第四話 ーのど自慢ー
たい焼きで有名な『こぐま屋』が、『春立のお祭り』に合わせて『春立ちのど自慢大会』を主催するようだ。
いち早くそのうわさを聞きつけた獣人娘が、鼻息荒く「あたしも参加するニャ!」と、宣言してきた。
優勝者に贈られる『たい焼きフリーパス』が目当てなのは明らかだ。
「おまえ……歌唱力に自信は有るのか?」
相棒の歌っている所など見た事も無ければ、聴いた事も無い。
「馬鹿にするにゃ! 獣人小学校ではカイゼル先生も『可愛らしい!』って大絶賛だったニャ!!」
――カイゼル先生なる人物が何者なのか? 審美眼は確かなのか?
「じゃあ……ちょっと歌ってみ?」
「み? よ、よし! 聞いて驚くのニャ!!」
作詞者不詳、獣人小学校唱歌。
『ぶんぶん蜂のうた』
ぶんぶんぶん
はちのすだ
はちみつとれるぞ
けがわにたれるぞ
ぶんぶんぶん
きをつけろ
「……」
「――ふふん! ど~にゃ!?」
獣人娘は会心のドヤ顔だ。一点の曇りもない。
「……」
「あまりの可愛らしさに打ち震えているニャ?」
――確かに小学校の低学年なら『可愛らしい』のだろう。カイゼル先生の意見にも納得だ。
「……あ~……獣人娘さん?」
「にゃぁ?」
「ハッキリ言おう。お前は芸能界をなめているッ!」
「にゃっ? ニャに~っ!?」
『――きをつけろ~』
「す、ススス……素晴らし~っ!!」
奇術師先生は可愛らしさに打ち震えている……ひッ!? 瞳が潤んでいるぞ!?
「獣人ちゃん! なんて可愛らしい!! ナイスですねっ!!」
「にゃはっ! だろ~!?」
「いやいやいや、この先生はアレだから!」
ある特定の女性に、ある種の感情を持つ、ある限られた人達によくある、独特なある雰囲気が、ある疑惑が……ある。
「――あ、いや、すみません……先生、正直にお答えください。この歌で優勝を狙えますか?」
我々が唯一知る芸能人、奇術師先生のお宅にお邪魔している。
芸事ならこの先生に聞くのが一番手っ取り早い。
たった今、獣人娘自慢の歌声を披露したところだ。
両手を頬に当て、うっとりと獣人娘を見つめていた先生だが、さすがはプロの芸人さんだ。姿勢を正して真面目な顔つきになる。
「うん……可愛らしいのは間違いないが、他を圧倒して優勝となると、難しいでしょう」
「ですよね?」
「にゃ~? そうかニャ~?」
「どの程度の審査がなされるか判りませんが、人気の『こぐま屋』です。大勢が参加するイベントにはなりますよ」
「にゃ~」
「獣人ちゃんの歌のチョイスは悪くない。むしろ可愛い……ただ一般的過ぎますね。驚きが足りない」
「やはり……そこで先生にお願いが有るんですが……」
そう言って俺は、持って来ていた一抱えほどの木箱を取り出した。
「何でしょう? これは?」
「おかもちニャ!」
――そう、実はおかもち……なんだが、嘘をつく。
「――これは『アンプ』という魔道具です」
「あんぷ?」
――ここで本編、四話目にして、初めて明かされる召喚勇者(俺)のヒミツ公開だ!!
――俺が使える唯一の魔法が『ゆらぎ』。
何かを揺らす魔法だ! ロックだろう?
揺らす物は何でも構わない。物でなくてもいい。
電子を電界方向に揺らせば、磁界方向に磁場がゆらぎ『電磁波』の完成だ。言ってる俺もよく分からないが……そういうものらしい。
周波数も自由自在だ。範囲も方向も指定できる。
激しく揺らせば電子レンジ、光、レントゲンや放射線にだってなるぞ!
脳内を揺らせば『即死魔法』だっ!!
――これは……あまりにも危険だからやらないけどな。
――この異世界で一般に魔法と呼ばれるものは、『魔素』という物質を触媒にして発動するらしいが、それも必要ない。何だったら『魔素』を揺らしてやってもいい。どうなるのかな? ふふ。
――そしてそして!
頭に浮かんだ音楽で、おかもちの蓋を揺らせば、ほら! スピーカーになってしまうのだ!!
音楽を記憶させる魔道具として、二人に紹介する。
以前働いた出前持ちのバイトで、要らなくなった古いおかもちを貰ってきておいて本当に良かった。
貧乏性がついに役立つ日が来たな。
俺はポップ調の自作曲を、鼻歌気分で二人に聴かせた。
この世界では馴染みの無い曲だろう。インパクトは十分有るはず。
「――おお! この曲は!」
「――かわいい曲にゃ!!」
――だろう? ロケンロールだろう?
「この曲に振り付けを頼めませんか? できれば似合う衣装も貸して貰いたいのですが?」
「えっ! ぼぼぼぼぼぼ、ぼ、僕が!? 獣人ちゃんの!? ふ、ふ、振り付けを!?」
「にゃ?」
「……ふうぅぅ……」
先生は憧れの銀幕スターに出会えた、昔の女学生のようにして倒れた。
(――よし、ブレインをゲットした……)
俺はこっそりほくそ笑む。
作詞、作曲、召喚勇者(自称)。
振付、衣装提供、奇術師先生。
『しっぽ』
君の背中を追うよ
ずっと、どこまでも追うよ
いつも、どんな時だって
離れないのさ
君の背中を追うよ
きっと、いつまでも追うよ
だから、どんな時だって
走っておくれよ
雨が降る夜は、二人でぬれて
風の吹く日は、二人でゆれて
晴れた時には、お日様浴びて
君のそばには、かならずいるよ
君の背中を見つめていると
いつもワクワクドキドキするのさ
君の背中が落ち込んでいると
僕はハラハラドキドキするのさ
君が嬉しい時には、はねる
君が悲しい時には、しぼむ
君が笑った時には、はじける
君が怒った時には、ふくれる
君が踊った時は、一緒になって回る
君が走った時は、一緒になって駆ける
だから
『いいね』も押すよ
♡だって、☆だって
何度だってあげるよ
君の背中を追うよ
ずっと、どこまでも追うよ
いつも、どんな時だって
離れないのさ
君の背中を追うよ
きっと、いつまでも追うよ
だから、どんな時だって
走っておくれよ
君の背中にいるよ
きっと、ずっとずっとずっと
いつも、どんな時にも
ふたり一緒にいるよ
そばにいるよ
――何故めんどくさがりで、怠け者の俺が協力する気になったのか? 説明しないといけない。
実は自分のチート魔法に、前々から疑問を感じていた。強すぎる。
何かの意思が目的をもって俺をこの世界に呼んだとして、その目的とは何だ?
ここには魔王も居なけりゃ暴君もいない。
日常的ないざこざは多少はあるが、そんなもの前の世界にだってある。
むしろ前の世界の方が、危険に満ち溢れているだろう。
この世界は貧しいが、いたって平和そのものだ。
それなのに、この不必要な力を持っている意味はなんだ?
――不安を感じる。
――いずれこの世界の住人たちでは到底対処できないような、強大な災いが訪れるのではないか?
そんな状況にならない事を願いつつ、自分の持つ力の間口を広げておいて、少しでも備えておきたい。
そう思い試行錯誤していた結果、誕生したのが『おかもちスピーカー』だった。
――自分の能力は平和利用のためにある。
――俺が呼ばれた理由は、異世界平和のためだ。
そう信じたかった。それを実践したかったのだ。
――奇術師先生が、獣人娘に着せた衣装が凄まじかった。
シックな光沢がある黒絹の生地をふんだんに使った、装飾過多な袖なしミニワンピース。
うすい緋色の細かなレースが襟、肩、裾とあちらこちらに花開いている。
やはり黒絹で作られた手袋は、肘が隠れるほどまでレースに飾られ、胸元に大きなビロードの蝶結びが華やかに揺れていた。
(……これ……そうとう値が張るゾ……)
「こ、この衣装に……袖を通してくれる娘が……まさか、現れるとは……」
どうやら先生秘蔵の一品だったらしい。
「これが……あたし……?」
姿見の前で、獣人娘が変なゾーンに突入。
「じゃあ獣人ちゃん! 曲の最初から! 通しでやってみましょうっ!!」
「はいっ! せんせいっ!!」
無駄に熱の入った先生の指導と、それに死にもの狂いで喰らいつく獣人娘のリハーサルは、連日、深夜おそくまで続いた。
「おお! 凄い人出だ!」
春立のお祭り当日、街の中央公園に設けられたステージ前は、大勢の見物客で賑わっていた。
「さすが『こぐま屋』だな。圧倒的な集客力だ」
ステージでは既に大会が行われている。
今はぼくとつそうなオジサンが「ヘイ〇イホー」だか「ハ〇ホー」だか歌ってる。
(――木こりさんかな?)
獣人娘は奇術師先生と、ステージ横に作られた楽屋テントで待機中だ。
獣人娘には乾燥した『カナアミ茸』というキノコを持たせてある。
見た目はまんま銀マイクだ。
「歌声を大きくして、アンプに伝える魔道具」と、大ウソをつく。
チラリと見かけただけだが、少し緊張している様子だった。
(――がんばれよ!)
奇術師先生はいつの間に作ったのか? 獣人娘の毛並みとお揃いのトラジマはっぴを羽織っていた。
(『六甲〇ろし』でも歌い出しそうだな)
ステージの奥で、伴奏を担当する楽師の皆さんに、
「伴奏は用意してあるので必要ないです……あ、でも乗ってきたら参加して下さい!」と、伝えてある。
怪訝な顔をされたが、特に何も言われなかった。
俺はステージ全体が見渡せる、後方立見席に陣取った。
参加者応援席が前の方に用意されているが、あまり目立つ所で不審な動きはしたくない。
この位置から『おかもちスピーカー』を操作するつもりだ。
獣人娘の歌声の波を拾って、脳内の楽曲と合わせて増幅、ステージ上の、おかもちの蓋を揺らす!
レシーバーで、ミキサーで、アンプで……嘘ついたお詫びに、マイクエフェクトも付けて、軽くエコーを効かせてやるか?
そんなことをニヤニヤ考えていると、
「お?」
ステージの上で栗鼠獣人の女の子が、聞き覚えのある曲を歌い出した。『ぶんぶん蜂のうた』だ。
(――うん、やっぱり小学校低学年ぐらいが歌うと、最高に可愛い歌だな……)
そう思っていたら足元で、
「お母さーんっ! 頑張ってー!!」と、大きな声援が叫ばれた。
見下ろすと栗鼠獣人の少年が、ピョンピョン飛び跳ねながら、ステージに声援を送っている。
ステージでは栗鼠獣人の……女性が、声援に気が付き客席を捜していた。
(お母さんでしたか……失礼しました)
俺は、おそらく出場者応援席に入れなかったのだろう、リス少年を持ち上げて、肩の上に乗せてあげた。
栗鼠獣人の子供は、肩に乗るほど小さい。
「あ、おじさんありがとう!」
「お、おじ……?」
「お母さーんっ!!」
リス少年がステージに手を振る。
リス母さんも息子に気が付いたようだ。歌いながら満面の笑みで手を振り返す。
(――ああ、お母さんの顔ですね……小学生と間違えてしまってスミマセン……)
歌い終わったリス母さんに軽く頭を下げると、向こうは息子を肩に乗せた俺に向かい、ステージ上から深々と頭を下げて返してきた。
――かなり照れくさい。
(――たしかに俺は、君のお母さんの年齢を、読み間違えてしまったかも知れない……だがしかし)
「もうすぐお兄さんのお友達が出るんだ。一緒に応援してくれるかい?」
俺は肩の上に座るリス少年に話しかける。
「うん!」
――リス少年は快く応じてくれた。
――大会をここまで見てきて感じた事が有る。
ポップな曲がほとんど……いや、全く無い。
学校唱歌に始まり、童謡、民謡、演歌か? たまにムード歌謡と呼べそうな曲目が有るが……。
(俺たちがやろうとしている事は、かなり画期的なものなのかも知れない……優勝を狙える気がしてきたゾ!!)
獣人娘の出番が来た! トラはっぴの先生がステージを走り、各種セッティングを行っている。
中央におかもちを据えて準備完了。
獣人娘は、まだステージ上にいない。
客席は、ステージに並べられた各種舞台装置に、興味津々ざわついている。
先生からの合図を確認し、俺はおもむろに前奏を頭に思い浮かべた。
スッタタタタタン! スッタタタタタン!
アップテンポのドラムとベース。
電子楽器の音色は、良く晴れた異世界の空の下に初めて流れる。
パーンッ!!
ステージ中央で突然の爆発!
白煙と色とりどりの紙吹雪の中から、ゴスロリ衣装の獣人娘が飛び出した!!
先生発案のイリュージョン舞台演出!!
「うおおお~っ!?」
観客席が歓声とも、悲鳴ともとれる驚きに一気に包まれた。
『……走っておくれよ~!』
――獣人娘の歌声は、たぶん誰も聴いた事の無い、破天荒なものだろう。
なにしろステージ上を飛び跳ねて、バク中まで見せながら歌い続けるのだ。
こんな歌い方学校では、減点対象になるかもしれない。
でも、それでいいんだ! 俺たちの伝えたいことは、学校で教わる様な事じゃない!!
舞台袖近くでは、トラジマはっぴの先生が、キレッキレに激しい『ヲタ』な応援をしている。
(――!? ペンライト!? あんな道具あるんだ……)
本当に生まれる世界を、間違えきった人だ。
驚きだった客席も、段々とノッテきた! 手拍子が湧き上がる。
ステージ奥では、唖然としていた楽師たちが、思い思いに楽器を取り、曲に合わせ始めた。
(――おお!? ギターの人、まさかのライトハンド奏法っ!?)
肩の上ではリス少年が、激しくリズムを取っている。じつに楽しそうだ。
(――また一人、俺たちのフォロワーが増えたな……落ちるなよ)
パーンッ!!
ふたたび先生のイリュージョンが炸裂!
紙テープが舞台袖まで広がり、紙吹雪と無数の風船が舞い上がる。
獣人娘がステージ中央で右手を高く上げ、
「にゃっ!!」
叫ぶと同時に、
パン! パパン!!
パタパタパタッ!
風船がはじけ、中から無数のハトが飛び立った。
「おおおおおっ!!」
大きなどよめきが会場を揺らす。
(――よし! ここからが一番盛り上がるパートだ!)
俺は獣人娘の歌声ボリュームを上げる。
先生のヲタ芸も加速した!!
場内の熱気は、最高潮を迎えようとしていた。
――あり得ないほどの盛り上がりを見せた『のど自慢大会』は終わった。
片付け切れなかった紙吹雪が数枚、ステージ上を踊っている。
俺たちは、誰もいなくなった客席に三人並んで座り、灰の様にステージを見つめていた。
出し切った……すべてを出し尽くした。そう感じていた……。
――優勝したのは……近郊の森から参加した狩人の兄弟だった……。
美しい男性デュオが流れると、会場内が一気に魅了される。
『八時ちょうどの、朝は二合で……』。
……度肝を抜かれた……。
尻子玉を抜かれた気分に、腰が砕けそうだった。
サビの歌詞がいつまでも、脳内をリフレインする。
――言われてみれば成程、狩人兄弟はどちらも健康優良児っぽい……朝から二合か……。
朝ごはんの大切さを巧みに歌い上げた力量……やはり『こぐま屋』は食べ物屋さんだ……うけが違う。
(朝からちゃんと食べている実力者に、にわか作りの、なんちゃってアイドルが敵うはず無いのだな……うん)
笑顔の表彰台の狩人兄弟を思い出す。
(たい焼きフリーパスで、健康優良児に磨きがかかるだろうな……ふふ)
「――残念……でしたね……獣人ちゃん」
先生が口を開く。
「いいのにゃ……楽しかったニャ」
獣人娘が呟くように応えた。
「本当に……楽しかったニャ」
「ええ……そうですね」
先生も目を細める。
「あんなに盛り上がった舞台、僕、初めてでした」
「せんせー、倒れるかと思ったニャ!」
獣人娘が八重歯を見せる。
「あの応援は危険だニャ~! ハラハラだにゃ!」
「あははっ! 体が勝手に動いちゃって!」
先生にも笑顔が戻った。
――と、
「お兄ちゃん!!」
元気な声に顔を向けると、ステージ前にリス少年とお母さんがいる。手を振り駆け寄ってきた。
「よおっ!」
俺は片手を上げ応えた……が、リス少年は通り過ぎ、獣人娘の前に立つ。
「お姉ちゃんすごかったよ! カッコよかった!!」
座る獣人娘のヒザくらいの高さから、キラキラの目で見上げている。
「え! ほんと? 見ててくれたのにゃ?」
「うん! よくみえた! サイコーにカッコよかった!!」
「わぁ~っ! ありがとニャ~!」
「おいおいおい少年? サイコーにカッコイーお姉さんがよく見えたのは、誰の肩に乗ってたおかげかな?」
「あ! おどりのお兄さんもいる!」
無視か!? 今度は先生の目の前に移動した。
「あのおどりすごいよね~! ぼくも覚えたい!」
「あ、ああ、あれはカラダがかってに……」
「おい! おいおいおい少年!?」
「おまえ、さっきから何言ってるニャ! うるさいのにゃ!!」
獣人娘ににらまれた。不本意きわまれり。
「――よかった、元気そうで……」
やっと俺に話しかけてくれる人がいた。
リス母さんだ。
近くで見ても、やっぱり小学生に見える。
「落ち込んでいるんじゃないかと……私もこの子も心配してました……」
「あ、いや、それは、どうも……」
「私たち、応援してたんですよ……とても素敵なステージでした……ありがとうございました」
ペコリと頭を下げられてしまった。
「わ、あ、いえ」
「にゃっ」
「あ……どうも」
あわてて立ち上がり、頭を下げ返した。
――リス親子を見送りながら、俺たちは互いに視線を合わせる。
夕日に照らされて
先生も、獣人娘も……多分俺も。
満足な顔で微笑んでいた。
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