?」

「薬屋のおばばニャ! おっかないぞ!」

「はあ」

「朝早くに出るから、サッサと寝るニャ! お前はその辺でごろ寝だニャ!」

 そう言ってゴソゴソと押し入れに潜り込んだ。

「相棒としてミッチリ働けよ? にゃ!」

 ピシャリとふすまを閉める。

「――相棒……ねぇ……」

 ふう、と溜息をついてから、ぐるりと部屋を見回す。

 女の子の部屋に呼ばれたというドキドキ感は、すっかり消え果てていた。

 

 ――茶室のような狭く質素な部屋に、家具などは一つも無い。

(昔のアパートに似ているな……)

 畳にふすま、裸電球までぶら下がっている……もっとも、俺が知っている物とは、材質や造りなどが全く違う。電球を下げているのは電線では無いだろうな。

(アレは、ただの紐だな、うん)

 どこか違和感が有り、博物館のジオラマを思い出させた。

 三畳のひと間に、一間の押し入れと、半畳ほどの、簡単な流しが付いた玄関スペース。

 獣人娘はここに一人で暮らしているのか?

(へんてこなヤツだなぁ……)

 彼女にも色々な事情が有るのだろうな……なんとなく、そう感じられた。


「――相棒……ねぇ……」

 俺はもう一度つぶやいて、部屋の真ん中でゴロリと横になった。

 頭の下で手を組み合わせ、しばらく天井を見つめていたが、不思議とここの空気が身体に馴染むらしく、すぐに睡魔が訪れる。

「なんだか……なぁ……?」

 ――瞳を閉じると、あっという間に熟睡した。



 ――どうやら俺に、異世界で『相棒』ができたようだ。

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