カンダス・シティーの暮らし
第壱話 ー奇術師ー
――異世界にも奇術師という職業の人はいる。
俺が今、相棒の獣人娘と共にアシスタントを務めているのが、まさに奇術師の先生のところだ。
街の酒屋が新装開店する事になり、客寄せのためにマジックショーを行っている店先。
桃色のアフロかつらにダブダブのオーバーオール、鼻の頭に真っ赤なピンポン玉をくっ付けたピエロ姿で、俺はチラシを配る。
獣人娘は黒のバニーガール(先生私物!)だ。
先生のこだわりを感じる。
リハーサルの時には、獣人娘自前の猫耳の間に黒いウサギ耳が乗っていた……とらじまシッポとぽんぽんシッポの二本出しっ!!
「お尻がむず痒いのニャ!」
――獣人娘の一言でウサギの耳もシッポも外されてしまい、非常に残念がった先生の姿が記憶に残る。
(――俺……この先生すきだわ……)
実際、先生の奇術師としての腕前は一流だった。特に、何もない場所からカードやコインなどを取り出す技術がずば抜けている……ピカイチだ。
俺も獣人娘も動体視力には極めて自信を持っているが、どうやってもタネを見破れない。
まるで魔法を見せられているようだった。
……そう、ここは魔法が存在する異世界。
たとえどの様に優れたテクニックであろうが、斬新な発想のタネであろうが、奇術である以上、魔法の前ではかすんでしまう。
奇術師という職業はこの世界で、かなりぞんざいな扱いを受けていた。
人によっては詐欺師扱いする無礼なヤツもいる。
(――先生、生まれる世界を間違ったな……)
この世界に召喚されてきた俺が言うのもおかしな話だが、魔法の無い世界であったなら天才奇術師と呼ばれていた事だろう……。
「――じゃあ獣人ちゃん! 次のマジックをやりますよ~!」
「はいニャ!!」
「うん! 元気ないいお返事ですね~! よし! そんな元気な獣人ちゃんには先生、お小遣いをあげちゃおっかな~!?」
「ほんとかにゃ!? うれしー!」
「はいこれ~」
先生は小銅貨を一枚取り出し高く上げ、お客さんに見えるよう、ゆっくり大きく左、右へと動かしてから、獣人娘に手渡す。
「……せんせ~、これって小っちゃい銅貨ニャ~?」
「え!? 獣人ちゃんは、ち、ち、ちっちゃいのはイヤなのかい!?」
(うん……芸人としては……かなり偏った芸風だな……)
「じ、じゃぁ『先生、おおきなのが欲しい』って言ってごらん? ほら……」
「……せんせー、おっきなのがほしいにゃー」
「キキキキ! きえいっ!!」
裂帛の甲高い気合と共に、先生が獣人娘の手を、さっとひとなですると、肉球にはさまれた小銅貨が手のひらサイズの金貨に早変わりした。
――ここで本物の金貨を出してしまうと捕まる。明らかな作り物だと分からなければダメだ。
奇術師が詐欺師と同類扱いされてしまう世界ならではだ。
もっとも先生には本物の金貨を用意する財力など最初から無い。
「わっ! おっきくなっちゃった!! ニャ!」
ちなみにこのネタのアイデアは俺が出した。耳が大きくなる例のアレをパックンちょだ……前半のセリフだけは先生が、どうしてもこれで行きたいと言い張って聞かなかったが……。
――先生と獣人娘の会心のマジックにも、疎らなお客さん達の反応は今ひとつだ。
あちらの四人組のお兄さんは薄ら笑いまでしている……何処かの魔導警備員だな……くそう……。
ただ一人、最前列でお母さんの膝に抱かれた赤ちゃんだけが、手をたたいてキャッキャと笑ってくれた。
(ありがとう……そのまま素直に育ってくれよ)
「……じ、じゃぁ、今度はお花をプレゼントしましょう! 召喚君! お花の鉢をくーださーいなーっ!!」
「は、はーい!」
俺はからっぽの植木鉢を先生に手渡した。
先生以下俺たち三人は、マジックショーを無事に終え『こぐま屋』のオープンテラスで早めの夕食を堪能していた。
なんと先生のおごりである。
ショーの集客はボチボチ成功とも言えて、酒屋の店主も苦笑いで
「なかなか集めてくれたな、お疲れ様。また頼むよ」
と、祝儀に少し色を付けてくれた様だった。
さらに例の、四人組魔導警備員のお兄さんが、帰り際に
「――楽しませてもらえたよ……頑張ってくれたまへ」
ピン、と御ひねりを弾いてよこした――大銀貨一枚! これが大きかった。
(すげ……魔導警備員て景気が良いんだな……優越感を感じているのか? ありがたく頂戴するが……)
邪推しながらも深々と頭を下げて押し頂いた。卑屈か? 俺。
――たい焼きが有名なこぐま屋だが、店先の通りに幾つかのテラス席を置き、簡単な食事を提供してくれる。獣人娘のたっての希望でここでの打ち上げがあっさりと決まった。
唐揚げとたい焼きを、代わるがわるにパクパク楽しんでいる。
(――遠慮が無いね……君)
「……今日は本当に助かりました。今までにない大成功でしたよ」
「そんな……先生の腕前ならもっと盛り上がるはずだったんじゃ……」
「やぁ、僕なんて……奇術師としてもまだまだですし……」
「奇術が軽く見られ過ぎじゃないですか? 先生だってあの技術を習得するのに相当鍛錬されたのでは?」
「魔法の方が優れているのは事実ですからねぇ……奇術の鍛錬だって好きだからってだけで……」
先生は楽しそうに食事をする獣人娘を見つめ、少し寂しげにつぶやく。
「僕は奇術以外……可愛い女の子ぐらいにしか興味が無い男ですから……」
(――先生……ん?)
こぐま屋での楽しい打ち上げの帰り道、俺たちが次の営業へ向けてのアイデアを出し合いながら、ゆったり通りを歩いていたら、なにやら金融街の方が騒がしい。
「何でしょうかね? 行ってみましょう」
先生は金融街へ足を向ける。俺と獣人娘も後に続いた。
「! 強盗のようです!!」
見ると、今まさに五人組の強盗団が銀行の正面から出てくるところだった。
リーダーと思われる覆面の男は、ズシリと重そうな金貨の革袋と、逆の手に何やら緑色の球体を掴んでいる。
「あっ!! あの赤ちゃん!?」獣人娘が叫んだ。
「え? わ!?」
リーダーの隣りに悪そうな顔したスキンヘッドのオッサンが、卑怯にも女性を人質に引きずっていた。女性の腕には赤ちゃんが……。
我々のマジックショーを、手をたたいて喜んでくれた赤ちゃんと、その母親だ!
「あのはげ! 俺たちの大切なフォロワーをっ!!」
強盗達の後を追うようにして、銀行からワラワラと警備員が飛び出してきた。
「大銀貨のにーちゃんだニャ!!」獣人娘がまたまた叫ぶ。
大銀貨をくれたお兄さんとお仲間の魔導警備員達だった。
「くそっ! 常駐の武装警備員はまだ来ないのか!?」
「それが今ちょうど交代時間でして、もうしばらく到着しません!」
(常駐の意味ねーじゃん。スカスカだな?)
「マホーでやっつけないのかニャ?」
「使えないんですよ……見てください」
先生がリーダーの持つ緑の球体を指し示す。
「あれは『魔導無効空間形成空中魔素吸収剤』、通称『むこう空間』です」
「むこー……くーかん? にゃ?」
『むこう空間』は俺も聞いた事が有る。
噴霧すると空中の魔素を強制吸収して、一定レベルより低い魔法は発動出来なくなる。
有効半径はおよそ七メートル。
対魔導テロ用に開発された化学兵器だ。
(――テロ用兵器の逆利用かよ……ほんと、スカスカな……それになんだよレベルって?)
何を隠そう、召喚勇者の俺には『レベル』の概念が無い。
『魔素』というものに依存するこの世界の魔法とは、おそらく違う種類の魔法を所持している。
チートと言われると……そうなるのか?
とにかく、あまり人前では披露できない類のものだ。
「――我々で行きましょう……出来ますかね? 召喚君?」
「……やりましょう先生……」
「もーんだーい、ないにゃ~!」
「僕が注意を引き付けます。獣人ちゃんは親子の救出を、召喚君は反対側の武器を持った三人を頼みます!」
「にゃ」
「了解」
先生は周りを大きく取り囲む群衆をスルスルと抜け、強盗犯の前へ進み出る。あくまで急がず、ゆっくり過ぎもせず。
その間に俺と獣人娘は、人ごみの中を気付かれないよう、獣人娘は人質のフォロワー親子の元へ、俺は反対側へ分かれて接近していった。
「なんだっ!? 近づくんじゃない!!」
リーダーが先生に気づき、覆面の中から叫ぶ。
「――人質の親子を解放しなさい!」
「あ、あんたは!?」
大銀貨のお兄さんも先生に気が付いたようだ。先生は人差し指を口の前で立て、お兄さんの言葉を制す。
「焼き殺されたくないなら! 解放しなさい!」
そう叫ぶと手のひらを上に向け、赤々と燃える炎をその上に出現させた。
ボッ!
かなりデカい。うまいぞ先生っ!
「なっ! ま、魔導士!?」
慌ててリーダーは『むこう空間』をムニムニと握る。
シュ! シュ!
噴霧音がする度に『むこう空間』の周りから薄い緑色の光が広がっていく。
(――なるほど、これが魔素吸収剤か……目で見えるのか?)
「『むこう空間』かい? そんなもの僕には効かないよ」
ニヤリと笑って炎の勢いをさらに増す先生。
シュボボボボボ、ボ!
――ガスボンベの音だが、だれも気が付きはしない。
「なにぃ!? レベルファイブの『むこう空間』が効かないだとっ!? こ、国家魔導士なのかっ!?」
(だからなんだよレベルって?)
ここで俺たちは目標に最接近できた。獣人娘を捜しアイコンタクトを取る。
準備オッケー! 俺から仕掛ける。
先生の奇術に気を取られている強盗団の、死角方向から走り込み、あて身を撃って昏倒させていく。
ひとり、ふたり、さんにん……。
――その時、獣人娘のいる方から、絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた!
「きゃーっ!!」
慌ててそちらを見ると……はげのおっさんが頭から血を吹き出しブッチャーのように悲鳴を上げていた……。
獣人娘は無事にフォロワー親子の救出に成功したようだ。母親の肩を抱き支えてあげている。
(――あいつ……引っ掻いたな……ブッチャー可哀想に……)
――ブッチャーがよく分からないという人は、血だらけのクロちゃんを想像してみよう。
「くそっ!!」
強盗団で立っているのは自分一人だけなのに気づいたリーダーが『むこう空間』を投げ捨てた。
クロちゃんの落とした短剣を拾い上げると、獣人娘を切りつけに走る。
(――まずい! 少し遠いっ!!)
俺の頭の中に『即死魔法』が浮かんだ。
魔素やレベル、『むこう空間』だのは関係なしに俺なら使える。
(――どうする? やるか?)
そう考えながら走る俺の視界の端が、先生の動きをとらえた。
右手を高く上げ、指を軽く閉じた瞬間に、投げナイフを掴み取っている。
先生は即座に腕を振り下ろした。
「うおっ!?」
ナイフは狙いたがわずリーダーの手首を貫く。
(――やっぱりこの先生すげぇ……!)
何もないはずの空間からの物理攻撃……しかも無詠唱。下手な魔導兵士より断然使える。
「先生! ナイス!!」
俺は短剣を落とし、手首を押さえながらひざまずくリーダーの後ろへ走りこみ、おもいっきり踵落としをお見舞いしてやった。
(――女子供に襲い掛かる奴は許せん!)
ムフーッと鼻を膨らませ、獣人娘に視線を送ると……こいつ
「子供の目の前で野蛮なことするニャ!!」
ジト目で睨んでくる。
(――おまえ……クロちゃん血だらけにしてただろう?)
フォロワーの赤ちゃんは……と、ふるえるお母さんの腕に抱かれて、やっぱりキャッキャとはしゃいでいた。
(よかった……)
大銀貨お兄さんに話しかける。
「――強盗は沈黙したよ。後はまかせた。好きにしてくれたまへ」
「――あ、ああ。協力感謝する……」
「さて……帰りましょうか? 先生!」
「そうですね……ところで召喚君?」
「はい?」
「『ナイス』って何ですか?」
(――『ナイス』は異世界語じゃ無かったか……)
「イイですね~! 獣人ちゃん! ナイスですね~!!」
――次の営業に向けてリハーサルをしている……先生の自宅だ。
あの日以来『ナイス』という言葉がいたく気に入ってしまった先生は、事あるごとに『ナイス』を連発するようになった。
俺は何だか、いかがわしいビデオの撮影現場に立ち会っているような気がして、みょーな気分になる。
イントネーションがネイティブじゃないところが絶妙にリアルだ。
「あ、獣人ちゃん! ここで少し前かがみになってみよっか!?」
「こ~かニャ?」
「い! い~ですね~っ!! ナイスですよ~!!」
「にゃ~?」
「すっごいですね~っ!!」
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