第参話 ー歯科医ー

 異世界で虫歯になったのだ。


(――これは不味い)


 新年を迎えた際に伝統食と言われるものを饗された。

 『ポカツブ』

 これがいけなかった。


 ――小豆だ! あんこだ!! ぜんざいだ~!!!


 新たな年を寿ぐ席で必ず食されるというポカツブ……。


 漆塗りの赤い器に、トロミの有る熱々の汁と、艶々な褐色の豆がざらりと混ざり、焦げ目の付いた丸餅まで入っているじゃないですかっ!


 懐かしの甘みに何杯もお代わりしてしまった。




「……歯が痛いのかニャ?……」

 相棒の獣人娘が顔を覗き込む。心配そうにしてはいるが、さっきから目の前で骨付き肉をガシガシかじっている。


(くそう……俺はお粥だというのに……)


「……早く治せよ!」

「……自分で治せるもんじゃないだろ! あ、痛ッ」

「――それもそうか!」

 八重歯を見せてニカッと笑う。「にゃは!」


(羨ましい歯並びしやがって! お前も一緒になってポカツブ食ってたろう! こいつのアレは八重歯なんかじゃ無い! 牙だ! 肉食獣の牙だ! 残酷な凶器だ!!)


「――虫歯なんか持ってると誰もチューしてくれないぞ……」

「なに!?」


(聞き捨てならない事をサラリと言ったぞ!!)


「……チューして……くれるのか?」

「え? なんだニャ?」

「こうしてはいられない! 行くぞ! 歯医者を捜すんだ!! 早く支度をせんかいっ!!」

「な! 食べ始めたばかりニャ! 肉が残ってるニャ!!」

「黙れ!! 俺が食えない肉など捨ててしまえっ!!」

 俺が手を伸ばすと、慌てて獣人娘は肉の皿を取り上げる。

「やめろ! まだ食べるニャ!」

「うるさい! 俺は虫歯を治すんだ!!」

「お前、おかしくなったニャ!? 虫歯菌が生きて脳に届いたニャ!?」

「ふざけたこと抜かすな! ええい! サッサと支度をしろ!!」




「――ここで……治せるのか? 虫歯……」

 聖伝太郎教会……小さいが頑丈そうな石造りの建物だ。歴史も感じさせる。

「昔からここが一番有名だニャ……効果はばつぐんだ……ニャ」


(おお、さすが異世界。教会で虫歯治療ですか……。ヒーリングとか、かな? これはお手軽……いや、助かる)


「よし! 入るぞ!」


 ――チリンチリ~ン……

 見た目、重厚な扉のはずが、軽い呼び鈴が鳴り響く。


「――こんにちは~! 初診の方ですか~?」

「え?」

 扉の先には歯医者が有った。

 清潔な白いカウンターの奥にナース姿の女性が一人、微笑んでいる。


(なんだ……ヒーリング呪文でお手軽治療じゃ無いのか……)


「こいつ虫歯が痛いのニャ! 治してほしいニャ!」

「あ、痛むのですね。今ならすぐ診てもらえますよ! 良かったですね」


(ま、虫歯なら歯医者に来るのは仕方がない……)


「こちらへど~ぞ!」

「はい……よろしくお願いし……」


(――やられた! 近代的なカウンターにだまされた!!)


 案内された治療室……と思しき場所は、中世ヨーロッパ風の拷問部屋だ……そうとしか見えん!

 クルミの一枚板で造られた古いテーブルの上に、大工道具のような数々の工具が並び、ノコギリまで有る。なに? あのヤットコ!? あんなの刀鍛冶でしか見たことない!!

 部屋の中央に据えられた治療台? は、総革張りで、手足を縛りつける拘束具付き。所々、血? のようなシミが有る。

 隣に医者と思われる白衣を着たドワーフが、切り株の椅子にギシリと腰掛け、髭面の奥からギロリと睨む。

 捲られた白衣から出した毛むくじゃらの両腕は、俺の太もも位あるぞ!


 俺は振り返り、獣人娘に叫ぶ。

「は、はかりやがったな! はっ! まさかチューの話しもかっ!?」

「ちゅー? 何の話しニャ? やっぱりのーみそおかしいニャ?」

「き、きさま~!!」

「さっさと虫歯治すのニャ……外で待ってるニャ~!」

 そう言って拷問部屋から出て行く獣人娘は、いちど入口で振り返り、


 目を閉じてチューって顔してから、ニカッと笑う。


(牙だ!)


 そう思った俺の肩を、熊のような手がガシリと抑えつけた。


「お、お前ついてる……も、もと王国軍医のお、おれが診てやる……」


(ひ~!)


「ふ、服をぬ、脱げ……よ、汚れるぞ」

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