第弐話 ー同棲時代ー

「……きれいだにゃぁ……」

 相棒の獣人娘が店先でうっとり呟いた。

 黒革のチョーカー、銀の小さな鈴がゆれている。


(ドラ〇もんかっ!? 全然まったく買う気はサラサラ無いが、一応取り敢えず値段は? ――大銀貨一枚!?)


「い、行くぞ! ば、バイトに遅刻する!」

「あ……ま、待つのニャ!」


 ――俺は護岸補修作業、獣人娘は給仕のバイトに足早に向かった。




「……ただいま~」

「お前! 遅いんだニャ! おなかペッコペコなのニャ!」

「うるさいな……ほら」

「あっ! こぐま屋のたいやきニャッ!」

 獣人娘の大好物が入った紙袋を手渡す。

「うれしー。ご飯の後に食べるのにゃぁ」

「ん……」

「今日のご飯はなんだ? ニャ?」

「……無いぞ……」

「にゃぁ?」

「たい焼きだけ……ダゾ」

「!? にゃにゃにゃにゃ! にゃんだって~ッ?」


 獣人娘は目を丸くして抗議する。


「ご飯が無いってどういう事ニャ!? バイトで稼いできたんじゃないのか!?」

「あ、ああ。貯金した」

 そう言って俺はギルドカードを取り出して見せた。こいつにはキャッシュカード機能が有る。

「俺達にはのために装備を整えるという崇高な下準備が……」

「そんなこと言って! 本当は貯金を切り崩して無駄遣いしてきたニャ!? ギルドの裏通りに有る『サキュバスしゃぶしゃぶ』で色んな物しゃぶしゃぶしてきたニャ!!」

「な、なんだその素敵な名前の店は!? さ、サキュバシュしゃびゅ……サキュビャシュ……ええぃ! 早口言葉かっ!! 俺はそんな店知らん!」

「動揺してろれつが回らないのニャ! このカードはお前に渡しておけないニャ!!」

 そう言ってタシュッっとカードを奪い取る。

「あたしが預かるニャ!」

「あ……。もういい! 俺は疲れたから寝る!!」

 俺は押し入れにこしらえた寝床に潜り込む。下の段が俺で、上の段が獣人娘だ。


(ドラえ〇んかっ!?)


 扉をピシャリと閉めてそのまま眠りについた。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 獣人娘は押し入れを見ながら、細い肩で息を吐く。


(――あいつ……本当に召喚勇者なのか……?)


 三一間に、一の押し入れ。

 辻馬車が通るたび、立て付けの悪い窓が、部屋をコトコト揺らす。

 裸魔石球が暗くまぶしい――窓の外にはカンダス川。


(――勇者はもっと優しいはずニャ……)



 獣人娘は視線を落とし、ふたたびため息をついた。


(――顔を合わせるとケンカばっかニャ……)


 肉球を静かに見つめる。


(――なかなか治らないニャぁ……あかぎれ……)


 部屋の真ん中には小さなちゃぶ台。こぐま屋の紙袋と湯呑が二つ。

 馬車が通り抜けたらしく、膝の上の影が揺らいだ。


(――落ち込んでいてもしょうがないにゃ! ご飯にするニャ!)


 紙袋に手を伸ばす。暖かな重みが嬉しい。

 そっと開くと、暖房の無い部屋に、柔らかい湯気が白く立ち上がった。

「――わぁ~っ!」

 大好物の香りに思わず頬が緩む。


 と……


 たいやきの横から、何かがするりと落ちた。


 ――ちりん……


 涼やかな音色が、ちゃぶ台の上をころがった。

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