その四 ーなまえー
――男は自らを『MS-6号』と名乗った。生体ゴーレムだという。
「『MS』……モビルスーツ!?」
俺の『昭和大好き心』に火が付いた。こいつ、戦闘兵器なのか?
「いえ? 『マイティー・スピリット』ですが?」
「あ……そう?」そりゃそうだな。
――ネコ娘はシッポをボンボンに膨らませて警戒している。ネコ目がギンギンだ。
こいつもゴーレムに不気味を感じているらしい。
(それにしても……『全知全能神』……? ご大層な……)
「その……マイティーさんが、俺になにか?」
「……お二人のやり取りを聞いて、あなたが『召喚勇者』だと気付きまして、お力添えができないかと……」
「ちょとまて」
「はい?」
「『召喚勇者』ってなんだ!?」
「時々いるんですよ……? あそこの遺跡に、異世界から飛ばされて来る人が。そういった人たちは大抵『めんどくさい』事情が有るらしいんですけど……まとめて『召喚勇者』って呼んでます……めんどくさいですからね」
やけにめんどくさがりのゴーレムだ。マイティーに少しだけ好感が持てた。
「……俺の他にも、異世界から来た人がいるって……?」
「……今はアナタだけですね。『先代』は二年前に亡くなりました。寿命です」
「二年前……つい最近じゃないか……?」
俺と同じようにこの世界に放り込まれて……この世界で寿命を迎えた人が、こないだまで生きていた……。
マイティーは無表情のまま続ける。
「私は御覧の通りゴーレムですから、長い年月を生きています。その間に幾人もの召喚勇者たちと出会ってきました。いつしか私は、彼らの住んでいた『異世界』に興味を持ち、『王立異世界研究所』を立ち上げました。その世界を研究する立場になったのです……」
「――ゴーレムって事は、おまえ誰かに作られたの? 何年前に?」
マイティーは、俺たちが食事しているテーブルに、自分のエールを持ち込み腰掛けた。俺と対面するかたちだ。
ネコ娘もいくらか警戒心が薄れたのか、俺の隣に座る。
「――その記憶は無いですね。『いつの間にか存在していた』としか、お答えできません」
「覚えてないのか……」俺と変わらない……。
「でも、こうして目を閉じれば……」
カシャとシャッター音がして目が閉じられる。
(きもッ!)
おれとネコ娘はビクリと引いた。
「両の目蓋の裏になつかしいおっかさんの姿が……」
「『番場の忠太郎』かいっ!?」
「ちゅーたろう……?」
ネコ娘が反応した。何かの琴線に触れたらしい。
「……すてきニャ……」
「おお! わたしに名前を授けてくださるので?」
「え!? ま、まあ気に入ったのなら……」
「有難うございます! うふふ……忠太郎……」
「ちゅーたろう……にゃ……」
(な、なんなんだこいつら……?)
「……それでですね? 私に何か手伝えることが無いかと、お声がけしてみたのですが……」
『マイティー・スピリット 6号』改め、『忠太郎』が訊ねてくる。
「なにかあります?」
「え? うーん……」
――正直、忠太郎に聞きたいことは山ほどあった。召喚勇者の事、この世界の事、俺の能力の事、失われた記憶の事……。
だがそれを知るのは今でなくて良い気がした……こいつとはこの先、まだまだ付き合いが続くだろうと予感がある。
――それに、俺はこの男を十分信用したわけではない。
(こいつは『王立異世界研究所』と言った。この国の王家と何らかの繋がりが有るのだろう。あまり近づかない方がいいかも知れない……)
この世界に来てから魔法が使えるようになっていた俺は、何かに利用されてしまうかもしれない。そんな事、御免だ。
「今は、特に困ってないかな……?」
「召喚勇者さん? あなた……」
忠太郎はチラリとテーブルに視線を移すと、表情を崩さず言った。
「お金は有ります? ここの支払いとか……?」
「ああ、金なら多少は……」俺は財布を取り出す。
スマホは無くしてしまった様だが、財布はジーンズのポケットに突っ込んであった。たしか三万チョットは入っていたはず。
「――この世界の通貨ですか?」
「え!?」
「――すみません……」
結局、忠太郎に持っていた現金を、この世界の通貨で買い取ってもらう事になった。一万円が大銀貨一枚。千円、百円、十円がそれぞれ小銀貨、大銅貨、小銅貨に替わる。五円以下は無いので、忠太郎の好意で繰り上げ精算してもらえた。
「いいんですよ。研究のための貴重な資料ですから」
そう言って忠太郎は、俺の財布ごと全財産を、大切そうに自分の手提げかばんにしまった。
代わりに俺は、この国の通貨が入った革袋を手に入れる。紙幣が無いので、こちらの方が都合がいい。
――換金するときに財布を覗いて気が付いたのだが、中に入れてあったはずの免許証や保険証、名前の書かれたカード類など、個人を特定できるものは全て無くなっていた。
記憶のみならず、物まで……何者かの徹底した意図を強く感じた。
忠太郎の説明によると、召喚勇者とはこの世界に『運ばれて』来るのではなく、この世界で新たに『作られる』物と考えられているようだ。
その作り直される際……召喚した側の都合に合わせてなのか……? 何かしらの能力を与えられ、代わりに、前の世界の何かしらを失ってしまうのだという。
「――個人情報を失ったのですね? 他に何か無くしましたか? 才能とか……」
「いや……よく思い出せなくて……」
元の世界の俺に、特別な才能が有ったとは思えない……普通に生きてきた記憶は有るのだが。
「……まあ、あなたの事を知る人がいないこの世界で、失ったものがあなたの個人情報なら、大した被害はないのでは? 名前が変わっても『あだ名が変わった』ぐらいに思えばどうって事ないでしょう? 前向きに考えましょう」
忠太郎が全くの無表情で、お気楽な励ましをしてくる。きっと、めんどくさいに違いない。
――そうだな、俺もそれほど激しく落ち込んでいる訳じゃない……だが。
「『ちょりそ』は嫌だ」
ネコ娘がムッとして言い返してくる。
「いい名前だニャ! お前には勿体ない、よく考えられた名前だニャ!!」
「おまえ、あの時『唐揚げ』食ってたら『
「ふっ! お前のネーミングセンス……」
ネコ娘が肩をすくめて、両手のひらをヤレヤレと上向ける。
「……果てしなく、おそまつニャ」
「なんだと! このやろう!」
「やるかニャ!? たこすけ!!」
「まあまあ、二人とも……」
忠太郎が無表情で止めに入る。
「……召喚勇者さんは『召喚勇者』でいいんじゃないですか?」
「――は? なに言ってるの、おまえ?」
「こいつは『召喚勇者(笑)』でいいニャ! 決めたニャ!!」
「なんだと! このやろう!」
「やるかニャ!? ぼけなす!!」
「――やれやれ……」
忠太郎が無表情であきれた。
「……じゃあ……俺は『召喚勇者(自称)』で……いいよぅ……」
「……不服そうだニャ? 有難いと思いなさい! にゃ!」
「お前こそ何て名前なんだよ!? 『で〇子』か!?」
――そういえばネコ娘の名前を聞いていなかった。
「う……にゃ! 名前は……まだない」
「漱石か!?」
「おや!? あなたも記憶が!?」忠太郎が食いつく。
「そ……そういう訳ではないのニャ……き、京都に居る時は『しのぶ』と呼ばれてたニャ」
「小〇旭か!?」面白いが……伏字は困る。
――時々『異世界発言』が有るよな……ひょっとして『異世界組』か?
「ふむ……名乗れない事情がお有りなのですね……? では『獣人娘』さんでよろしいのでは?」
――忠太郎がまたテキトーなことを言ってきた。どこまでめんどくさがりなんだ? はは『獣人娘』って……。
「……それでいいニャ」
「え!? いいのか、それで!?」
「いいニャ! いずれ虎になって新しい名前を手に入れるのニャ!!」
「へ、へえ~……?」
(本当に事情が有るのかもしれない……本人が良いって言ってるんだ。これ以上、突っ込まないでおこう……)
「では! 三人が新たな名前を手にした事を祝って!」
――忠太郎が無表情で仕切りだした。
無表情でエールのグラスを持ち上げ、無表情でエールをスイと飲み干すが、無表情なのでちっとも祝っているようには見えない。
「――おまえ、ゴーレムなのに飲めるのか?」
「生体ゴーレムですからね? 底なしですよ?」
「あたしも乾杯するのニャ! おねーさん! おかわりだニャ~!!」
「オオ! ミンナやる気でたカ!? ワタシ飲むイイカ!?」
――マル!?
「もちろんだニャ! みんな乾杯だニャ~!!」
「おい! 支払いは誰だ!?」
「お前に決まってるニャ!! しんぱいすんな!!」
「植〇等か!?」
――俺の心配は放っておかれ、酒盛りが始まった。
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