その弐 ーであいー

「がるるるるっ!」


 人の気配がしない遺跡の丘を下り、かすかな街灯りを目指して荒野を歩いていると、野犬の群れに囲まれた。


「がうっ! がう!」


 十頭近くいる。痩せこけているが、体長は俺の背丈ほども有るだろう、大型犬の群れだ。

 ――脳裏に、ガキの頃近所にいて、仲が良かった野良犬『マル』の姿がうかぶ。

 ……マルも大きな犬だった……もっとも俺が小さな頃だったから、そう感じただけなのだろうが……。

(マル······いつのまにか居なくなっていたが……大好きだったよ、マル!)


「――やめろ! 俺は生き物を傷つけたくない!」

 手のひらを前に突き出し、お決まりのセリフを口にしてみる。

(――もっとも俺に相手を傷付ける術など……いや……有る……? 持ってるなぁ……魔法? なんで?)


 ――おどろいた事に、いつの間にか俺は使みたいだ。

 使い方、強弱の付け方、応用方法までもが体に染みついていた。


(『ゆらぎ』……?)


 これは目覚めた遺跡でも感じていた事だが、五感も今までに無く研ぎ澄まされている……身体能力も強化されているようだ。


(何だ、これ?)


「ぐるるる! るるるっ!」

 体の違和感に戸惑っている俺に、野犬の群れはチャンスを見付けたと、包囲を狭めてくる。

 じりじり後退ると、荒野の中に一本だけ立ち枯れていた大木の根元へ追い詰められてしまった。


(どうする? やるか?)


 ――俺は葛藤した。

 身体の異変に気付き、対処の術を手に入れた俺だったが、心が付いて行けては無い。

 ――生き物を傷付けたくない気持ちは本当なのだ。

「やめろ! やめてくれ! マルっ!!」



「――お困りの様ですニャ~!?」

 突然、背後の大木の上から声をかけられた。

「……お助けしますかニャ?」

 俺は声のする方を見上げる。

 野犬たちも、つられて見上げたようだ。

 そこにはマントのような袖なしの黒い外套を、頭からすっぽりと被り、大木の高い枝に立ち上がる小さなシルエットが有った。

「だ、誰だ? お前は!?」

 ――お決まりのセリフを口にする。

「虎にゃ!!」

「とら……にゃ?」

「あたしは虎になるのニャ!!」

 そう叫ぶと、小柄な影は大木の枝から飛び降りた!?

「とうっ!!」


 シュタッ!

 軽い足音を鳴らして野犬の前に飛び降りた影は、驚き飛び退く野犬の群れに突進する。

「ぎゃんっ!!」

 群れの先頭にいた一際大柄な、おそらくリーダーだろう野犬が一撃でやられた。

「ああっ!? マルっ!!」

 リーダー野犬は頬をザックリと大きく切られ、その場で転倒し、苦しんでいる。

「ふふん!」

 リーダーを仕留めた影が腰に手をやり、ちいさく仁王立ちした。

 肩の高さに上げてピッピと払うしぐさの右手指先に、五本の鋭いかぎ爪が、月の光に照らされバーミ〇ン色に輝いている!

「次はドイツにゃ!? ベッケンバウア~か!?」


(――何言ってるんだ? こいつ)



 ――野犬たちは相手が悪いとみて、一目散に逃げて行った。

 リーダーもヨロヨロと立ち上がると、仲間の後を追う。

「マル!」

 振り返ったリーダーの、血だらけになった顔と目が合った。

 ――くりくりとした寂しげな瞳は、あの日のマルと同じだ。

「……マル……」

「――おまえ、に名前を付けているのかニャ?」

「おおかみ……?」

「へんてこりんなにゃ……」

 そう言って振り返った影は、被っていた頭のフードを下ろす。

「!?」

 銀と黒のメッシュが入ったボブヘアの小柄な女の子……の頭の上に……、

 ぴ! 三角形の耳が音を立てて跳ね出した。

「な!? 何だ? お前は!?」

「虎にゃ!! さっきも言ったニャ!」

(ニャ……って?)


「いやいやいや! ネコだろ!?」

「にゃっ!?」

 髪のメッシュも、肘近くまである手袋? の毛並みも『ホワイトタイガー』と言えなくもないが……三角形の耳は、虎が持つようなフワモコの丸っこい形じゃなく、ニャンコのペラッペラなヤツだ。

(なによりも、さっきからニャーニャーうるさいし)


「――『猫のコスプレ』って事にしておいた方が無難だぞ······? 出来もだと思うし」

 状況的にどうも、このコスプレ娘に助けられた事になってる様なので、なるべく穏便に指摘してやる。

 ――『猫コス』なら、まあ及第点だ。

「何言ってるかチットも解かんないが、馬鹿にするニャ!」

 コスプレ娘が肉球の付いた手で、俺の胸ぐらをつかんだ。

 背が低くて、ぶら下がっているように見えるぞ······微笑ましい。

 エメラルド色した虹彩で瞳孔が、キューっと縦に縮む。

(うん、ますますネコっぽい……え? 肉球? 瞳孔が縮むって!?)


 ぼふっ!


 派手な音を立てて、コスプレ娘が羽織る外套の背中が持ち上がり、中からポンポンに膨れ上がった、トラジマの尻尾が突き出された。

「うわ!」

 コスプレ娘の頭の上から背中側を覗き込むと、尻尾はデニム地ホットパンツの尾てい骨あたりから、飛び出ているのに間違いない。

「ほ……本物!?」

「――虎の怒りに触れると、どーなるか分かったか!? にゃ!」

「本物の……『猫娘ねこむすめ』!?」


 ――ネコ娘の瞳孔がキューっと細くなった。

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