その参 ーさかばー
「いや~! 人助けの後は、ご飯が美味しいニャ~!!」
ネコ娘はご機嫌だ!
俺に奢らせるつもり満々だ!!
――街に到着するとネコ娘は、
「ここでご飯にするニャ!」と、サッサとこの店に入っていった。
馴染みの店かと思っていたが、そうでも無いらしい。
お値段少々お高めなので、普段利用できない店だという。
(……奢られる気まんまんだ……)
さっきから、恩着せがましい直球を、幾度もビシビシ放ってくる……顔面も平気で狙う。
「――こいつ遺跡の荒野で、オオカミの群れに囲まれて『ミィミィ』泣いてたのニャ!」
(泣いてねえし! ミィミィ言ってねえし!!)
「遺跡の荒野だって!? あそこのオオカミ共は、ずいぶん凶暴だって聞いてるぜ?」
(オヤジ! 話しに乗ってきたし!)
「――三十頭ぐらい居たかニャ~? ちょちょいのちょいニャ!」
(盛ってるし!! せいぜい七、八頭だったし!)
「いや~! お嬢ちゃん、小さいのに強いんだねぇ!!」
「ふふん! 虎だからニャ!」
店のオヤジもご機嫌だ。
そりゃそうか。ネコ娘の前には、骨付きモモ照りが「これでもかっ!」て位、山盛りだ。
こんな注文する客……まず居ないだろう。
(ヨイショもするわな……それにしても、あれは狼だったのか……マル……無事に仲間と合流できたならいいが……)
俺はリーダー狼が去り際に見せた、寂しげな瞳を思い出し、チクリと心を痛める。
「――お兄サン! ゼンゼン食べてないジャンサ! こっちの方がいいカ?」
カウンターの中でオヤジの隣にいた女給さんが、グラスを持ち上げた。この人も頭に耳を乗っけている。
(……この耳は犬だな……マルと呼ぶ事にしよう……あれは? エールってやつかな?)
「いや……俺は酒は……」
「エーっ!? サケ飲めないカ!? 男ジャないナ!!」
「はは……」
(大きなお世話だぞ、マル!)
そう、俺はアルコールがダメだ。
――飲めない訳ではない。人が変わるらしい。
だから控えている。――友人たちも、
「〇〇は飲まないから、付き合いづらいよなー」などと……? うん······? 〇〇?
(――なにか? 変だぞ?)
「――じゃあ、あたしが飲むのニャ!」
ネコ娘が、マルからグラスを奪い、エールを一気に飲み干した。
「――っ! ぷっはーッ!!」
「オオっ! オオトラ!!」
「虎になるのニャ~!! にゃお~!!」
――俺はピンピンよく跳ね動く、ネコ娘とマルの耳を見つめて、深い溜息を吐いた。
――不思議な月に驚き……狼の群れに襲われて……ネコ娘と出会い……この街にたどり着いた俺は、確信していた。
(ここは異世界だ!)
街には日干しレンガや、石組みで造られた建物が並び、道路に馬車のわだちが深く残る、強いて言うなら『中世ヨーロッパ』のいなか町。
夜遅い時間だったので人通りは殆どなかったが、この店には灯りと、多くの人の気配が有った。
中に入れば様々な『人種』……。
――盛り上がっているネコ娘とマルは放っておいて、俺は異世界人種観察と決め込むことにした。
(――あそこの丸テーブルの三人組は、どう見てもドワーフだな……お? エルフの女性だ! きゃっほうッ!!)
――物語に出てくる容姿ってのは、非常に的確だったんだなと感心した。作家の空想力は偉大だ。
ドワーフはズングリと逞しい体つきの髭面で、エルフ女性は背が高く、銀色の髪に長い、ながーい耳。
(うーん……背が高くて恐ろしく美人なんだが? なんか……線が細くて、キツそうな印象が有るなぁ? 残念!)
「――おい」
(小柄な人もいるな……ホビットって人かな? お!? さらに小っこいのがいるぞ! 太いしっぽが有る……リスか? 栗鼠獣人なのか!?)
「おいってば!」
(わ! あそこのゴージャスカップル! 男はどこぞのボンボン風だが……女性の方が! 何!? あのオッパ……マジかよ!? スッゲー!!)
「このたこすけ! こっち向けニャ!!」
――無視していたが、ネコ娘に胸ぐら掴まれた……仕方ない。
「――なんだ?」
「あたしを無視するとは、いい度胸にゃ!」
ネコ娘はトスンと座りなおす。
「後で追加注文してやるのニャ!」
「――まだ食うのかぁ?」
「当たり前だ! ところで、お前……名前は?」
「ああ……なまえな……」
――俺がさっき感じた違和感がそれだった。
名前が思い出せない……と云うか、プライベートな記憶がかなりの部分失われている。
こことは違う世界で生きて来たのは間違いなく、その時の記憶は確かに有るのだが、友達とした会話は思い出せても、友人たちの顔が思い出せない。
親の顔も、職業も、兄弟の有無や自宅の住所……多くの記憶がごっそりと抜け落ちているのだ。
――この世界に来た弊害か? 漠然とそう思っていた。
「――思い出せないんだ」
俺は正直に言った。
ネコ娘もいる事だし、せっかくなので『鬼〇郎』とか『一反〇綿』とか『こ〇き爺』……は呼ばれると嫌だから無いが、そう名乗ろうかと一瞬思ったが、やめておく。
「気が付いたら、あの遺跡にいて……何か色々思い出せない」
「――そうか……お前も、なかなか大変なんだニャ……」
「俺の事は好きに呼んでくれていい」
――ちょっとカッコ良く言ってみた。
さぁ、こんなカッコいい俺に、ネコ娘はどんな名前を付ける? 『ジョー』か? 『スティーブ』か? お前のネーミングセンスを見せてみろ!!
「そうか、じゃぁ『ちょりそ』だな。ちょりそ」
ネコ娘はソーセージをかじりながら命名した。
「なんだと! このやろうっ!!」
「好きに呼べって言ったニャ!」
――二人が取っ組み合いになろうとした時、ふいに視線を感じる。
(なんだ?)
みると、隣のテーブルの細い男が、俺にジッと視線を送っている事に気が付いた。
能面を思わせる、平坦で無表情な顔は、恐ろしく色白で、艶やかな黒髪を、ぺったりとオールバックに撫で付け、静かに俺を見詰めている。
ダークグレイのスーツをきれいに着こなし、テーブルに置かれた長い両手はピクリとも動かさず、エールのグラスを目の前に置いてはいるが、それも飲んだ形跡すら伺えない。
――生物らしさが欠けている。鋭敏になっていた俺の『感』がゾクリと音を立て警戒した。
「――失礼ですが……」
男はスッと真っ直ぐに立ち上がると、無表情のまま、しずかに俺に話しかけてきた。
(立ち上がりの動作が人間とは違う……)
――正直、かなりビビっていた。俺が猫だったなら全身の毛が逆立っていたことだろう。
「あなたは……もしかして、異世界から召喚されてきた方ですか?」
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